9話 ゲーム世界だと自由に行動したら危険
「おにぃ、今日は一緒に帰ろ?」
「ん? 部活は?」
「今日は自主的お休み」
授業が終わり、エリスが鼻歌を歌いながら機嫌よくスキップして帰宅するのと合わせて、花蓮が固い煎餅を食べたかのように、なんか難しそうな顔で話しかけてきた。なんか気の所為か、黒雲がどよどよと湧き出して、ぴしゃーんって雷が鳴ったような気がする。
「ま、まぁ、良いけど。花蓮と一緒に帰宅するなんて久しぶりだな。どんな風の吹き回しだ?」
なんか怖いよ? ゴゴゴと空気を圧する音が花蓮からしてきそう。平凡なモブキャラに耐えられる威圧じゃないぞ?
「ひかるー。花蓮と帰るんだけど、一緒に帰ろーぜ? そろそろ木枯らしが吹いて、コートを着るか迷う寒さ。たい焼きでも食べようぜ」
ここは危険から逃れるべく、光の肩を叩く。おちゃらけ役の好夫と同じように、人の良さそうなニコニコ笑顔でいつもいる光は、もう一人のサポート役と言っても過言ではない。俺はモブだけど、サポートして?
「ごめん好夫。僕はヤミちゃんと帰る約束してるんだ。だから、好夫は花蓮さんと帰ってよ」
「うぬぬぬ、彼女もちめ、呪われろー!」
一つ違うのが、光はヤミという彼女持ちなのだ。昨今の小説や漫画、ゲームではサポート役は彼女がいるんだよ! 主人公のそばにいる男にヒロインが目を向かないようにとのセーフティがかかってるんだよ。昨今のサポート役ではない初期型サポート役の俺にはいないけどね! 羨ましー!
呪術師好夫となって、デロデロと手をヒラヒラさせて呪うふりをする。俺も人の良さそうな笑顔のサポート役を目指すべきだった。
「ほら、馬鹿やってないで行くわよ、おにぃ。皆笑ってるじゃない」
「放課後のひと時に楽しみを」
肩を引っ張ってくる花蓮に諦めて、今日は俺がドナドナドーナされるのであった。
◇
飛鳥区は非常に栄えている。その中心はもちろん学園『大樹』だ。5000人もの生徒たちが通うマンモス学園を支えるのは教師だけではない。周囲には腹ペコの生徒たちを誘うレストランや、小物や雑貨、服を売る様々なお店が軒を並べて商店街を形成してるし、本屋だってある。映画館もあるし水族館、動物園、遊園地すらもあるのだ。もちろんプール場も温水プールで冬も遊べるし、スケートリンクもある。人工スキー場すらあるのだから笑うしかない。
恋愛ゲームに必須な建物を軒並み建設したんだよ。飛鳥区は不思議空間でもあるかのように、多摩区よりも土地があるからな。おかしいよな、東京都のどこにそんな空間があるんだよ。
これだけの条件が集まれば、人はどんどんと集まる。東京都一栄えることになってもおかしくないというわけ。
そんな恋愛ゲームの街に俺たちは住んでいる。放課後の商店街は多くの人々で賑わっていた。制服姿の人たちも多いが、学園は寄り道OKの校則にしたので、補導とかもされないのだ。
若者たちが大勢歩くだけで、楽しげな空気が学園通りには満ちている。誰も彼も楽しそうな笑顔で、店を覗いたり、買食いをしていた。
そんな道を俺は花蓮と共にのんびりと歩いていた。花蓮が通り過ぎるたびに何人かの生徒たちが目を向けてくる。花蓮はエリスには負けるが、それでも美少女だ。ツインテールは触りたくなる可愛さだし、楽しそうに笑みを浮かべる姿は、もう一度見てみたいと振り向く人がいるほどだ。
だが、今日はいつもと違う。笑みを浮かべるどころか、ムスッとしているのだ。なにか機嫌が悪くなるようなことがあったのであろうか? あったんだろうなぁ……心当たりはないけれど、ここは聞くべきところなんだろうね。
「あ~、すっかり秋めいて来たよな。来月はもうクリスマスだぜ? ハロウィンとかイベントを全くやらなかったから楽しみだよ。今年のケーキは何を食べたい?」
「おにぃ、ハロウィンとか文化祭の時、おちゃらけて、ワイワイ騒ぐだけだったもんね。クラスメイトに邪魔しないでくださいって怒られてたし」
「ムードメーカーってのは必要なんだよ。あーゆー場では馬鹿みたいに騒いだもの勝ちなんだ」
「そんなことをするから、ずっと働かせられたんでしょ? 文化祭デートとかエリスねぇはしていたのに」
「そこだけさみしー結果に終わっちまったな。誰かまだ見ぬ美少女が俺を誘ってくれると思ったのにさ」
鰻のようにくねくねと身体を揺らし肩を抱いて悲しむふりをしながら、今年のイベントを思い出す。全ておちゃらけて、馬鹿みたいに笑いながら遊んでいた。サポート役だからだ。『クエスト:文化祭を盛り上げよう』とか表示されたからとも言う。でも、楽しかった。文化祭で馬鹿をするのがこんなに楽しいとは思ってもなかった。
そんな馬鹿なことばかりしてるから彼女ができないんでしょっと、いつもみたいにジト目でツッコでくると思ったのだが━━。
「……ふぅ~ん。あ、あそこのクレープ屋、新しいクレープが始まったんだって、食べてこ」
なぜか口をへの字にすると、クレープ屋を指差す。なんか様子がおかしいな、なにかあったのか心配になってきたぞ?
