13話 テーエスする気はないから、しーらない
「とってもかっこよかったです、先輩」
「うん、よっくんかっこよかった〜!」
「これでマトモになると良いけどな」
と、会話を交わしたのは昨夜のことである。
━━次の日。放課後の教室で。
「なぁ、エリー、小野妹子って知らないか? 俺へ人生の指針をくれた大切な人なんだ!」
「遣隋使で有名な人だよ。カミーユと同じ系統の名前だから、からかう相手に鉄拳を噛ませていたらしいね」
「遣隋使って部活なのか? サンキュー、遣隋使にいってくる!」
「うん、いってらっしゃーい。船なら一ヶ月で行けると思うから頑張って〜」
黒髪の少年が教室に入ってきてエリスに尋ねると、答えを聞いてすぐに走り去っていった。エリスはアホな少年を満面の笑みで見送るのでした。
「え、あれ誰? あんな二枚目の男子いたっけ? どこかで見たことあるけど……」
「花蓮の言う事は分かるわ。あの人は薬師寺持統だよ。昨日まではくすんだ金髪に世界を妬む死んだ目をして、ピアスをギラギラと光らせた人だったよ。高校1年生から赤点を取りまくって、人生の落伍者になる予定だった子」
花蓮が立ち去った男を見て首を傾げる。周囲の面々も同じようでざわついていた。一人、毒舌を吐くのはエリスである。瞳をキラキラと、いや、ゲヘヘへとゲスな笑みを浮かべている。
仮にも攻略対象なのに、酷い意見だ。
だが、あれは間違いなく薬師寺持統だ。攻略対象は髪型を変えても、地味な格好にしても、二枚目である。うらやまし~。俺はどんな格好をしても、軽薄そうなチャラ男にしか見えないのに!
「ええっ! だ、だって、昨日と全く違うじゃないの。狂犬のような人だったよねっ? ねっ、おにぃ?」
「あ、あぁ、間違いなく昨日までは、俺からは話しかけるどころか、近づくこともしない姿だった。花蓮の言う通りだな」
昨日、別れてから美容院に行った模様。イメチェンがすぎる。
「え〜、今から高校デビューって、遅すぎない? 皆、あの人のこと知ってるじゃないっ。今さら?」
「いや、イメチェンは高校デビューのためじゃないと思うぞ? 多分真面目に生きようと考えたんだよ」
呆れる花蓮へと机に肘をつきながら興味のないように欠伸をする。内心では驚きで一杯だけどね。
薬師寺は眼鏡っ娘の意見をキチンと聞いて、まともな生活を送ることにした模様。でも、普通のことしか言ってないのに、人生の指針とか大げさすぎる。
……それに、なにか嫌な予感もする。背筋がゾワッとするのだ。第六感が耳元で囁くのだ。もう眼鏡っ娘には変装しない方が良いぞと。怖い展開になるぞと。
だからこそ、興味のないふりをする。ここで慌てて、オロオロと慌てるのは二流キャラ。俺は超一流のゲームプレイヤーにして、小説やアニメを読み込み、このような展開は腐るほど見てきた。そして、このような場合、なんとか隠そうと挙動不審になることこそがアウト。なぜか眼鏡っ娘に変装することになり、また薬師寺に出会うこととなる。それどころかデートとかのルートも開かれちゃうだろう。
なので、ここで俺がとる選択肢は一つ。
「ふわぁ、まぁ、話したこともないし、なんでもいいよ、俺は少し眠いから寝る」
机に突っ伏して寝る、の一択だ。ふふふ、かーぺきにして、完全。パーフェクトな対応だ。
「薬師寺君……やり直すことにしたんだね。寂しいけど、もう私は必要ないみたい。さようなら薬師寺君。もう二度と出会うことはないと思うけど、元気でね。この数秒だけは貴方を思って祈るさ。新しい彼女とうまくいくようにって」
聖女が神へと祈るように手を組み合わせて、目を閉じてエリスは薬師寺持統の今後の活躍を祈るのであった。どうやら、薬師寺ルートは消えたらしい。
でも、そのセリフはやけに不穏に感じるのは俺だけかな? なんで口元をニマニマと歪めているのか、怒らないから言ってごらん?
「よっくん、やったよ。よくやったよ! 褒めたげる。すりすりしたげる!」
攻略対象から免れたことがよほど嬉しかったのだろう。教室内なのに、抱きついてきて、子犬のように頬を擦り付けてくる。相変わらずのもち肌で、ぷにぷにとした感触と、女の子の体温が感じられて、少し照れくさい。
絶世の美貌を持ち、人懐っこい高嶺の花のエリスが教室内でこんなことをすれば大騒ぎ確定。明日から月のない夜は気をつけなくてはなるまい。それもバイオレンスな展開で良いと思うけどな。
だが、俺はこの世界の攻略対象外のため、世界のルールが認識を歪める。誰も俺たちがいちゃつく姿を見ても、なにも思わない。小石でも撫でるかのようにしか見えていないはずだ。主人公とモブは絶対にくっつかない、カップルとならない2人だからだ。
それをエリスも俺も分かっている。だからこそ、周囲の目を気にしなかったのだが━━。
「え~と、好夫。あまり教室内でイチャイチャんしない方が良いんじゃないかな? ほら、クラスメイトの目あるしさ」
なぜか光が半笑いで、声をかけてきた。えっ、なんだって? と、ボケるのは簡単だが、今の台詞は捨て置けない。
「あっと、光。お前、俺とエリスの漫才が見えるのか?」
「うん? そりゃまぁ、目の前でそんなことをすれば、否が応でも目に入るよ。なに? 漫才なの?」
「うん? あぁ、どう見ても漫才には見えないんだけど、漫才なの?」
光の台詞は俺たちの予想外だ。最低でも漫才だと考えるかと思っていたのに、そうとも考えてくれなかった。
それどころか━━。
「おいおい、好夫とエリスちゃん、あんなに仲良かったっけ?」
「え~、なんであんなお調子者と?」
「いや、そういや、好夫ってエリスさんと同居してるだろ。仲良いのは当たり前じゃないのか?」
クラスメイトたちも、俺たちの絡みを見て、ザワザワと騒いでいた。誰も彼も、俺たちのことを認識してる!
