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喫茶店の上のレフュジーズ  作者: 木須柄はきわ
四章 川島いぶき
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川島いぶき⑤

 11月7日。

 この日はお母さんの命日だった。

 毎年11月だけは喫茶店での面会を休んで、墓地で輝美さんとお父さんの三人で墓参りをした。

 前回は散々な幕引きに終わったけど、この日ばかりは無視できず、お父さんからは長文のLINEが届いた。

 聞けば年末に式を挙げるのも、命日にお母さんに挨拶してからがいいという由衣さんの希望によるものらしい。

 ということは彼女も来るわけだ。

 気まずさで凍えそうだったけど、自らまいた種なので仕方がない。

 私は制服に着替えた。

 朝から暇そうにしていた春美ちゃんが、私の髪を三つ編みに編んでくれた。

 輝美さんは店を閉め、ぴしっとしたスーツを着込んで、玄関で私を待っていた。

「私どうしたらいいかな?」

 私は背後の春美ちゃんにたずねた。

「さあ? なるようにしかならないんじゃない?」

 冷たくも、暖かくもない口調で、春美ちゃんは言った。

「無責任」

「私がなんの責任を負わなきゃいけないのよ」

「私のこと煽ったじゃん」

「八つ当たりされるようなことは言ってないよ」

 と春美ちゃんは、私の背中を両手でトンと押した。

「はい、できた」

 私がキッと振り返ると春美ちゃんは言った。

「いぶきちゃんは美人ですねえ」

「それで得したことなんて一度もない」

 私は言った。

「もし私がお母さんに似ないでブスだったら……」

 そこから先の言葉を、私はぐっと飲み込んだ。

 うまく言葉にできないけど、それは言ってはいけないことだ。

「いぶきちゃんはいま何歳?」

「14」

 知ってるくせにと思いながら私は答えた。

「じゃあ、14歳らしい振る舞いをしてきたらいいよ。いぶきちゃんは自分が思ってるより大人でも子供でもないよ。ほら輝美さんが待ってる」

 そう言って春美は、私の背中を押して、階段のところまで連れて行った。

「いってらっしゃい」

「……行ってきます」

 腑に落ちないものを感じながら、私は階段を降りた。


 お母さんのお墓は山の中にあった。

 私と輝美さんは車を降りると、コンクリートで固められた山道を登った。

 山の斜面にはぽつぽつと家が建っており、それらがなくなると左右は一面の柿畑になる。

 20分ほど登ると、広場に大きな慰霊碑があって、まずそこに入場を願うみたいに手を合わせた。

 そこからわき道を登ると、すぐに段々になった墓地が見えた。

 遠目に、黒い服を着た男女が見える。

 お父さんたちも私たちに気付いたようだ。

 お父さんは小さく手を上げて、由衣さんは深く頭を下げた。

 墓の前まで来ると、私はまずお母さんに挨拶をした。

 ほとんど写真でしか知らないきれいな女性。

 私を生んでくれた人。

 お父さんの愛した人。

 花を活けて、線香を捧げ、手を合わせる。

 心の中で、生んでくれてありがとうございますと言った。

 輝美さんもそれに倣った。

 彼女は会ったことのない私の母親になにを伝えるんだろう。

 私を無事育てますと誓いを立てたりするのだろうか。

 ひと通りの儀式が終わると、私たちは二対二で向き合う形になった。

 前回のこともあるので気まずい感じだ。

「あのっ」

 と由衣さんが口火を切った。

「いぶきさんと二人でお話しさせてもらってもいいですか?」

 正直に、正直に言うと、めんどくさっ、と思った。

 でも、その覚悟はしてきた。

 それに、私が彼女の立場でもそう言いだすだろう。


 私と由衣さんは霊園入り口の広場に出た。

 実際のところ、私たちより、お父さんと輝美さんを二人きりにするほうが不安だ。

「今日は三つ編みなんですね」

 歩きながら由衣さんが言った。声色に少し緊張があった。

「同居人がやりたがるんです」

 私は答えた。

「三つ編みってかわいくないと似合わないのに、よく似合ってますよ」

「ありがとうございます」

 会話はいったんそこで途切れた。

 私たちは、座るところもないので、大きな木の下で立ち止まった。

 由衣さんはうーんと背伸びをして、その場にしゃがみ込むと、私を見上げて言った。

「ねえ、お父さんのことくれませんか?」

 言葉こそ敬語だが、彼女はより素に近い部分で私に語り掛けた。

「愛してます。幸せにします。ご飯もちゃんと食べさせます。だからお願いします」

 このとおり、と両手を合わせる由衣さんを見て、お父さんの相手にしてはフランクな女性だなと思った。

 私は言った。

「べつに私は一度だって反対してませんよ」

「本当に!? うれしい!」

 と言って、由衣さんはいきなり私に抱き着いてきた。

 不思議と嫌悪感はなかった。

 なんの根拠もないけど、こうゆうところはお母さんと似ていると思った。

 もごもごと彼女の抱擁から脱出したころ、由衣さんは言った。

「べつにお母さんと思えなんて言いません。ただ時々誠二さんの愚痴を言い合ったりそうゆうことが出来たらいいなあって。あ、連絡先。直接聞きたかったから誠二さんには聞かなかったんです」

 私は「はあ」とスマホを差し出し、彼女と連絡先を交換した。

「それと」

 彼女は急に居住まいを正した。

「この前は急に会いに行ってしまってごめんなさい。あれは全部なにも言わなかった私が悪いんです」

 そんなことはない。こどもでもわかる、悪いのは私だ。

 彼女は言った。

「私、誠二さんが人をぶつところなんて想像したこともなかったです。冗談でもそんあことする人じゃない。それにわかったんです。あれは私をかばったんじゃなくて、いぶきさんに自分が傷つくようなことを言ってほしくなかったからだって。だから場をかき乱した私が悪いんです。本当にごめんなさい」

 私はなにか言い返したかったが、目の前の大人の圧に負けてなにも言えなかった。自分が14歳の子どもだと思い知らされた。

「父が娘をぶつことなんてよくあることですよ」

 私はなんとか口を開いた。まあ、そんな経験なかったですけどね。

「いぶきさんは大人ですね」

 由衣さんはにっこりと微笑んで言った。

「さすが誠二さんのお子さんね」


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