「いらっしゃいませー。クレープ屋です。あなたのクレープ屋さんです。今日は何を食べますか? 私としてはシャインマスカットをふんだんに使った季節限定のクレープがおすすめですよ」
店主が近寄ってくる俺たちに気づいて、すぐにオススメを勧めてくる。幼い頃からあるが、少しも変わっていない。
「なんかあったのか分からないけど、甘い物でも食べて元気出せよ。奢ってやるから」
「ん。それじゃ、スペシャルウルトラアルティメットシャインマスカットクレープください」
「は~い。喜んで!」
「もう少し遠慮という言葉の意味を調べてくれない?」
げ、そのクレープ、3000円じゃねーか、たけー! くっ、カードで支払いお願い。
「それじゃ、おにぃはミネラルウォーターねっ。節約しないといけないんじゃない?」
「150万円は用意しねーよ。あれは先生に告げ口しておいたから。俺は正当防衛で、平等院が黒服をけしかけて地下帝国に連れて行こうとしたんですってな。でも、ミネラルウォーターで良いよ」
せんせー、たずげでー、と涙ながらに訴えたのだ。かっこ悪い? これが一番早かったんだ。この朝倉好夫、隙はない。あんな大金を支払うわけないだろ。平等院よ、こっぴどく怒られるが良い。うけけけけ。
「なんか悪人の顔してる。まったくそんなちゃっかりとした性格だっけ?」
クレープを受け取り席に座ると、俺の邪悪なる笑みを見て、花蓮は可笑しそうに笑う。俺もミネラルウォーターを受け取り、対面に座りホッとする。クレープなんかシュービングクリームを挟んだ布を噛んでいるようだから、食べたくなかったんだ。
また顔を顰めて、しばらくクレープを黙々と食べる花蓮。どうやら簡単にはいかない難しいことを悩んでるのかな? 少しでも助けになれれば良いんだけど。どうやって話を持っていこうか。
おちゃらけながら、なにか悩みあるの? とか尋ねても花蓮は怒るだけだろう。これでも長年の付き合いなのだ。
花蓮が食べている間、窓の外を眺めて水を飲む。外では多くの生徒たちや、散歩中の兎やマーモットが見える。あれはうちの子たちだ。こんな遠くまで散歩してたのか。なになに、なんか看板持ってるな。うさ耳を撫でるのは人参ビスケット1枚。マーモットとギュイーンをしたい人は人参ビスケット3枚。あいつら、荒稼ぎしてやがる。
「ねぇ、おにぃ。今日は珍しいことしてたね?」
あの獣たちを帰宅させようかと迷ってると、花蓮がポツリと呟く。その声に振り向くとやけに真剣な顔をしていた。何をとは聞かない。平等院とのことしか思い当たらないし。
「まぁ、おちゃらけすぎたとは反省してるよ。まさか護衛がテーブルにぶつかるとは思ってもなかったし。おふざけが過ぎたな」
あくまでもおふざけの結果だと、ヘラリと笑う。おふざけしかしないのが、朝倉好夫という存在だ。
なのに、花蓮は笑い飛ばしてくれなかった。いつもなら馬鹿なんだからと言うのに。
「いつもはヘラヘラと笑って、自信なくおちゃらけるだけ。女子はおちゃらけがすぎるから、彼氏にはねぇと評価してたのに、さっきは自信に満ちていたわ。まるで別人のよう。皆戸惑ってたよ」
「そ、そうか? それはたまたまそう見えたってだけだろう? 俺がそんなに見えたのはシチュのせいだろ。護衛がコケたところに、俺が倒したかのように━━あ」
花蓮の疑いの眼差しに誤魔化そうとするが、店内でクレープを持って嬉しそうな幼女が転んだ。はしゃぎすぎたのだろう、テーブルの脚に引っかかった。
「あう、うあーん。あたちのクレープがーー! イチゴクレープーぅ!」
