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喫茶店の上のレフュジーズ  作者: 木須柄はきわ
五章 地田春美
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地田春美③

 この部屋も明かりが漏れている、

 夜更かしが多くてけしからんな。

 私はそっとドアを開けると、東京ばな奈をちゃぶ台の上に放り投げた。

 部屋の主はびくっとして参考書から顔を上げた。

「なんだよー。びっくりするなあ」

 一孝は間抜けた声でそう言った。

「お土産」

「わ、東京ばな奈だ。はじめて見た」

 一孝はさっそく袋を開けてむしゃむしゃ食べ始めた。

「いや、なに入ってきてるの?」

 しれっとちゃぶ台の向かいに座った私に、一孝はもごもごした口で言った。

「んー? 夜這い?」

「はいはい」一孝は東京ばな奈を飲み込み「東京行ってきたの?」

「コンテストでね、賞を貰ったの」

「すごいじゃん」

「見る? これ」

 私はスマホでドレスの写真を見せた。

「こうゆう系かあ」

「そう、こうゆう、普通の人には意味わかんない系」

「でも奇抜の中にもちゃんと意味があるんだなあってのは伝わってくるよ。適当じゃない、ルールみたいなもの」

「そうちゃんと理由があるの。見た人にとっては意味が分かんなくても、それでもなぜか印象に残る。服飾に限らず、この手の作品はそうゆうものね」

「印象には残ったよ。夢に出てきそうだ」

「ねえ、眠れないの、なにかお話しして」

「なんで俺のとこなんだよ」

「全員まわるから安心して」

「迷惑な人だなあ」

 そう言いながらも一孝は参考書を閉じてくれた。彼はいつも勉強しているが、その優先順位は高く設定しない。いつでも人の話に耳を傾ける体勢を整えている。早い話が人が良く、いぶきちゃんが懐くのもうなずける。

 私は言った。

「一孝とはシンパシーを感じるのよね」

「シンパシー?」彼は腑に落ちていないようだった。「どこが?」

「勤勉で、甘えん坊なところ」

「甘えん坊ってなんだよ」

「いつもかまってほしくてわざわざダイニングで勉強してるじゃない」

「あれはべつにかまってほしいわけじゃ、ほどよくうるさくてちょうど集中できるんだよ」

「ほどよくかまってほしいってことでしょ?」

「べつにそうゆうわけじゃ……」

「甘えるのが下手なのね。施設で育つとそうなるのかしら」

「……甘える相手の競争率は高かったかもね。俺も小さいころはやんちゃだったみたいだけど、おとなしくて手がかからないって褒められるのがうれしくて、いつもそうしてたよ」

 みのりもね。と一孝は言った。

「きみたち兄弟はそうゆうとこあるよね」

「兄弟じゃない。たまたま横にいただけ」

「はいはい。私は逆ね、甘える相手がいない少女時代を過ごしたから、友達でも誰でも加減がわからないの。だから逆に引いちゃうときもあって……さっきみどりちゃんにも言われたわ。春美は距離を取っているって」

「みどりのとこにも行ったのか。でも少しわかるかな。笑ってごまかされる感じ」

「ね、だからたまには腹割って話さない? 一孝とはこうゆう機会なかったから」

「それは構わないけど、俺は話すことなんてないよ。勉強してるだけのつまらないやつだし」

「そんなことないわよ。あの男嫌いのいぶきちゃんだってあんなに懐いてる」

「こどもの面倒見るのに慣れてるだけだよ」

「あら、こども扱いされてかわいそう」

 私は笑った。

「ねえ、勉強してるときってなに考えてるの?」

「そりゃあ勉強のことだけど、でもそうだな、ぐっと集中して周りの音が段々聞こえなくなっていくような感覚が、気持ちよく感じることはある」

「集中力ね。わかるわ。私もお洋服を作っているときは無心になれる。世の中さ、有名人とかがネットで炎上を起こして、いい人だと思っていたのに裏切られた―って騒ぐ人はいるけど、炎上した人たちは本当は悪い人かもしれないけど、無心でなにかに取り組んでいるときだけは悪ではないと思うの。少なくとも集中の内ではその人の魂は善だわ」

「真剣に集中して悪事を働く人もいるんじゃないか?」

「そうね。でも例えば何年もかけて銀行強盗の計画を練って、入念な準備をして実行する。悪いことなのは誰の目にも明らかだけど、その姿勢と情熱に人は引き付けられるわ。現にそうゆう映画もいっぱいある。私は自分が良い奴なのか悪い奴なのかわからない。でも服を作っているあいだだけは、私はただの服を作っている人でいられる。ミシンうるさかったらごめんだけどね」

「俺はたまに自分が怖いよ。いま勉強にぶつけているエネルギーは自分でも少し異常だと思う。でもこの先、勉強をしなくてよくなったら、俺はなににこのエネルギーを向けるんだろうって。腑抜けになるのか、もしかしたらなにか良からぬ方向を向いているかもしれない。高学歴の人が犯罪に走るなんてニュースでよく見るだろ?」

「一孝にはその先にも目標があるんでしょ? だから大丈夫よ」

「春美は優しいな」

 一孝は言った。

「夏に施設の先輩が亡くなって、みのりが出掛けたことがあっただろ? その先輩……マコちゃんは海が好きで、海が好きすぎて、海で死んだんだ。施設にいたころもマコちゃんはバイト代をほとんど海に行くのに使ってた。友達と遊ぶより、おしゃれをするより、海を見に行くためだけに働いていた。海が好きなんて、素敵なことじゃないか。それなのにどうしてその先に死が待っているのか、俺にはわからない。俺の勉強もいつかそんな良くないレールに乗ってしまうかもしれない。だからほどよく邪魔してほしいんだ。そうすると、悪い方向に向かいかけても、ふと我に返って、軌道修正できるような気がするんだ」

「ふふふ、邪魔しに来てあげたよ」

「ありがとう」

 と一孝は笑った。

「ところで腹割るついでにお願いがあるんだけど」

「なに? エロいこと?」

「今更だけど敬語使いたいんだ。まわりに流されてタメ口きいちゃってるけど、4つも年上だから、毎回うっすら違和感がある」

「だめでーす。なんなら春美ちゃんって呼んでください」

「勘弁してよ」

「じゃ、勉強の邪魔もしたことだし、そろそろ引き上げるね」

「うん。気分転換になったよ。たまには邪魔しに来て。たまにはでいいけど」

「オッケー。今度はもっとセクシーな格好してくるね」


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