川島いぶき③
その日は朝からちょっぴり憂鬱だった。
原因は春美ちゃんとのショッピングの約束だ。
結婚式で着るドレスの構想を練るためとかで、春美ちゃんは輝美さんから借りた車のキーをくるくる回して、朝からご機嫌だった。
春美ちゃんとの買い物は楽しいけれど、いつも長くて、疲れる。
ましてドレスなんて。
私がどれだけ制服でいいと訴えても、春美ちゃんは聞いてくれなかった。
春美ちゃんは昔からときどき私の服を(勝手に)作ってくれるが、今回は彼女曰く私の晴れ舞台とあって、ことさら気合が入っていた。
「絶対事故るな。事故るなよ。事故るな。絶対事故るなよ」
輝美さんが念を押しているあいだも、春美ちゃんは心ここにあらずだった。本当に大丈夫だろうか。
私たちは高速道路を使って隣県まで出ると、ショッピングビルやドレスの専門店を、これでもかとはしごした。
社交モードの春美ちゃんは店員さんとよく話し、私は毎回ちょっと居づらい思いをした。
買いもしないのに、山のようにドレスを試着したりして、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「やっぱり黒がいいね。いぶきちゃんは黒」
手芸用品専門店で、すべすべした布を撫でながら、春美ちゃんは言った。
「白も捨てがたいけど結婚式だしね。黒でなるべくシンプルで体のラインがきれいに出るようなのがいいと思う。絶対ワンピース。肩まで覆うか、肩を出してボレロを羽織るか、悩みどころね。いぶきちゃんはなにか希望ある? 今日着たなかでどれが良かった?」
春美ちゃんには悪いけど、一日中連れまわされて、私はもうくたくただった。
もうなんにでもしてくれって感じ。
「春美ちゃんの好きに作ってよ。私もそれがいい」
「それは責任重大だね」
「てゆうかドレス作るのってそんなに時間かかるの? まだ9月だよ? 式は年末なんだけど」
「作るだけなら一月もかからないよ。デザインを練るのに時間がかかるの。あーそれにしてもいぶきちゃんのウエディングドレスを作るのがいまから楽しみ。絶対私に作らせてね、約束」
「まあ、時が来たら」
ずいぶん気の長い約束をして、私たちは店を出た。
帰りの車の中でうとうとしていると春美ちゃんが言った。
「再婚、本当はあんまりしてほしくないんでしょ?」
「べつにそんなことないけど」
お父さんに切り出されたときもそうだったけど、私はこの再婚についてなんの反対意見もない。
「でも、してもいいけどべつにめでたくもねえ、って感じね」
春美ちゃんはくすくすと笑った。
「まるで、頑固おやじが娘を嫁に出すときみたい。立場が逆なのにね」
私は黙っていた。
春美ちゃんは普段どうでもいいことしか言わないのに、時々こうやって大きく踏み込んでくる。
目を細め、いじわるを言うのに、観音様みたいな微笑を浮かべて。
「はっきり言ったらいいのよ。私の男を持っていかれたくないって。いぶきちゃんはまるで、あなたのお父さんのお母さんみたいだから。だからいいのよ。そんなに物わかり良くしなくたって。最愛の息子の結婚に母親が口を挟むのはおかしなことじゃないし、娘が父親の再婚に駄々をこねるのも当然の権利だし。そんなこと親のいない私でもわかるよ」
放っておいて、と言い返したかったけど、きっと春美ちゃんには私の言葉は届かない。吸い込まれるように消えてしまうのが関の山だ。
春美ちゃんは決してあいまいなことは言わない。
自分の心の芯からしか話さない。
だから私がなにを言っても彼女は自分の意見を変えない。
四年間、姉妹のように育った地田春美とはそういう人だ。
「私がやっぱり嫌って言ったら、ドレスどうするの?」
私は彼女にたずねた。
「作るよ」
と春美ちゃんは言った。
「もう作る気になっちゃってるからね。着る機会がなかったら私の結婚式まで取っておいて、そのときはサイズ直さなきゃいけないけど」
「春美ちゃん結婚できるの?」
私が言うと、春美ちゃんはいつもの雰囲気に戻って
「できる気がしねえ」
と笑った。
月に一度、喫茶店に住む子供たちは、輝美さん夫妻の部屋に呼び出される。
そして、現在の生活環境をはじめとした様々なことについて個人面談をし、一か月分のおこづかいもとい生活費を賜る。
私からしたらもう何年も続いている習慣なので、いまさら緊張なんかしないけど、輝美さんとしては里親としての大事な行事なので、いつもと雰囲気が変わる。
ここ半年で三人も増えたので、その気苦労も相当だろう。
私はお父さんとのことを聞かれるかと、少し身構えていたが、そこに触れられることなかった。
夏休みのあいだ遊びに出る回数が少なかったとか、友達とはうまくやれているのかと、少々つつかれたくらいだ。もっともそれも毎度のことだけど。
特に問題なしと、面談が終わると、輝美さんはおこづかいの入った封筒と一緒に、三日月形の大きな眼鏡ケースみたいな箱を私に差し出した。
「開けてみろ」
言われた通りすると、中身はシルバーのカチューシャだった。
細身で、全体に花の意匠が散りばめられた、上品な半円。
「私が結婚式でしてたやつだ。やるよ」
輝美さんはぶっきらぼうに言った。
私はカチューシャを手に取り頭にはめてみた。すると輝美さんが
「ああ違う違う。後ろからつけるんだ」
と言って私の後ろに回り込み、壊れ物に触れるみたいな慎重な手つきで、私の耳の上にそっとカチューシャを差し込んだ。
私は吸い込まれるみたいに部屋の姿見の前に行くと、くるくるまわって後頭部のカチューシャを見ようとした。
まわる視界のすみで、輝美さんが懐かしいものを見る目で私を見ていた。
私は魔法にかかったみたいに浮かれかけたけど、すぐに私がこんな大切なものを身に着けてもいいのかなという気分になった。
「大丈夫。似合ってる。それを付けて式に出な」
「いいの?」
と私は言った。
いろんな意味のある、いいの、だった。
輝美さんは一言
「いいよ」
と言った。




