6話 本を元に戻すのは浪漫
「せ、先輩どうしましょうか?」
「あ~、これは今日じゃ無理だな」
目の前には大量の本。箱に入っているが、その数は千冊を軽く超えている。二千冊? いや、もしかしたら三千冊はあるかも。
「言っておくが、すぐに元の場所に戻しておけよ? 次に使いたい者がいるんだからな? 今日中だ! 明日とかに回したらズルズルと片付けを怠けるだろうからな!」
嫌味そうな先生が正論を言ってくる。こいつ、これだけ借りといて、その台詞かよ。ふざけてるな。
だが、正論といえば正論だ。なので反論は難しい。
「先生方が少しずつ借りてくれれば問題なかったんですがね。もしかして質にでも入れて金でも借りてました?」
反論はしないよ。嫌味で返すだけだよ。この世界、まだ質屋あるんだよ。質屋ってのは、持ち物を担保に金を借りれるお店のこと。返却期限までにお金を返せなければ、質流れといって担保の品物は売られてしまうのだ。ゲーム的に面白くなるから残ってるんだろうなぁ。なぜ知ってるかというと、この世界で利用したことがあるから。
「なっ! ぶ、無礼な! 貴様は高校1年生か? もう少し言葉遣いを改め給えっ! 私はこの大学の準教授だぞ!」
「へーい、この高校に入学したばっかりなんですいませんねー」
耳をほじりながら答えると、準教授とやらは、トマトのように顔を真っ赤にして怒鳴ってくる。短気な男である。
「ふんっ、外部入学生か。この学園の準教授となるのは大変なのだぞ? 伝説の投資家、泉叶殿が日本の未来のためにと、優れた人材を育成するために金に糸目をつけずに学園を設立し、教授たちは優秀な人材を集めたのだ! その中で選ばれたのだぞ? そこら辺の大学教授の数倍の年収を貰っているのだからなっ!」
本当に優秀な人材なのか疑問に持つエゴイストである。でも学問では優秀なのかな?
「はーはー、それはお偉いことで、すいませんでしたー」
敬意を込めて謝ったのに、なぜかもっと激昂した。地団駄を踏みながら、俺に指を突きつけてくる。
「よーく分かった。お前は今日中にすべての本を戻しておくように。明日チェックに来るからな! そこで終わっていなければ、お前の内申は期待する結果になるぞ!」
「へーい。今日中に終わらせておきまーす」
「ふんっ! お前ら戻るぞ!」
ギロリと睨むと、準教授とやらは学生たちを後ろに連れて足音荒く帰っていくのであった。あの様子なら本当に明日チェックに来るだろうなぁ。
そうして騒がしかった受付カウンターが静かになると、トオルンが顔を蒼白にして裾を引っ張ってきた。
「せ、先輩。無理ですよ、こんなにたくさん。皆を呼びます」
「まぁ、待て待て、トオルン。委員全員集めても、これは終わらねーよ」
慌てて震える手でスマホを操作しようとするトオルンの手をそっと押し留める。
「そ、それじゃどうするんです? だってこのままだと内申が悪くなります。僕、受験なのに困ります。せ、先輩と同じ高校に進学できなくなっちゃう」
涙目で震える様子は子供だなぁと思ってしまう。あの程度の脅迫なんかどうとでもなるのに。ああいうおっさんの脅しって、その場限りで、実行力は無いものなんだけどね。
「大丈夫だよ、相手は大学の準教授程度で、高校や中学の担任でもないんだ。もし、準教授が俺たちの担任に抗議したって、無視するに決まってる」
「え、で、でも、もしも先生が無視をしなかったら?」
「あ~、その可能性はゼロではないけど……。その時は俺が土下座でもなんでもするって」
心配性だなぁとは思うけど、強気に見えても子供なのだ。大人は怖いものなのだろう。
「うぅ、そんな……僕も土下座しますっ!」
