2話 リアクション大きめの芸人は尊敬する
味のしないサンドイッチを食べ終えて、食器を洗う。思わずため息をつきそうになるが、そんなことをすると花蓮は確実に傷つくので、耐えるのだ。明鏡止水の心だ。
キッチンは広く、2人で隣り合っても、楽々に立てる。リビングルームはホームパーティーを余裕でできるし、この家は部屋数も多く、最新の家屋だ。召使いは常に3人いるし、屋敷だけで100坪はある。庭を含めて300坪の豪邸だ。
「こここここ、ごめんなさい。朝食全部食べちゃった」
「しゃあない……。油断した俺が悪かったんだ。今度は細心の注意を払っておくよ」
一緒に皿洗いをしてくれるエリスが申し訳なさそうにこっそりと謝ってくれるけど、別にエリスのせいではない。この世界のルールのせいだ。
俺とエリスはこの世界に転生した人間だ。赤ん坊からスタートしたから、正直言うと前世のことはもうあまり覚えていない。誰だってそうだろ? 赤ん坊からスタートしたら、雑多な記憶の中に昔の記憶なんて埋もれてしまうもんだ。特に前世と今世はほとんど世界が変わらない。ほとんど差がない世界だからこそ、前の記憶なんて消えるもんだ。
だが、消えない記憶もある。それはこの世界がゲームの世界だということ。それは常にこの世界がゲームの世界だと俺たちに教えてくれるからに他ならない。
「おにぃ、エリスねぇ、洗い物はトトさんに任せれば? メイドの仕事をとったら悪いよ?」
部屋に戻ったはずの花蓮がひょっこりと顔を出してくる。たしかにこの屋敷にはメイドがいる。メイド服を着たメイドさんだ。前世ではメイド喫茶以外存在しない野生のメイドさんだ。野生のメイドって、言い方変かな? この世界の日本の金持ちはメイドを雇ってるんだよ。さらにはメイドを連れて歩くんだよ。いかにもゲームって感じ。
「お皿洗いしますので、ご主人様は学校に行ってくださいませ」
見た目、20代のメイドさんがとととと近づいてきて、こてりと首を傾げる。このメイドさんの名前はトト。まぁ、面倒くさくはあるので、あっさりとバトンタッチ。さすがはメイドさんで、俺よりも手早くお皿を洗っていく。
皿洗いから救われたので、登校まで少し時間があるので餌を手にして庭に出る。
「お前ら〜。朝の時間だぞ〜」
飼っているウサギやマーモットたちが俺に気づくと猛然と走ってきて、二本足で立つと、餌をおくれと強請ってくるのであげる。撫でてあげると気持ちよさそうに目を瞑るその姿はとても可愛くて癒される。良いなぁ、俺もウサギやマーモットになりたい。
外の木々は色づき始めて、そろそろ秋も近い。もう高校1年生になってから、早いもので六ヶ月。10月が始まる。
「ねぇねぇ、そういえばさ〜、エリスねぇは、夏休み誰とデートしたの? 噂は聞いてますぜ? 4人の男を手玉に取ってるとか?」
わざとらしく揉み手をしながら、小悪魔花蓮がエリスに尋ねる。高校1年生になってから、エリスは多数の男子と知り合っていて、皆からアプローチを受けている。これだけの美少女だ、当然といえば当然だろうが、なぜか中学まではまったくモテなかった。いやモテてはいたのだろうが、高嶺の花でアプローチをしてくる男子はいなかったのだ。というか、この世界の主人公エリスの設定なんだけどな。
恋愛ゲームの世界の女主人公が、中学までに元カレ100人切りした設定とかだと需要が少なくなるからだろう。恋愛ゲームにて主人公に純粋さを期待する層は男女問わず多数派なのだ。
しかして、高校1年生からがゲームの始まりのため、エリスは複数の男にアプローチを受けていた。それは花蓮の耳に入るほどに噂となっている。エリスはなんとか知り合わないように行動していたので4人ですんでいる。知り合わないように頑張っても4人と知り合ってしまったともいえる。
「んと、そうだねぇ。皆いい人なんだけど……」
ほっそりとした人差し指を顎につけてエリスは考え込む。その光景だけで絵になる可愛さだ。考え込むように見えるエリスだが俺にはわかる。虚空を見ているような目つきは、きっと目の前に表示された選択肢のどれを選ぼうか考えているのだ。
予想としては、4人の誰かを選ぶ選択肢と、誰も選ばない選択肢の合わせて5つ。いや、全員を選ぶ選択肢もあるとしたら、6個か。このゲーム、逆ハーできるエンドあるらしいし。現代に焦点を当てた恋愛ゲームなのに気が狂ってるとしかいえないが、ハーレムや逆ハーを望むプレイヤーが多かったんだろうなぁ……。
「今は誰もいないかな! ほら、私はまだまだ恋愛ってよくわかってないしね! 夏休みもたくさん皆と遊んだけど、ピピピッと来る人がいなかったよぉ」
「え~っ、つまんな~い。誰もいないのぉ? かっこいい人がいるらしいじゃん?」
「いないよぉ。恋ってどうやってなるんだろうね。落ちるものって言うけど、どうやって落ちるのかな? 花蓮教えて〜」
「わ、私だってわかんないよ、ね、おにぃ? おにぃもわからないよね?」
パッと笑顔を見せて、快活に答えるエリスに花蓮が不満そうに頬を膨らませる。予想通り、誰も選ばなかったらしい。花蓮は俺に同意を求めてくるがノーコメントにしておく。
まぁ、そうだろう。選択肢に縛られる恋ってなんだよって感じだし。エリスはこれを一番嫌っている。ニコニコと微笑んで姉妹でじゃれ合う姿には、俺と二人きりの時のコミュ障の卑屈さはどこにもない。
