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喫茶店の上のレフュジーズ  作者: 木須柄はきわ
四章 川島いぶき
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川島いぶき⑥完

 私と由衣さんの関係は良好だった。

 由衣さんはたまにLINEを送ってきては、結婚式の準備の不満を言ったり、弱音を吐いたりした。

 私も最近隣室のミシンの音がうるさいといったりと、彼女の思惑通り愚痴を言い合う関係を築いていた。

 休日、由衣さんは式の準備で忙しいくせに、一人で喫茶店に来たこともあった。

 そこで彼女は、目下制作中の黒いドレスに似合うようにと、私に黒いパンプスをプレゼントした。

 私は式当日、スタイリストを同席させたいと頼んだ。春美ちゃんが自分で着せると言って聞かないからだ。

 私はなにもしていないのに、由衣さんの報告や春美ちゃんのミシンの音を聞いていると、自分もせわしなく式の準備に追われている気分だった。

「できたよ!」

 ノックもなしに部屋に入ってきた春美ちゃんに連れられて、彼女の部屋に行くと、トルソーが黒いドレスを着ていた。

「いま着せてあげる」

 最終確認でドレスにそでを通したのは、式の三日前のことだった。

 ドレスはしつこく精密に採寸しただけあって、自分の皮膚のように体にフィットした。

「靴はどこ? SNSに上げていいよね? 顔は隠すから」

「……部屋。取ってくるから……」

 私はドレス姿のまま廊下に出た。

 すると、ちょうど部屋に戻ろうとしていた、一孝と鉢合わせた。

 一孝は私の全身をくまなく見ると

「完成したのか、似合ってるよ」

 と言った。

 私は

「み、みるな」

 と言って自分の部屋に引っ込んだ。


 12月。

 式当日、私と春美ちゃんは、輝美さんの運転する車で式場へ向かっていた。

 ちなみにまだ私は制服姿で、春美ちゃんもラフな格好だ。

 輝美さんと言えば、ちゃんと招待状は届いていたのに、欠席に〇を書いていた。今日は送り迎えに徹するらしい。

 なんでも

「私がいたら空気が悪くなるだろう」

 とのこと。もう少し大人になってほしい。

 輝美さんを車に残し、控室に案内された私たちは、さっそくドレスに着替えた。

 春美ちゃんは抜け目なく、いつのまにか自分の分のドレスも自作していた。なんかごてごてしていた。

 スタイリストさんに髪を巻いてもらい、輝美さんのカチューシャをはめた。

 お父さんにやってもらおうかとも考えたけど、輝美さんの嫌がる顔が浮かんで、やめておいた。

 私たちは隙を見て、花嫁の控室を訪ねた。

 真っ白なドレスと、花の咲いたような笑顔が、私たちを迎えた。

 私はそこに幸福を見た。

 人生のあらゆる色を飲み込む、まぶしい純白を前に、祝福せずにはいられなかった。

 由衣さんは、ドレスをバサバサ言わせながら、私に抱き着いてきた。

「いぶきさん、とってもきれい」

「由衣さんの方が」

 それから私たち三人は、時間の許す限り写真を撮った。撮りまくった。

「誠二さんのところにはもう行ったの?」

 由衣さんがたずねた。

 私はカチューシャを気にして、小さく首を横に振った。

「行きません。なんか感動のシーンになりそうだから行ってあげない」


 春美ちゃんは席に着き、私は通路で待機していた。

 式場のスタッフの説明によると、私は新郎新婦と新婦の父親の四人で、一緒にバージンロードを歩き、神父さんの前に連れていくという手筈だ。

 先に新郎側だけが出ていくのが一般的だけど、由衣さんの希望でみんな一緒に登場したいと決まったらしい(しかし、バツイチ二人にお手付きの娘を引き連れてなにがバージンロードなんだか)。