「あはは、トオルンが土下座したら、丸まった子兎にしか見えないからやめとけって」
場の空気を和ませようとしたら、また蹴りが飛んできた。解せぬ。
「まぁ、俺の方が歳上なんだ。少しいい顔させてくれよ、なっ? ほら、図書館を閉めるまで、後は通常業務を頑張ろー」
「歳上って、一歳差じゃないですか、背中を押さないでください! 押さないでって、蹴られたいんですか!」
おりおりと、背中を押して、なんとか普通の業務に戻ることを納得してもらうのだった。
━━数時間後。空がオレンジ色に染まり始めて、図書館の利用者も全員帰宅する。静寂が本の世界を支配しつつある中で、俺はニコリと微笑む。
「よっしゃー。これで次のシフトは来週だな! あ~、疲れた。図書委員って、力仕事だよなぁ」
ゴリゴリと肩をほぐしながら、背筋を伸ばして解放感に浸る。これぞ、心地よい労働の終わりってやつだ。
「ほ、本当に返却本を元に戻さなくて良いんですか? 明日、怒られるんじゃ?」
「怒られない、怒られない。この量を今日中にって、誰でも分かるから。とはいえ、少し小細工は必要だから、仕掛けておくよ。トオルンには悪いけど今日のジュース奢りは無しな? 今度また埋め合わせするからさ。帰った、帰った」
まだ夜になるのは時間がある。これならば送らないでも大丈夫だろう。
「こ、小細工ってなんですか? 僕も付き合います」
「小細工なんだから秘密に決まってるだろ。手品もネタバレしないだろ? 俺の小細工もヒミツ〜」
「うぅ、わかりました。でも、僕が必要なら言ってくださいね? なんでもするからっ」
「トオルンは中学生だから、まだできないなぁ」
「いつもふざけてるんですからっ! 知りませんっ!」
荒々しく扉を閉めて、プリプリと怒りながらトオルンは出て行った。怒るトオルンは可愛いから、ついついからかっちゃったよ。悪いね。
それよりもだ。小細工をするとするか。
「返却本、内申には影響ないけど、もとに戻すのに委員全員呼び出されるよな。それは面倒だ。それにクエストも表示されてるしなぁ」
『クエスト:返却本を全て元の場所に戻そう』
せっかくクエストも表示されたのだ。ゲーマーとしてはクリア一択である。
「それに……久しぶりに魔法を使えるしな」
思わずニヤけてしまう。だって魔法なのだ。魔法を使えるのだ。
パンッと柏手を一つ打つ。
『起きろ、思い出せ、自らの場所を』
魔力を言葉に乗せて、詠唱を始める。箱に入っている本がガタガタと揺れていく。世界の理を崩す神秘の力。
即ち、魔法なり。
『翔べ、帰巣せよ。汝等は鳥なり』
本が開くと羽のようにバタバタと羽ばたいて空中に浮く。そうして図書館内を飛び回る。その光景は酷く不思議で、壮観で美しかった。
夕暮れの中、魔法で図書館内を飛び回る本の群れ。まるで鳥のように飛んでいき、数千冊の本たちは渡り鳥のように群れをなし、図書館内を気持ちよさそうに飛び回り、やがて全ての本は元の場所に戻るのであった。
はぁ~と、軽く息をついて感動を吐息にする。自分で使った魔法だけど、その光景は紛れもなく魔法の現象であった。満足したし、これで準教授とやらに文句は言われまい。
「この魔法を使ったのは、夏休みに地震で本がめちゃくちゃになった時以来か? やっぱりこういう魔法は浪漫だよなぁ」
火球も出せるし、氷の息吹も放てるけど、魔物もいない世界では使い所がまったくない。役に立つ魔法なんて、こういう時しかないのだ。
うん、俺は魔法使いなんだ。この魔物もいない世界で、必要のない力を取得していた。
『恋も千変万化』の仕様を流用してるから、魔法スキルが取得できたんだよ! この世界では必要ないのに!
