石田みどり⑪
春美はいつものことだが、今日は輝美さんも用事でいないので、夕食は私を含めて四人だった。
人数も少ないので簡単に済ますことにした。
乾燥エビのチャーハン。父の得意料理のひとつだ。
具材は卵とネギ、それから乾燥した小エビをすり鉢で粉々にし、シンプルな味付けで仕上げるのが父流だ。
小さなエビにすりこぎ棒を押し付けると、私の小さなメランコリックも、一緒にすりつぶされていく気がした。
汗だくで中華鍋を振るう私を、一孝が勉強の手を止め、感心した様子で眺めていた。
お玉で丸く形を整えて、皿に盛りつける。おともにインスタントの中華スープを添える。
「はい、できました」
号令を出すと、一孝がチャーハンとスープをテーブルに運んだ。
その夜、部屋で爪を切っていると、下からチーンと電子レンジの音がした。遅く帰ってきた春美が、残ったチャーハンを温めたのだろう。
私はさして気に止めることもなく、後で皿を洗おうかと考えていた。
しばらくして、騒々しく階段を駆け上がる音が、振動とともに聞こえた。足音は私の部屋を通り過ぎ、間もなくどこかのドアの開く音が聞こえた。
それから一分もたってなかったと思う。
突然ノックもなしに、私の部屋のドアが開いた。
「ちょっと顔貸してよ」
春美だった。
いぶきの陶磁のような白い首筋。パジャマの隙間からのぞくそれは、いまは痛々しく真っ赤に変色していた。
「エビだめだったよね」
春美はいたわる手つきで、その肌を撫でた。
いぶきは小さくうなずいた。
「最初は気付かなくて、でもこのくらいなら大丈夫だと思って」
このくらいなんかじゃない。私は自戒した。大量のエビは、ほとんど粉になるまですりつぶしてあった。母親が人参をミキサーにかけて子供をだまし打つように。
「気付いたらそのとき言う。結局全部食べちゃったんでしょ?」
いぶきは申し訳なさそうにうなずいた。
私は口が開けなかった。何か言わなくてはと焦りながら、二人の世界に割って入れなかった。
「ごめんね、みどりちゃん。気にしちゃだめだよ」
いぶきが言った。
気が付くと彼女を抱きしめていた。
いぶきは、そんな私の頭を、そっとなでた。
「朝には戻るから大丈夫だよ」
「ごめん。ごめんなさい」
ボロボロと涙がこぼれ、いぶきの肩に落ちた。
泣き疲れた夜、夜中に目が覚めて、水を飲みに台所へ降りた。
水道をゆるく開け、のろのろとコップに水がたまっていくのを、シンクに頬ずりしながら眺めた。
リビングもダイニングも真っ暗で、騒々しさとは無縁だった。朝、誰もいないときとも違う、その気配のなさ。もう何時間もすれば、ここも色づくだろう。差し込む朝日が何もかもを飲み込んで、地球の回転が私たちを起き上がらせる。なんて豪快なんだろうと思う。
私は、いぶきのからだが明日には元通りになっていることを神に祈って、とっくにあふれているコップの水を一気に飲み干した。
部屋に戻り、布団の中でアレルギーについてAIに質問していると、未読のLINE通知が残っていることに気が付いた。
『先輩が謝りたいって、すごく反省してたよ』
『明日の放課後、部室で待ってます』
最後に
『ギターも持ってきてね』
翌朝になると、いぶきの発疹は嘘のように消え、私を安堵させた。
登校前、私はモーニングでせわしない輝美さんを捕まえ
「昨日は申し訳ありませんでした」
謝罪した。
輝美さんは忙しい手を止め、私に歩み寄ると、冷たい手で私の頬をやさしくなでた。
「伝えてなかった私が悪いよ」
私は首を横に振った。
「聞かなかった私が悪いです」
「そうゆうのも含めて私の責任だよ」
輝美さんはそう言うと、私の背中のギターケースに目をやった。
「部活か?」
「……はい、そんな感じです」
「遅くなるなら連絡しなよ。夕食は作ってくれるのか?」
「そのつもりです」
「そうか」と言って輝美さんは仕事に戻った。
私は彼女の背中に一礼した。背中でギターケースががたっと音を立てた。




