表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
喫茶店の上のレフュジーズ  作者: 木須柄はきわ
一章 石田みどり
11/35

石田みどり⑪

 春美はいつものことだが、今日は輝美さんも用事でいないので、夕食は私を含めて四人だった。

 人数も少ないので簡単に済ますことにした。

 乾燥エビのチャーハン。父の得意料理のひとつだ。

 具材は卵とネギ、それから乾燥した小エビをすり鉢で粉々にし、シンプルな味付けで仕上げるのが父流だ。

 小さなエビにすりこぎ棒を押し付けると、私の小さなメランコリックも、一緒にすりつぶされていく気がした。

 汗だくで中華鍋を振るう私を、一孝が勉強の手を止め、感心した様子で眺めていた。

 お玉で丸く形を整えて、皿に盛りつける。おともにインスタントの中華スープを添える。

「はい、できました」

 号令を出すと、一孝がチャーハンとスープをテーブルに運んだ。


 その夜、部屋で爪を切っていると、下からチーンと電子レンジの音がした。遅く帰ってきた春美が、残ったチャーハンを温めたのだろう。

 私はさして気に止めることもなく、後で皿を洗おうかと考えていた。

 しばらくして、騒々しく階段を駆け上がる音が、振動とともに聞こえた。足音は私の部屋を通り過ぎ、間もなくどこかのドアの開く音が聞こえた。

 それから一分もたってなかったと思う。

 突然ノックもなしに、私の部屋のドアが開いた。

「ちょっと顔貸してよ」

 春美だった。


 いぶきの陶磁のような白い首筋。パジャマの隙間からのぞくそれは、いまは痛々しく真っ赤に変色していた。

「エビだめだったよね」

 春美はいたわる手つきで、その肌を撫でた。

 いぶきは小さくうなずいた。

「最初は気付かなくて、でもこのくらいなら大丈夫だと思って」

 このくらいなんかじゃない。私は自戒した。大量のエビは、ほとんど粉になるまですりつぶしてあった。母親が人参をミキサーにかけて子供をだまし打つように。

「気付いたらそのとき言う。結局全部食べちゃったんでしょ?」

 いぶきは申し訳なさそうにうなずいた。

 私は口が開けなかった。何か言わなくてはと焦りながら、二人の世界に割って入れなかった。

「ごめんね、みどりちゃん。気にしちゃだめだよ」

 いぶきが言った。

 気が付くと彼女を抱きしめていた。

 いぶきは、そんな私の頭を、そっとなでた。

「朝には戻るから大丈夫だよ」

「ごめん。ごめんなさい」

 ボロボロと涙がこぼれ、いぶきの肩に落ちた。


 泣き疲れた夜、夜中に目が覚めて、水を飲みに台所へ降りた。

 水道をゆるく開け、のろのろとコップに水がたまっていくのを、シンクに頬ずりしながら眺めた。

 リビングもダイニングも真っ暗で、騒々しさとは無縁だった。朝、誰もいないときとも違う、その気配のなさ。もう何時間もすれば、ここも色づくだろう。差し込む朝日が何もかもを飲み込んで、地球の回転が私たちを起き上がらせる。なんて豪快なんだろうと思う。

 私は、いぶきのからだが明日には元通りになっていることを神に祈って、とっくにあふれているコップの水を一気に飲み干した。

 部屋に戻り、布団の中でアレルギーについてAIに質問していると、未読のLINE通知が残っていることに気が付いた。

『先輩が謝りたいって、すごく反省してたよ』

『明日の放課後、部室で待ってます』

 最後に

『ギターも持ってきてね』


 翌朝になると、いぶきの発疹は嘘のように消え、私を安堵させた。

 登校前、私はモーニングでせわしない輝美さんを捕まえ

「昨日は申し訳ありませんでした」

 謝罪した。

 輝美さんは忙しい手を止め、私に歩み寄ると、冷たい手で私の頬をやさしくなでた。

「伝えてなかった私が悪いよ」

 私は首を横に振った。

「聞かなかった私が悪いです」

「そうゆうのも含めて私の責任だよ」

 輝美さんはそう言うと、私の背中のギターケースに目をやった。

「部活か?」

「……はい、そんな感じです」

「遅くなるなら連絡しなよ。夕食は作ってくれるのか?」

「そのつもりです」

「そうか」と言って輝美さんは仕事に戻った。

 私は彼女の背中に一礼した。背中でギターケースががたっと音を立てた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