転んだショックと、クレープが台無しになって泣いちゃう幼女だ。幼女1人だけで店に来るとは思えないので周りを見ると、幼女の視線は外のおばちゃんに向いている。店の外でおばちゃんたちが井戸端会議をしていた。どうやら話に夢中で自分の子供が泣いていることに気づいていない。
周りの人たちは、幼女を助けて良いのか迷っている。昨今、下手に助けると不審者の誘拐とか言われそうだからな。
仕方ないなぁ。でも、学生の制服姿は安全な人間の証拠なんだ。スーツ姿のおっさんよりかは不審者っぽくない。
「そこのうつくしーおじょーさん、クレープを奢らせてくれないかい?」
……なんか不審者っぽいな、俺。あと、言い回しが少し古いような気もするぞ。ニコニコと手を差し伸べると、幼女は泣き止みキョトンとした顔になる。
「うつくしー? あたちきれい?」
「うん、うつくしー、うつくしー。うつくしーおじょーさんと出会った記念にクレープ奢らせて?」
「なんぱ! これナンパ? おにーちゃん、ナンパしてりゅの?」
「将来にまた出会った時のためにね。おじょーさん、将来美人さんになりそうだし。十年後に運命の再会を祈るのさ」
物凄い馬鹿っぽい。でも、ここは恋愛ゲームの世界、恋愛ゲームの世界だから恥ずかしくない、恥ずかしくないぞー。そう思わないと、周囲の視線に耐えられないっ!
この言い回し。間違いなく不審者に聞こえるが、一緒にいる花蓮がアハハと笑っているため、古臭いきざな男の子と生温かい目を向けられていた。
そして、幼女は言い回しなど気にせずに、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ。
「きゃー! わかりまちた! うつくしーおじょーさんのあたちはクレープを奢らせてあげるよ?」
「それは良かった。それじゃ好きなのをどうぞ?」
「あい! おねーしゃん。さっきと同じスーパーウルトラデラックスフルーツクレープくだしゃい!」
おい、さっきと同じじゃないだろ。それはさっきと違うだろ。くっ、五千円だと……カードでお願いします。店主は了解と笑顔でササッとクレープを作る。けど、そのフルーツの量は異常じゃないかな?
「おにーしゃん、ありあと〜。うんめーのさいかいちたら、およめさんになってあげゆ!」
あらゆるフルーツを盛り合わせた巨大なクレープを持つと、幼女はニコニコと微笑んでスタッフオンリーのドアをくぐって消えるのだった。ん……ん〜〜? あの幼女、この店の関係者かよっ!
なんか騙された気分になって、肩を落として、席に戻ると花蓮が笑い転げていた。
「あはは、プッ、あの、台詞はない、でしょ。あはは」
「俺もないなぁと思ってたけど、残念ながら語彙が少なくてね」
「なら、次はAIアシスタントにセリフを考えてもらうのねっ。あ~、面白いの見ちゃった」
「へー、へー。でも、花蓮が元気になって良かったよ。それだけでも、あの子にクレープを奢った甲斐があったよ」
諦め半分に笑っている花蓮を見ると、なぜか優しい目つきに変わっていた。
「おにぃは昔からあんなふうに人を助けてたよね。なんで花蓮忘れてたんだろ」
「健忘症なら良い医者を紹介してやるぜ。で、不機嫌な理由はなんだったんだ?」
「ううん、悩みはなくなっちゃった。うん、おにぃはいつもと変わらなかった」
笑いすぎて、涙を拭うと、花蓮はニコリと笑い、パクっとクレープを齧るのであった。
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