魔法を見られるといった心配は全くないけど、意味なく攻撃魔法を使っても虚しいだけなのだ。ちなみに魔法が見られない理由は世界のルールが許さないからである。魔法を使うことは許容されているが、使用時はなぜか監視カメラが故障したり、人が寄り付かないとか、ゴミが目に入ってちょうど見えなかったというご都合主義が発動するから。無理に見させようとすればできるだろうけど反動が怖いので自粛もしている。
だから、このような機会は逃さないのだ。
「へへへーん。俺は偉大な魔法使い〜。できないことはない魔法使い〜」
久しぶりに機嫌よく鼻歌を歌いながら図書館を出る。そういや、ハンバーグカレーの材料を買わなくちゃな。
校庭を横切り、正門から出ようとすると━━。
「おかえりなさい、先輩」
「うおっ、待ってたのかトオルン?」
ポツンとトオルンが立っていた。魔法を使い、本を戻した時間は短時間とはいえ、別れてから30分は経過してるのに待ってたわけ!?
「はい。先輩が小細工とやらを終えるのを待ってました」
「あぁ、そう……」
ふむ? なにかおかしいな。まさかとは思うけど魔法を見られた? ジッと透を見つめて、その態度に違和感がないかを観察する。世界のルールは見られることを許さないが念の為だ。
懐かない子犬のように視えるが、その顔はいつもと変わらず睨んでいるように冷たい。……初めて魔法を見れば、どこかしら興奮するはず。気のせいか。おかしいところはないな。でも、デフォルトで冷たい視線を向けるのは後輩としてどうなんだろう?
「なんですか、僕の顔を見つめて? 小さな身体で幼さを見せる年下好きを自覚しましたか?」
「俺に惚れたから待っててくれたのかなって思ってさ」
「ジュースを奢らずに帰られそうになったから待ってたんです!」
「あ、そっかそっか。今度奢るっていうのに、トオルンは欲張りだなぁ。そんなに先輩のジュースを飲みたくなったの?」
むくれて口を尖らす後輩だ。なんだ、そんな理由か。少し緊張しちゃったぜ。
「よーしよし、トオルン、待っていたお礼に今日はジュースと肉まんを奢ってやろう。オマケで家まで送ってくよ」
緊張が緩んだことで思わずトオルンの頭をガシガシ撫でてしまう。
「カスっ!」
もちろん、蹴りが飛んできました。
◇
「にしても、大量の本って、夏休みも同じことありましたね」
美味しそうに肉まんをぱくつくトオルンが何の気なしに尋ねてくる。なぜか片手に持つ袋にはアンマンとピザマンも入ってます。解せぬ。
「あぁ、そういや、そんな事あったな。地震の時だっけか」
結構大きな地震が夏休み中にあったのだ。震度5で、図書館の本の1割程度が落下した。地震対策が不十分だったのだ。1割といえど、数万冊。委員も集められて苦労して片付けた……ということになっている。本当はある程度片付けたら魔法で戻したんだけどな。
「あの時もこんなふうに奢ってもらいました」
「あの時はアイスだったか。冷ややかな後輩を餌付けしようと頑張ってたんだよ」
そういや、夏休みの時はトオルンはまったく懐かないどころか嫌われていたような気もする。
「いつも先輩は餌付けしようとしますよね。まったく僕も甘く見られたものです」
「これが一番後輩と仲良くする方法なんだよ。トオルンも後輩ができたら、ドロップ飴をあげるくらいはした方が良いぞ?」
「それなら、ドロップ飴をください。貯めておきます」
手を差し出してくるので、苦笑して一つ上げる。と、トオルンはそのまま飴を口に入れてしまう。
「肉まんと合わさって、まずいです」
「だろうなぁ!」
小突くフリをすると、テテテと小走りで逃げて、トオルンはクルリと振り返るとふわりとした笑みを見せる。
「エヘヘ、いつも奢ってくださいね、先輩」
その笑顔は夜の宵闇の中で、小柄な美少女が無邪気に微笑む姿はとても綺麗だった。
けれど、どうなんだろう。俺は肩を竦めるだけでトオルンのセリフに応えなかった。
だって、ここはゲームの世界の中だから。いかにもゲームキャラのセリフっぽかったから。感動するシーンで、どうしても心が冷えてしまうんだ。
━━次の日、準教授はパワハラで減俸になり、返却本は業者を入れて片付けたことになった。
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