8話 モブはお昼休みは休みたい
「やぁ、今日も一緒に登校しようと思ってね。エリス、もう準備はできたかい?」
「もぉ~、鳳君と登校すると目立つのにさ、そんなに毎回来ないでよぉ。ちょっと待っててね、急いで準備するからさ」
と、顔を赤らめて、いそいそとリムジンに乗るヤギ、ではない、エリスだった。いってらっしゃーい。
笑顔で見送りながら、俺はメモ帳に書き込む。
「ふむ……だいたい1週間に一度の割合か。ゲームっぽいな」
エリスが泣きついてきてから一ヶ月。この間、できるだけエリスの行動をメモしてきた結果だ。平等院鳳の登校お迎えイベントも薬師寺持統のおうちでお勉強イベントも1週間に一度の割合で起きていた。
「毎回エリスねぇも大変よねっ。ねぇねぇ、おにぃはエリスねぇの本命は誰だと思う?」
「ゲーミングPCが本命だと思う」
花蓮の楽しそうな様子に、しらっと答えてメモ帳を畳む。そろそろ木枯らしが吹き、肌寒く冬に入る11月に入った。
エリスは頑張っているようで、4人の攻略対象に出会ったのに、今のところは平等院と薬師寺しかイベントは進んでいないようだった。残りの二人は聞いたことによると、野球部のレギュラーと勉強ができる秀才だから、運動部に入ったり、図書館で自習をしない限りはイベントが進まないのだろう。しかし、2人の好感度は地味に上がっているようだった。このままだと、2人のうちのどちらかのルートに入ることは目に見えている。
だが、三年生まではまだまだ時間がある。ゆっくりと調べていこうと俺は思っていた。
そこに、エリスの精神を考慮には入れなかったのだ。本来コミュ障のエリスは既に限界ギリギリだったのに。人形として操られてても意思はあるのに。
俺も人形扱いされているのに、そのことをすっかり忘れていたんだ。
◇
本日の昼休み。イベントは起きた。
「やぁ、エリス。一緒にお昼ご飯を食べないかい? 2人でお昼を食べたくて、三ツ星レストランのシェフたちを貸し切ってきたんだ」
平等院鳳君が、パチリと指を鳴らすとどやどやとウェイトレスを初めとするコックたちが入ってきて、テーブルを持ち込み純白のテーブルクロスを敷く。コックが簡易コンロを使い、ジューッとフライパンを振り、フランベまでして料理を作り始めた。
ドン引きである。いや、恋愛ゲームにはあるだろう光景だった。ドン引きというより唖然としてしまった。
しかして、唖然としたのは俺だけで、周りは羨ましそうにして騒がしくなる。ちくしょ~、俺だけ世界観に齟齬があるぞ! どう見てもおかしいだろ! あるけどさ! 見たことあるけどさ、アニメとか小説で! あるよ、金持ちの生徒がやるイベント!
「見てみて、コックだって。三つ星だって!」
「うわぁ、良い匂い。口の中にヨダレが溜まってくるよ」
「あれってフォアグラってやつ? あっちはキャビア?」
皆が並んでいく料理の数々を見て大騒ぎの中でも平等院は冷静沈着だ。髪をかき上げると、クールに笑う。気の所為ではなく、キラキラーンと光の粒子が舞っていた。この世界がゲーム世界である象徴だ。
「君の為に用意したんだ。午後からの授業を頑張る為にも英気を養おうじゃないか」
松茸の炭火焼き、フカヒレの姿煮、フォアグラと子牛のステーキ、他にも和洋折衷関係なしに多くの料理が満漢全席のように並んでいる。あれだけ食べれば、午後は確実に眠くなるぞ?
