7話 ハンバーグカレーを作るのは大変
「ただいま〜。トト、ハンバーグカレーの材料買っておいてくれた〜?」
「たくさん買ってきました。皆で買ってきたよ」
トオルンを家まで送る任務は無事に終わり、帰宅したところ、台所にはたくさんのレジ袋が置いてありました。命令通りにハンバーグカレーの材料をすべて買ってきたらしい。トトは得意げに胸を張っているが……3人分にしては多くない?
「人参玉ねぎ合挽き肉人参ジャガイモスパイス各種人参大蒜人参兎人参兎人参マーモット人参」
「うさ!」
「まきゅ!」
レジ袋からぴょこんと飛び出してくるのは人参を銜えた兎とマーモットだった。カリコリと人参を齧っている兎と、兎が齧っている人参を横から齧るマーモットの図。レジ袋を覗くと最初のレジ袋以外は兎とマーモットが詰まってました。
「兎とマーモットの合挽き肉って美味しいのかな? どう思う?」
「うさ!?」
「まきゅ!?」
慌ててレジ袋から飛び出して逃げるペットたちを苦笑いで見送りながら、ハンバーグカレーを作るのだった。
◇
「はふぅ〜、よっくんの作るハンバーグカレーは最高だよぉ。ほっぺたが落ちちゃう」
「おにぃ、よくスパイスからカレー作れるよねぇ。こだわりが強すぎで引くレベルよ? 美味しいけど」
蕩けそうな顔でハンバーグカレーをぱくつくエリスと、感心しながら食べる花蓮。どうやら二人とも満足して頂けたようでなりよりだ。
なにせカレーはカレー粉が料理スキルの作成一覧にあるからな。ということは、スパイスから作れないといけないから大変なんだよ! スマホでスパイスの分量を調べながら、満足のいくカレー粉を作ること数年間。とっても大変だった。異世界転生してカレー粉を作ろうとする者よ、あらかじめ言っておく。無理だから! 素人がカレー粉作るのは絶対に無理だからな! 漢方薬になるからな? 好夫との約束だ。カレー粉には挑戦するな? これはテストに出るかんな。レシピ見ても数年間かかったから!
「そういえばさー。エリスねぇ、今日はおうちデートたったんだよ! 耳にピアスを3つもつけた、ちょっと怖めの金髪の人。ねぇねぇ、あれ誰?」
ハンバーグカレーを食べながら、本日のイベントを教えてくれる花蓮。俺よりもサポート役っぽいが、興味津々でエリスの顔を窺っている。
「あ、あれはぁ、帰る途中で変な人に絡まれてさ。その時に助けてくれた人だよ。同じクラスの薬師寺持統君。お礼をしようとしたら勉強を教えてくれっていうから、家で勉強を教えてあげただけだよ」
モジモジと照れながら言うエリス。そうか……無事に帰宅できなかったか。泣けてくるぜ。にしても、こいつの名前も適当だな! 攻略対象だってすぐにわかる名前だけどね。
「え~っ、あやし〜。エリスねぇもまんざらじゃなかったじゃん。寄り添うように教えてたんだよ、おにぃ。私がリビングルームを覗いてびっくりしたら、パッとお互いに離れたし。その時、顔が真っ赤だったなぁ」
花も恥じらう女子高生は恋バナが大好きなようで、エリスの反応にいちいち楽しんでいる。朝は平等院鳳、夕方は薬師寺持統。そりゃ面白いだろうよ。
「もぉ~、花蓮! あんまりからかうと怒るからね! ほんとーに、何もなかったんだから!」
一見すると、仲の良い姉妹の恋バナの様子。平和なひとときである。もしかして本来はエリスの自室で教える展開だったのではと思うが、エリスの部屋は足の踏み場もない汚部屋なので、世界のルールもさすがに無理だったのではなかろうか。
この世界のルールは突然無から有が作られるわけではない。勉強イベントでエリスの部屋が何もせずとも綺麗になるという現象は発生しないのだ。そこに既にあるものを利用して、運命をゲーム的に変えてイベントを引き起こすのである。やったな、エリス。汚部屋が役に立つとは思わなかったよ。全然自慢にならんけど。
因果が覆ることはないと長年の検証で分かっている。そこを突けばなにか起こるのではとも考えているけど、今は何も思いつかないのが現状だ。
なので、サポート役朝倉好夫、いっきまーす!
「うぇぇぇ、薬師寺持統って、ここらへんじゃ有名な乱暴者じゃねぇか! そんな男と知り合いになったのかよ! あいつと目が合うと病院送りにされるって噂だぜ!」
大袈裟なリアクションで、背中から床にダイブする好夫です。薬師寺持統の設定をアピールだ。奴は危険な乱暴者で、皆が怖がり遠巻きにする奴なのだってね。おい、そこの兎、俺のカレーを食べようとするんじゃない、麻痺眼を使うよ?
俺のリアクションの隙を狙ってスプーンをそっと掴む兎を放り投げると、エリスはバンとテーブルを強く叩いて怒ってきた。
「そんなことないよ! 持統君はほんとは優しい人なんだからさ! 乱暴者って言われるのは理由があるの。勝手に噂で判断しないで!」
「おぉ、エリスねぇが怒るなんて珍しい〜。そんなに薬師寺って人が大事なわけ?」
「それとこれは関係ないよ。私は仲の良い友だちが悪い噂で蔑まされるのが嫌なだけだよ!」
まさに親しい友人を守るために弁明する主人公だ。花蓮は驚きの顔だけど、その表情は少しニヤニヤとしてて、エリスと薬師寺の仲を邪推している。俺はというと、このイベントが終わった後のエリスのメンタルを心配している。ゲームのセーブ、クラウドに上げておこうっと。
◇
「ひひひひ、ひどいっ! よっくん、ちょっと酷すぎるよっ! もう少し私をフォローして! ゲームのフォローをしないでよ。またクエストでゴミ経験値もらったんでしょ!」
「分かった。すまん、エリス。謝るからその手に掴んでいるノートパソコンから手を離そう? 折れたら、復旧できないんだって! 物理的に壊すのは無しだって!」
夜も更けて、日課のエリスの丸洗いを終えた俺は、自室にてテロリストに出会い困っていた。テロリストは俺のノートパソコンを手に入れた。奴は軽く力を入れるだけで、ノートパソコンを折れるんだ。今年に入ってから、それは4代目なんだぁぁぁっ! 折られた!