俺以外の目がある時は、彼女は好むと好まずに関係なしに、背筋はピシッと伸びて、言葉はハキハキと快活に、その笑顔は誰もが見とれる可愛らしい笑顔となる。これは主人公の設定であり、エリスが逃れられない呪いのようなものだ。猫背で卑屈に笑い、コミュ障でどもる主人公は恋愛ゲームではいないのである。漫画ならワンチャンあるんだけどな。
エリスの今の台詞も、選択肢を選んだ結果、強制的に口から出てくる。何度か抗おうとエリスは頑張ったが全て無駄に終わった。そのことがエリスに世界への希望を捨てさせた切っ掛けでもある。
きっと4人のうち誰かを好きだと匂わすと、勝手にその人の好感度が上がって、その人との恋人ルートが解放されるんだろうな。鬱ゲームではないので、恋人ルートに入ると、振られることはなかなか難しいし、ほとんど確定で恋人エンドになるとエリスは恐れていた。逃れる方法は他の人との恋人ルートを解放して、その人と恋人になるだけだとか。どちらにしても詰んでいる。
夏休みに複数の男子とデートをすることも逃れようとしたのに、本屋に行けば偶然優等生に会い、ゲームを買いに行けば、ゲーム好きな男子と出会い、祭りに行けば不良に絡まれてチャラい男子に助けられる。それならばと海外に旅行に行くと金持ちの男子と運命の出会いだ。家に引きこもると、男子全員が遊びに来るので、どこにも逃げ場はないという恐怖の夏休みでもあった。
ようやく夏休みが終わり、エリスは虚ろな目でFPSに興じて精神の均衡を図っていた。
しかしながら、世界はエリスを放置しておかない。
ピンポーン
呼び鈴が鳴った。恐怖を告げるサイレンの音のようなもんだ。裏世界には突入しなかったが、エリスの口元が僅かに引き攣ったのを見逃さなかった。
「は~い、誰かな?」
花蓮が立ち上がると、モニターを映す。そこにはこの半年で見慣れた男子の姿があった。その後ろには道を走行できるのか極めて不穏などでかいリムジンも見える。
「やぁ、花蓮さん。平等院です。エリスはまだいるかな? 学校に一緒に行こうと思ってね」
いかにもThe爽やかスマイルって感じの二枚目の男子だ。名前は平等院鳳。どこの集団にいても目立って、リーダーシップをとるやつ。クラス全員異世界転生したら、勇者とかのジョブを貰って、外れスキルを手に入れた主人公の噛ませ犬になる優等生タイプ。悪意ある表現かな? 俺がモブ顔だから妬んでるじゃないぞ? ……嘘です。妬んでます。俺も転生したんだから、二枚目になりたかった! 運営のネーミングセンスは最悪だけどな!
前の世界ならライヌでの連絡もなしにいきなり突訪問かよとドン引きされそうな行為だが、『ただし二枚目に限る』のルールがこいつには適用されたようで、花蓮はおやおやとニマニマ笑うとエリスへと振り向く。
「エリスねぇ、白馬の王子様のお出迎えだよ〜。ほらほら、早く登校の準備しなくちゃ!」
白馬の王子様とか、このゲームの運営のセンスにドン引きだが、もしかしたら花蓮の素の言葉かもしれないからからかうのは自重しておく。
というか、俺にも役割が発生した。
『クエスト:大金持ちの平等院鳳がエリスを投降に誘ってきた。驚くリアクションで平等院の凄さを見せよう!』
朝倉好夫。神居エリスが選択肢式であるように、俺はクエスト方式である。てか、投降の漢字間違ってねぇ? 登校では?
「ど、どっひゃー!!! あ、わわわ、まさか平等院鳳って、資産総額千億はくだらない平等院家の嫡男!? え、エリス、そんな凄い奴と知り合いになったのか?」
戦闘機から脱出するパイロットのように、ソファから飛び上がると、後ろにコケて頭を打って、ゴロゴロと転がる。
どこから見てもモブである。主人公の魅力、男子の凄さを教えるための説明係を伴うリアクション芸人。それが朝倉好夫。攻略対象外の男なのだ。
「うぉぉぉぉ、驚きすぎて頭打ったぁ! いってぇ」
まったく痛くはないが、痛いふりをして大袈裟に転がってみせる。『クリアしました』との表示が出たので成功したようだ。成功したから、ウサギは俺の顔に張り付くな。マーモットよ、ギュイーンをしようとしがみついてくるんじゃないっ!
もはや意味はないけど、ゲーマーとしてクリアできるクエストはクリアしたいんだよ。俺はサブクエストは全てやらないと気がすまない質なんだ。
「わぁっ、鳳君!? もぉ~、いつも唐突なんだから! 少し待ってて、すぐに支度を整えるからさ」
選択肢を選ぶことなく、エリスは頬を少し赤らめて鞄を取りに行った。ふむ、これは強制イベントなんだろう。これでまた平等院鳳の好感度が上がるに違いない。
このゲームの世界は全年齢向けで、とても優しくて、どんな選択肢を選んでも好感度が少し上がるんだよ。マイナスの選択肢はないんだ。
内心は僅かな経験値のためにリアクション芸人となった俺への呪詛と、自分では自由に動けない強制イベントに愚痴を言っているのだろう。ドナドナドーナドーナツと、どこからか悲しげなBGMが聞こえてくるようだぜ。
南無南無。今日の夕飯はエリスの好きなハンバーグカレーにしてやるよ。だから我慢しな。
このクソゲーの世界では俺たちは人形でしかないんだから。
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