皆は羨ましいと、無邪気に騒いでいて、学校で馬鹿なことをと怒ったり、妬んだりする者はいない。ゲームイベントだから、そんな人間は存在しないのだ。クラスメイトという名のモブキャラたちはいかに平等院が凄いかを騒ぎ立てるのみの存在なのである。
俺だって、こんな多くの料理を見たことがないので、ゴクリとつばを飲み込む。
美味しそうだからではない。反対だ。
拷問だ。エリスは味が分からない。せっかくの山海珍味でも、全てお店のディスプレイに置かれている蝋燭で作られた偽の料理のように、口に入れても粘土のような食感のみだろう。
さすがに気の毒に思い、エリスの様子を見ると━━。
「……ほ、ほしさん、な、なんで……。進行早すぎ」
小さく呟いて、目のハイライトがなくなってました。ゲーム補正も効かない程にショックだったのか、選択肢が目の前にあるためか分からないが。
(ほしさん? 星3イベントか! えらい進行早いな、現実だからか? それならエリスが死んだ目になるのもわかる。この進行度なら、三年生どころじゃない。1年生が終わる頃には告白されてそうだからな)
周囲の様子を窺うと、結構大きな独り言なのに、誰も聞こえていないかのようにスルーしている。目の前にあるのに認識できないのだ。ゲーム的な補正がかかっているのだろう。こんなところが作り物のように感じて、この世界の大嫌いなところだ。
エリスは虚空を見て、自身の目にしか映っていない選択肢のどれを選ぼうか迷っている。一番友好度が上がらない選択肢はどれなのか迷っているのだ。
(さすがに助けないとまずいか。……さて、どうしようかな)
これまでは無関心であった。まだまだ日にちはあると思っていたし、この世界は全年齢向けゲームだ。イベントが起きてもエリスの貞操は守られる。ゲームの補正が働くからこそ、主人公は攻略対象から守られているとも言えよう。キスイベントが始まる前に経験済みとか、イベント成り立たないもんな。
でも、そろそろイベントに介入しないと、手遅れになるかもしれない。
『クエスト:おちゃらけて、料理を食べようとして、護衛につまみ出されよう』
うん、そろそろイベントに介入しようかなっ! ちらりと教室の外を見ると、二メートル近い背丈の黒服を着たゴリラが立っている。いや、ゴリラではない、平等院財閥の嫡男である鳳の筋肉ムキムキスーツパッツンパッツンのよくアニメとかでいそうなゴツい護衛だ。学校内に護衛を連れているのは、恋愛ゲームではデフォルトなんだよ。
心を決めて、満面の笑みで一歩前に踏み出す。モブがやることなんか決まってるよね! らんらんらーん! うははー!
視える、俺にも未来が視える。料理をつまみ食いしようとして、平等院が指を鳴らすと召喚されたゴリラに首根っこを掴まれて教室の外にポイ捨てされるスチルが!
というわけで、モブな好夫いっきまーす!
「うひょー、すげ~料理じゃん。俺にも一口おっくれー!」
スキップしながら、ウヒャヒャと軽薄な笑みで両手を上げて料理へと近づく。
「ふ、ディセン。近づけないでくれ」
予想通りに、平等院が薄笑みで指を鳴らす。
「はっ!」
巨漢に似合わずに、教室内に滑るように静かに入ってくると俺の首根っこを掴んできた。ガシッと強い力での捕縛。そのまま掴まれて、俺は教室の外に放り出されて、コントスチル終了。
「だが、断る」
「ぬおっ!?」
身体をひねり伸ばされる相手の腕を掴み後ろに下がる。予想外の行動に体勢を崩してぐらりと身体を揺らす護衛に、今度は一歩懐に入り膝を軽く突く。ガクリと膝を突く護衛の伸ばされた腕を極めて肩を掴んで押さえ込むと、完全に動きを封じる。
「グッ、ぬぬぬ」
息を止めて立ち上がろうと護衛は体を震わせるが、無駄だ。大した力は使ってない。幼女だって体術を鍛えれば俺と同じことができるだろう。
「無駄だぜ。完全に極めてるから動けねーよ。諦めろって」
恋愛ゲーム的に考えると、この護衛は元傭兵とか、軍人とか、恐ろしい履歴があるんだろうが、関節が極まれば、どんな人間でも動けない。冷笑を浮かべる俺に、ゴリラは憤怒で顔を真っ赤にする。
「グッ、ぬぉぉぉ、舐めるなぁっ!」