「4代目〜っ!」
「どうせエロ画像しか保存してないでしょ! 仕事用のデスクトップは壊すの我慢してあげてるんだからさ! 大地に伏せて私に謝って! 大の字になって謝って!」
ペきりと真っ二つに折られたノートパソコン。ハードディスクが破壊されたので完全にお亡くなりになった。
「ごめんって。何度言われようとやめないけどな。ゲーマーの業はわかるだろ? たとえゴミ経験値でも、街に転がっているスクラップでも集めるのがゲーマーなんだよ」
「分かるけど分かりたくないよぉ! もももー! 本当に私を助ける気ある? 自分だけ助かろうとする手段考えてない?」
ギクッ。なかなか勘が良いな。そ、そんなことはないよー。俺は友人も助かるルートを探すよー。デスゲームでも最後までは裏切らない人だよー。
「最後まで! は、はいらないからさ!」
心の声を読み取る厄介な女である。
「今日の薬師寺だっけ? そんなに嫌だったのか?」
なんとか宥めた結果、ようやく落ち着いた様子でベッドに座るエリスに苦笑混じりに尋ねる。
「ゲゲゲ、ゲームでは心温まるシーンだったさ。でもね、現実となるとツッコミどころ満載。薬師寺って、これまでケンカばかりで過ごしてきたけど、本当は頭が良くなりたいと思っている人なの。ケンカも自分の噂が広まって、仕方ないから返り討ちにしていたら、いつの間にか乱暴者と呼ばれるようになった、本当は優しい男子」
得意な内容になると、饒舌になるエリスである。オタクの特徴とも言う。
「よくあるテンプレキャラだよな。不良が実は…ってやつ。良いじゃん、勉強教えてやれよ」
「そそそこがおかしい。あのね、本当に頭が良くなりたいと思ってたら、自宅でできる。基礎は反復勉強でやれば、ある程度点は取れるようになる。人に教えてもらうレベルじゃない。しかも女子の家って下心満載!」
「俺の言えることは、このゲームがR18じゃなくて良かったなってだけだ」
たぶんR18だと、そのまま見せられない展開だったな。
「きもきもきも、ほんとーにキモい。平等院よりもキモい。まだ知り合って間もないのに、これだと私はビッチ。あうう、この世界、もぅイヤー!」
ベッドに突っ伏して泣くエリス。
複数の男と仲良くしている時点で、純真だというのは厳しいけど、ゲームだからなぁ。まんま現実となると、きっとエリスは女子からハブられていたよ。全然慰めの言葉が出てこない。何を言っても、エリスが泣き止むことはあるまい。
「今日のイベントは日常イベントなの。こ、ここれからも起きる。平等院のお迎えと同じでランダムイベントなの。ほとんど好感度は上がらないけど、時折大きなイベントが挟まれるから嫌なんだよぉ」
さすがに同情しかないな。
「もぉ、寝るぅ」
でも、俺のベッドにモゾモゾと潜るのは間違ってると思うんだ。
「おい、自分のベッドで寝ろよ。なんで俺のベッドで寝るんだよ?」
「さ、さみしーから。たまにはよっくんと寝たいの」
エロい誘いのように聞こえるけど、俺は騙されない。
「本当は?」
「ポテチの欠片とかベッドに散らばってチクチクするの。その欠片を食べに兎とマーモットが集まってベッドを巣にしてるから、ね、寝れない」
「……」
「え、えへ?」
布団からちらりと顔をのぞかせて、舌を小さく出して笑うエリス。そのスマイルは可愛い。あざと可愛い。けど、人間には限界ってのがあるんだ!
「きったねーな! 明日は掃除しろよ! お前、恋愛ゲームの主人公だろ! ホラーゲームのサイコパスとかヤミデレの女子じゃねーんだからよ!」
「ううう、次の休み。次の休みに掃除するから、それまで一緒に寝てー!!!」
引き剥がそうとしても、がっちりと布団を掴んで離さないので、嘆息して諦めて一緒に寝ることにする。
「ったく、次の休みまでだぞ。なんかイベントっぽいセリフだけど、汚部屋から逃れてきた奴と一緒に寝るって最悪のシチュだからな?」
「わかってるよぉ」
二人並んで、布団を被る。なんかヒロインにあるまじき行動なのに、それでもいい匂いするな! 中身はアレなのに、ドキドキするよ!
「……よっくん。知らない男の子と家で二人きりって怖いんだよ? しかも自分の体なのに勝手に動いてさ。さりげなく身体を寄せ合うとか」
裾を摘んでくるエリスは手が震えていた。よほど怖かったらしいな……。たしかにエリスの立場を思うと、恐怖しかないか。
そっと抱きしめて、お互いの体温を感じて安心させてあげる。小柄な女の子なのだ。
「なんとかクエストが発生しないようにしないとな」
「クエストをやるなっ!」
優しく抱きしめてやったのに、殴られた。
解せぬ。
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