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喫茶店の上のレフュジーズ  作者: 木須柄はきわ
四章 川島いぶき
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川島いぶき②

 その日は夏休みの登校日だった。

 灰色の制服に身を包んだ私は、駅前の停留所で、久しぶりに学校のバスに乗った。

 私はカトリック系の中高一貫の女子校に通っていた。

 小学校の先生からの強い勧めだった。

 私を少しでも男子から遠ざけるべきだと考えたらしい。

 私は、そうゆうのじゃないんだけどな、と思いつつ、流されるままに入学した。

 バスで見知った顔を探していると

「ごきげんよう」

 と友達から声をかけられた。お嬢様ごっこだ。

 なにかと目を引くらしい私が、上級生からそう挨拶されたのを面白がって始まったその遊びは、夏休みでも継続中らしい。

「それやめてっていってるでしょー」

 私は久しぶりの感覚にうれしくなった。

 学友たちが夏休みにどこへ行っただの、宿題がおわっていないなどと、話に花を咲かせているのを、私はずっとニコニコしながら聞いていた。

 私が夏休みに外出したのと言えば、地元の花火大会にみんなで行ったことと、お盆に輝美さんと二人で母の墓参りに行ったことくらいだった。

 お父さんと会うのは月に一度と決められているとはいえ、墓参りくらいはと思うのだけど、輝美さんは私とお父さんが二人で外で会うのをまだ許していない。

 墓参りの帰りの車内で、輝美さんは

「結婚式、出るのか?」

 とはじめてこの件について口にした。

 私は

「出るよ」

 と答えた。

 輝美さんはそれ以上何も言ってこなかった。

 夏休みは友達ともそれなりに遊んだ。

 私立女子校の生徒とは言え、彼女たちはみんな年頃の女の子だった。

 好きなアイドルを語ったり、恋愛リアリティーショーの展開を本気で心配したり、男が欲しいとのたまったり。

 私はいつも、彼女たちが、ガラスの靴を履いたシンデレラのようにまぶしく見えた。

 私は違う。といつも思う。

 魔法はもう解けて、ガラスの靴もなくしてしまった。

 どこか知ったような顔をして、彼女たちを見下ろす、そんな自分が嫌いだった。

 男女共学の学校に行かなくて、本当に良かったと思う。

 誰と誰が付き合ったとか、別れたとか、そんな話が学校中にあふれかえっていたら、私はきっと芯まで冷え切ってしまう。

 お父さんはどんな気持ちで、新しい恋をしたのだろう。どんな気持ちでパーティーを開こうと思ったのだろう。

 久しぶりの学校で、はしゃいだ友達の肩が、私の肩にぶつかる。

 私は「もおっ」と押し返す。

 かぼちゃの馬車は、お城を目指す。

 私はシンデレラのふりをして、そこに紛れ込む。


 9月のはじめ。

 お父さんは少し疲れた顔をしていた。結婚式の準備で多忙なのだろうか。

 輝美さんが忙しそうなので、私は喫茶店の道具を借りて二人分のコーヒーを淹れた。

 お父さんは、娘の淹れたコーヒーを、大変ありがたそうに飲んだ。

「出るからね」

 私はまた同じ質問をされる前に言った。

 もう何千万回と繰り返したみたいに、この問答に飽き飽きしていた。

「わかった。決心してくれてありがとう」

 と父は言った。

 だから決心なんて先月もうしたんだってば。

 私はうんざりしながら、ようやくいまになって、式への出席が嫌になってきた。


 夜10時過ぎくらいだったと思う。

 私はお手洗いに階段を降りた。明かりがついていたのでダイニングを覗き込むと、一孝が一人で勉強していた。

 いつもはみんなが部屋に引っ込むタイミングで自室に戻るのに、今日はよっぽど興が乗っているみたいだ。

 夏にあったひと騒動で、私ははじめて、彼の怒っている姿を見た。普段は植物のように参考書と向き合っている彼の、意外な一面だった。

 きっと他の誰でもない、みのりちゃんとの長い付き合いがあってこその怒りだった。

 お父さんは私にあんな風に怒ったことはなかった。お母さんに対してはどうだったんだろうか。

 そんなことを考えながら、私は勤勉な一孝青年のために、コーヒーを淹れてあげることにした。

 思えばこの夏はほとんど毎日、コーヒーを淹れてあげていた。おかげでこの一孝と買いに行ったコーヒーサイフォンの手入れも、もうお手の物だ。

 夏の一孝は取りつかれたようで、いっときのお父さんを彷彿とさせた。

 コーヒーサイフォンの下部で沸騰するお湯越しに、私は一孝を眺めた。

 さすがにこちらに気付いているだろうが、それをまるで感じさせない集中力で彼はペンを走らせていた。

 私が一孝の横にカップを置こうとすると、その前に彼は

「いつもありがとう」

 とノートからまったく目を離さずに言った。

「もっとちゃんと感謝してください」

 私が苦情を申し立てると、一孝はペンを置いて私を見上げた。

「いつも、本当に、感謝してます。でも無理して淹れてくれなくてもいいからね」

 いつも無理をしているのはどっちだか。

「はい、どういたしまして」

 私は自分のカップを持って、一孝の斜め前に座った。

 私は言った。

「今日はみんな静かだね」

「みのりはゲームにキレてさっさと上がって行っちゃったよ」

「キレるくらいならもっと簡単なゲームしたらいいのに」

「確かに」

「ねえ、みのちちゃんと一孝ってどんな関係?」

 私はちょっと思い切って彼にたずねてみた。

 一孝はちょっとうんざりした顔になった。聞き飽きたって感じだ。

「中学は一緒だったから、前はよく聞かれたよ、そうゆうの」

 一孝は淡泊に言った。

「物心つく前から横にいたやつ。それだけ」

 短い付き合いだけど、私の目には二人は互いのことを自分以上に大切にしているように映っていた。

 双子や、幼馴染というより、もはや半身のような。

 だからこそ、二人が恋愛関係に発展するとは思えなかった。

 彼らは、互いに背中を向けて絡み合った、一本の木だ。

 背中はくっついていても、互いに別々の場所へ枝を伸ばし、いづれその枝葉は大きく袂を分かっていく。

 彼ら二人は、私をときどき、そんな儚い気持ちにさせた。

「ふーん。みのりちゃんかわいいのにもったいないね」

 私はコーヒーの香りをたっぷり吸いこんでから、カップに口を付けた。

 今日もいい出来だ。

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