と思ってたら、身体を震わせて下半身のみの力で無理やり立ち上がってきた。すげ~な、本当にこんな防ぎ方あるのか。
「おのぉれぇ!」
「でも、そんなことをすると隙だらけになるよな」
俺の腕を弾くと、熊が襲うように立ち上がって襲いかかるが、その分厚い胸に脚をつけると、ゴリラの反動を利用して浮き上げるように蹴り飛ばす。
百キロを超える体重の巨漢が重力がないかのように、ふわりと浮くと料理の並んだテーブルへと倒れ込み、ガシャンと全ての料理を台無しにするのであった。
相手の力を使い、敵を倒す朝倉レキ流受け流しなり、なんちって。
突然の凶行に、教室がシーンと静寂で支配される。ドスンと音を立ててテーブルから落ちるゴリラを見て、静かだった教室が一気に騒がしくなる。
「え、なにこれ? なんで黒服が倒れてるの?」
「あれ、好夫だよな? なにあれ?」
「あいつがやったのか? え、マジで?」
クラスメイトはいつもはおちゃらけたことしかしない男がゴリラを倒したことに、信じられないような顔で騒然となる。
「え? おにぃ?」
花蓮すらも、俺の意外すぎる行動にポカンと口を開けている。どうやら無視できない現象のようだ。
(ふむ、ここまでやるとゲーム補正も効かないのか。なるほどねぇ)
蹴りのまま持ち上げていた脚を戻し、ニヤニヤと笑ってやる。
「いや~、すいませんね、平等院さん。でも護衛で生徒たちを虐めようとしない方が良いですよ? ほら、TPOにも限界ってのがありますから」
自分の護衛があっさりと倒されて、呆然と立ち尽くす平等院へとヘラヘラと笑ってやる。と、平等院は俺のヘラヘラした笑いに、いつもの爽やかさなど欠片もなく顔を鬼のように歪めて睨んできた。
「お前っ! こんなことを私にして無事にすむと思ってるのか?」
「またまたぁ〜。何を怒ってるんですか? そんな顰めっ面になると、まるで三下の金持ちのボンボンに見えますよ? まさかとは思うけど、怒ってないですよね? 金持ち喧嘩せずと言いますし、自分でコックたちを連れてきたんだから、こんな事故が起こるのは予想できてましたよね?」
煽るようにニヤニヤ笑いを続けていると、平等院は口を開こうとして、なんとか抑えると息を吐く。ここで怒鳴ると、自分のイメージが落ちると考えたのだろう。
「ま、まぁ、僕も少し悪かったよ。それじゃエリス、また今度お昼を一緒にしよう。僕は少し思うところがあるから失礼する」
「あ、うん、さよ~なら~。もう来ないで良いよ〜」
踵を返す平等院へと、ここ最近見たことがない満面の笑みでエリスが手を振る。どうやらゲームの束縛から一時的に逃れることができたらしい。エリスの予想外の態度に平等院の顔はまたもや歪み、教室から去ろうとする。どう見てもエリスへの平等院の好感度は上がったようには思えない。
「なんとか君。弁償はしてくれよ? コックを含めて料理代150万円だ。親にでも泣きつくんだな」
そして、俺とすれ違いざまに、ボソリと小声で告げてくると、慌てて立ち上がったゴリラと共に教室を出ていくのであった。
「なにあれっ! せこっ、あれが平等院の正体?」
平等院の呟きは聞こえたのだろう。花蓮が憤り、クラスメイトたちも平等院の裏の顔にヒソヒソと話している。
(ゲームでは数面の会話で終わるから分からなかったけど、本質ってのはゲームでの印象と違うのかもな)
平等院は本来ならば金持ちで爽やかな性格の男だ。笑みを崩すことなく、主人公に優しく、物事を金に物を言わせて解決するタイプ。その金の力で主人公の困難を解決していくのだが……現実となるとああなるのか。なるほどね。行間の裂け目には驚くべき設定が、隠れているんだ。
なんだ、面白そうじゃないの。がっかりな恋愛ゲームだと思っていたけど、ゲームと現実の狭間を利用して楽しめるかもな。行間を読めって感じかな?
まぁ、とりあえずはまずは教室に散らばった料理の残骸を片付けることからしようか。
「にしても150万円かよ、せこっ。あれは正当防衛じゃん!」
少し後悔しちゃったよ。お金どうしよ。150万円用意するのは大変だぞ。
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