騒ぎ始めたクラスメイトたちにエリスも戸惑い、俺を見てくる。同じだよ、俺も驚いている。
(世界のルールが崩れている。攻略対象のルートを無理矢理潰したからか? バグり始めたのか?)
恋愛ゲームで、攻略対象が金をとって主人公を捨てるとか、モブキャラ、しかも女装男子を好きになるとか、斬新すぎて聞いたことがない。というか、このゲームは全年齢向けでハッピーエンドのエンディングとノーマルエンドのみ。寝取られ展開とかあり得ない。それなのにストーリーをどこかのモブが壊し始めたのだ。バグり始めてもおかしくない。
(まさか壊れ始めたから、人への認識を歪める理が作用しなくなった? たしかに恋愛ゲームの根幹を破壊したんだから、そうなってもおかしくないけど……)
このゲームのプログラムは世界全体を管理しているだけあって複雑という名前ではすまないレベルの精密さだ。そりゃそうだ。スーパーコンピューターが宇宙全体の動きをシミュレーションするのとはわけが違う。
モブキャラが腕を羽ばたかせれば、ニューヨークでは幼女が踊ることになる。それだけ一つ一つの行為には意味がある。小石を拾えば、山崩れが発生する。
「エリスねぇ! なんでおにぃとそんなに近いの? いつもは同じ家にいても、会話といえば挨拶くらいだったのに……本当にそうだったっけ」
まるで怒ったように花蓮が顔を近づけてくる。自分で怒鳴っていても、おかしさを感じたのか、頭を押さえて不審な表情に変わっている。
俺とエリスが同居はしていても、お互いに無関心と認識していたのだろう。俺がエリスを甘やかしているのは知っているのに、それでも無関心だと認識している。その齟齬が花蓮を苦しめていた。
「よっくん……。これは?」
「むむむ、これは思っているよりも俺たちは簡単にふざけたルールを逃れることができるかもしれないぞ?」
クラスメイトたちが騒然となってお喋りをしている中で、俺は口元に薄笑いを浮かべながら、考える。
これだけの騒ぎだ。なにしろ、エリスはこの世界の主人公。全てにおいて中心となる存在。それが軽薄な男と仲が良いとなると、世界を揺るがす。
(この噂は下手すれば、明日にでも学校中に広がるだろう。その場合、残りの攻略対象がどう動くか、さっぱり予測がつかない。万が一焦った攻略対象が告白なんかエリスにしてみろ? かなりヤバイ。俺は助かるかもしれないけど、エリスがなぁ……)
強引なるエンディングルートへの到達。それはもっともエリスが恐れていた展開だ。キャッキャッウフフの幸せが担保された世界。喧嘩をすることもなく、常に笑顔で生きてゆく。そこに自身の意思は関係ない。外側から、幸福な人生を眺めていく。
地獄の始まりだ。始まりにして、終わりの世界。
それを防ぐ方法は━━、一つある。恐ろしくて試すことができなかったこと。
それは即ち━━。
「エリス、夜に時間あるか?」
俺は極めて真面目な顔で、エリスへと声をかけるのであった。
◇
夜の学園。星空の下、静寂が支配して、人っ子一人いない屋上に俺はいた。
もう夜はめっきり寒くて震えがくる。コートを着てこようかと思っていたが、雰囲気に合わないので制服の格好できた。
「なぁに、よっくん? こんな時間に屋上に呼び出すなんて」
対面には神居エリスが立っていた。風に流されないように髪を押さえて、優しい微笑みをみせている。
俺はというと、緊張で顔を固くして、声も僅かに震えていた。真剣な顔をしている男子を前にしているのに、涼やかな余裕のある程度。
そうだろう。恋愛ゲームの主人公たるエリスは、この雰囲気でも、動じることはない。
なぜならば相手は攻略対象ではないから。だからこそ、照れることも期待して顔を赤らめることもない。
だが、それで良い。俺たちの計画通りだ。
すぅと、息を吸い込むと気合を入れる。これが俺たちの分岐点。終わりを告げるイベントだ。
「エリス、俺、俺はお前が好きだっ! 本気で好きなんだ、付き合ってくれ!」
一世一代の告白。顔を真っ赤にして、好きな女性に愛を告げる。人生の一大イベント。
「もぉ~、やだなぁ。よっくんたら、ふざけてばかりなんだから」
だがこの世界では、モブキャラの告白はバグでしかない。その場合、どうなるか?
ニコリと微笑み、拳を握りしめると、エリスは腕を振りかぶる。
予想通りだ。
さて、ここからは俺の命を賭けないといけないだろう。
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