葉月みのり①
一章から読むのをおすすめします
みのりちゃんへ
お元気ですか?
施設を出たと聞いたときは少し心配もしたけれど、あなたならどんなところでもうまくやっていけると信じています。
あなたは、私の知る人間のなかで、もっとも正しく、まぶしい人です。
五つも年下なのに、私はあなたの明るさに何度も助けられました。
本当にありがとう。
あなたは私の誇りです。
私は死のうと思います。
でも勘違いしないでほしいの。
人生がつらいのでも、行き詰ったのでもありません。
はじめて伊豆の海を見たとき私は「死ぬのならこんな場所がいい」と思いました。
しかしです、実際に沼津での生活を始め、毎日海を眺めているうちに、私はいたって前向きに「ここで死にたい」そう願うようになったのです。
その願望に気づいてからは「それがいつなのか」それだけが私の人生でした。
そして、そのときが来ました。
なんのきっかけもなく、はたと、そう思ったのです。
もし機会があったら私の職場を訪れてみてください。美しい海を見れば私の気持ちの一端を理解してもらえると思います。
最後に一つ、あなたに迷惑をかけてしまうと思います。
親のない私には、あなたにしか頼めないことです。
最後はあなたに託したい。
不思議とそう思えたのです。
さようなら。私の大切な妹。一孝と仲良く。
真琴詩織
警察から電話があったのは、手紙が届いた二日後、夏の終わりの午後だった。
警察の人は、海崖の下で死体が見つかったこと、崖上の遺書からそれが真琴詩織という人物であるということ、そして、遺書に私の名前があったことを伝えた。
真琴詩織ことマコちゃんは五つ年上のお姉さんで、私や一孝が中学三年生になるタイミングで、同級生二人とともに施設を出た。
みんな施設の手伝いをよくするいい人たちだった。
ところが、その下も、そのまた下も、さらに下も、下の代がおらず、私と一孝は一気に最年長者になってしまった。そのため以前にも増して、チビたちの面倒を見なければならず、大変な思いをした。私はいっぱいいっぱいで、ふとした時間の隙間に、マコちゃんたちがいた時期を懐かしんだ。
彼女は不思議な人間だった。
小さな子どもたちとまったく同じ目線で遊んでみれば、ちょっとしたいじわるで簡単に泣いてしまい、夜な夜な私の布団に潜り込んできた。
赤ん坊を泣き止ますのが得意で、どんなに泣きわめいていた子でも、マコちゃんに抱きかかえられ、顔を覗き込まれるとすぐに泣き止んでしまった。
そう、彼女は赤ん坊とまるで同じ目をしていた。
磨いた皿の様な、見るものをそのまま映し返す魔法の鏡。
その赤ん坊にしかできないレンズで覗き込まれると、私がどれだけ腹を立てていても、砂地に水を垂らしたように、怒りもなにもかも吸い込まれてしまう。
マコちゃんが自ら命を絶ったと聞かされても、私はあまり驚かなかった。
彼女の両親は、車の事故でマコちゃんが10歳のころに亡くなったと聞いた。後部座席にいたマコちゃんだけが助かり、同時に彼女は幼いながらに両親の死を目の当たりにした。親を知らない私には、想像もつかない話だ。
それを知っていたからだろうか、マコちゃんが嵐のような恋をしていても、大声で笑ったりしていても、彼女の双眸はどこか凪いだ海のような死をみつめているように思えた。
マコちゃんがぼーっとしているとき、私はいつも彼女がどこかに行ってしまう気がして、よく袖を握りしめていた。
「そうなんです、急に変な電話が来て、電話も出ないし」
施設のボランティアの最中だったので、私は建物の隅っこで丸くなりながら、小声でしゃべった。
チビたちの騒ぎ声の中で、事前に警察にも自殺をほのめかす連絡があった、事件性はない、自殺と断定、解剖はもう済んでいる、と断片的な情報が私の耳に届いた。
警察の人の厳かな話し方に、言いにくいことばかりで大変な仕事だなと思った。
同時に、どうして警察から私に連絡が来るのだろう、施設にならまだしも、と疑問だった。
警察の人は言った。
「遺書の最後に遺灰は葉月みのりさんに引き取ってほしいとの記述がありまして、いまかけている連絡先も書いてありましたので、こうして連絡させていただいた次第です」
面倒とはこれか。私は何度も読んだマコちゃんの手紙の内容を思い出した。
「火葬はすでに自治体のほうで済ませてありますので、なるべくお早く引き取りに来ていただけませんか」
「私、行ってきますね!」
保護者であるところの輝美さんに事情を説明すると、私は有無を言わさず宣言した。
事情が事情だけに、輝美さんも返答に困っている様子だった。
「話は分かったけど、お前が遺灰なんてもらってきてどうするつもりだ?」
「施設の人に話したら供養したいって」
「じゃあ、お前が行かなくてもいいだろう。そんな遠くまで」
「遺書に私が引き取れって書いてあったの、遺書には従わないと」
とにかく、と私は言った。そろそろ輝美さんが、自分も行くと言い出しかねないからだ。
「もうバスも取っちゃったから、私、行ってくるから」
私が翌朝発の高速バスの予約画面が映ったスマホを、輝美さんに押し付けるように見せると、彼女はしぶしぶ許可を出した。
「あんまり遅くなる前に帰って来いよ」
「せっかくだから二三泊してきちゃったりして」
私は笑った。