 まもなく白いタキシードに身を包んだお父さんがやってきた。

 お父さんは、私を見るなり、あれよあれよと目に涙を浮かべた。

「いぶき、きれいになったね」

 お父さんは言った。

「お母さんとそっくりだ」

 私たちが関係を持ってから、決して口にはしていけない呪文のようなその言葉を、お父さんは簡単に口にした。

 悪い魔法が解けたようだった。

「私より由衣さんを褒めてあげたら」

 そう言って私は顔を反らした。

 ここで泣いたらいけない。ここで泣いたら、せっかくメイクさんがしてくれた化粧が台無しになる。

 そうして、式が始まる。

 私は大きな扉の前で、お父さんと腕を組む。

 あの平手打ちを除けば、お父さんの体に触れたのは、あの小5の春以来だった。

 一瞬、あのときの恐怖が、体を走った。

 扉が開かれ、私たちは歩き出した。

 まるで目に見えるみたいな、あふれんばかりの祝福した空気が、私たちを包み込んだ。


 もしも死んだのがお父さんだったら。


 私はこんなときだというのに、ずっと考えてはいけないと蓋をしていた気持ちを取り出した。

 私たちが男と女だったから起きた過ち。

 私はいつしか、男女の関係そのものを、蔑んでいた。

 それがこんなにも見守られ、讃えられている。

 神父様の前に着くと、私は花嫁に向かって押し出すように、お父さんの腕を離した。

 私の男だったものは、誓いの言葉を受けて、花嫁と口づけを交わした。


 春美ちゃんはアルバイトがあると言って披露宴終わりで帰ったため、帰りは輝美さんと二人だった。

 制服姿に戻った私を見て、輝美さんは

「ドレスはあ?」

 と少し残念そうに言った。

 帰りの車内、輝美さんは式はどうだったとか、その手のことを聞かなかった。

 かわりに私はたずねた。

「輝美さんは14歳のときどんなだったの?」

「14? なんだ急に」

 彼女はしばし過去に思いをはせて

「勉強と、部活と、委員会でいっぱいいっぱいだったけど、結局好きな男の子のことばかり考えていたかな」

 と、ちょっとだけ笑って言った。

「その子とはうまくいったの?」

「いや、知らないあいだに向こうに彼女が出来てて、告白も出来ずじまい」

「残念」

「そのかわり、いまの旦那と出会えたから、あれでよかったんだよ」

「旦那さんとはいつ出会ったの?」

「いや、なんだよ。普段こんな話してこないくせに、結婚式であてられたか?」

「そうかも」

 私は言った。

「魔法にかけられたみたい」


 家に帰ると、夕食終わりでリビングは明るかった。

 みのりちゃんとみどりちゃんが、ソファーで並んでテレビを見ていて、一孝はいつものようにダイニングテーブルで勉強していた。

「おかえり」

 と口々に迎えられ、輝美さんは

「風呂」

 とさっさと脱衣所に向かった。

「バームクーヘンあるよ。食べる?」

 私は引き出物の袋をごそごそしながら言った。

「食べる―」

 とみのりちゃんが言い

「私が切る」

 と過保護なみどりちゃんが言った。

 私は

「コーヒー淹れるね」

 と言った。

「式どうだった?」

 バームクーヘンを、きれいに六等分に切り分けながら、みどりちゃんが言った。

「どう?」

 私は少し考えて言った。

「まあ、いい式だったんじゃない?」

 みどりちゃんはやさしく微笑み、切り分けたバームクーヘンをそれぞれの元に運んだ。

 キッチンには私と、コーヒーサイフォンだけが残った。

「ねー、ドレス着て見せてよ」

 ソファーにもたれながらみのりちゃんが言った。

「やだよ。写真いっぱい撮ったからそれ見て」

「俺は見たよ」

 てっきりガリ勉していると思っていた一孝が会話に入ってきた。

「廊下で、一瞬だったけど」

「ええーずるーい」

 私は黙って人数分のコーヒーを淹れた。

 みどりちゃんが運ぶのを手伝ってくれた。

 私は自分のカップを持って、一孝の斜め前に座った

 砂糖をいっぱいまぶしたバームクーヘンを口に運び、その甘さをコーヒーで溶かした。

 一孝も勉強の手を止めてバームクーヘンを食べていた。糖分は頭にいいと、彼は甘いものを好む傾向にある。

 私は疲れもあって、テーブルにぐてーと顔をつけた。

 そのまま行儀悪く、バームクーヘンを口に放り込みながら、一孝の顔を眺めた。

 私は彼が好きなのだろう。

 だけど、それを伝えるのはいまではない。

 私の中から父の影が完全に消え去ったとき、私がまたガラスの靴を履ける日が来たとき、私は彼に伝えるだろう。

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