12話 眼鏡、眼鏡〜って一度言ってみたい
「め、眼鏡、めがね〜、眼鏡どこ〜」
眼鏡っ娘、落とした眼鏡を探すの図。
ほっそりとした身体つき。髪を二つのおさげに纏めて、どことなくモサッとした空気を醸し出す眼鏡っ娘。誰あろう変装した朝倉好夫の姿です。ハリウッドメイク並みの変装のため、声はもちろん少女の声音。背丈だって150センチ程度、裸になっても男とはバレないように頑張りました。
なので、地味な眼鏡っ娘は、眼鏡を落としちゃったと、アスファルトにしゃがみこみ、キョロキョロと辺りを探してます。設定的には道端で眼鏡を拭いていたら、スポーツ刈りの男がぶつかってきて落としたという風。道端に落ちた眼鏡に気づかない目の悪さです。
眼鏡は壊れないように自販機の陰に落としてある。この作戦『眼鏡を拾ってもらおう』はすぐに他の人が助けてくれるから破綻するだろうと思っていたら、意外と助けてくれる人はいない。人情紙風船、世の中は行き過ぎた規律のために、親切な人はめっきり減ってしまった。倒れている女の子を抱き上げたら、痴漢と訴えられる時代だからな。困っている男の方が反対に助けてくれるかも。
なので、内心ドキドキである。このドキドキは作戦が上手くいくかなと、正体がバレたらどうしようと思う心が半々です。
「おい、これお前のか?」
「は、はひっ!?」
目が悪い女の子は突然声をかけられたのでビクッとしてしまう。誰かが眼鏡を拾って差し出してくれたようだけど、よく見えないやの演技をする。
声をかけてきた男の子。即ち、薬師寺持統は眼鏡っ娘がとても目が悪いことに気付き、無理やり手に眼鏡を握らせる。あたふたとしながら眼鏡っ娘は眼鏡をつけると、ようやく視力が戻り安堵の息を吐くのであった。
「ありがとうございます。私、眼鏡が無かったらなにも見えなくて」
「別にお礼を言うほどじゃねー、すぐそこに落ちてたからな。それよりも放置している周りの奴らに呆れるぜ」
世間を斜に見ている少年のセリフである。たしかにそうだけど、口にする必要はないんじゃないかな? 吐き捨てるように呟いて、そのセリフにムッとする周囲の人へジロリと睨み返す。
(この少年、本当に平和な生活を求めてるのか!? 360度全体に喧嘩を売ってるようにしか見えねー!)
周りに聞こえるように憎まれ口を叩く。そりゃ、敵を作るわ。
(この子は恋愛ゲームの単なるキャラ。ツッコミをいれるのも野暮ってものか。そう、この世界は恋愛ゲームの世界で、薬師寺持統の性格は作られたものなんだ。残念な性格は作られたもの)
「眼鏡を拾ってくれて、ありがとうございます。あ、あにょっ、え~と、お礼にジュースをおごりますっ!」
オドオドしながら、人差し指を自販機に向ける。しかしながら、俺も天才俳優朝倉好夫。ここは弱気な少女がなんとかお礼をしようと頑張る姿を見せるぜ。
「あ、あん? おおっ、これくらいでお礼なんて大袈裟じゃないか?」
「いえっ、誰も眼鏡を拾ってくれませんでしたし、自販機のジュースくらいの価値はありまふっ!」
「プッ、わかったわかった。それじゃ奢って貰うか。このツブツブオレンジジュースくれよ」
人の良さそうな眼鏡っ娘に、薬師寺は思わず吹き出すと、ジュースを指差すのだった。
ジュースを買って、近場の公園で飲むことにする。避難所として作られた公園は小さな広さで、ベンチがポツンと置いてあるだけで誰もいない。そろそろ宵闇が降りてきて、街灯が瞬き始めていた。
そろそろ冬だ。吐く息は白くなり、もうコートを着ないと厳しくなりそうな季節。夜は肌寒く、ホットココアを買った眼鏡っ娘はおずおずと飲み始める。
「え~と、貴方も大樹学園の生徒……ですよね? 高校1年生?」
「ん? そりゃ見れば分かるだろ。そういうお前も1年生なんだな」
お互いに何年生かを証明する校章を付けている。
「え、えへへ。奇遇ですね。この学園って、同じ学年でも12クラスもありますもんね。顔を合わせなくてもおかしくないです」
「まぁ……そうだけど、お前変わってるな。普通の奴ならお礼をしないし、一緒にジュースを飲んだりしないぜ?」
「え~と、それはどうしてですか?」
「そりゃ……見れば分かるだろ? 俺はこんな格好だし、怖くないか?」
「え? 眼鏡を拾ってくれた良い人です。怖くなんかないですけど?」
言ってる意味がわからないよと、首を傾げてきょとんとする。ふ、純真な世間知らずの娘に見えないかな?
眼鏡っ娘の言葉に、薬師寺は嬉しかったようで、顔を綻ばせると、嬉しいことを誤魔化すようにグイッとジュースを飲む。
「怖くない……か。今年はお前で二人目だよ、そんなことを言ってくれたの。まぁ……嬉しいな」
「嬉しいんですか?」
「あぁ、俺の格好って、結構怖がられるんだよ。それならやめろって言われるかもだけど、俺は舐められるわけにはいかねーんだ。俺んちって母子家庭でよ━━」
寂しそうに語り始めるその内容はエリスから聞いた内容と同じだった。子供らしい間違った方向への頑張りと思い込み、空回りしていることに気づかない幼さ。そのことに少し同情してしまう。
(これ、周りにまともな友だちがいれば教えてくれただろうに……。しょうがない、青少年の歩む道に少し選択肢を挙げてやるか)
伝えてやらなくてはなるまい。これはきっとエリスの選択肢にはないセリフだと思う。
「えっと、薬師寺君? 不幸自慢ウザいです」
「えっ?」
滔々と語っていた薬師寺君へと微笑みながら告げてあげると、顔をぎくりと強張らせて眼鏡っ娘へと顔を向けてくる。
「だから、不幸自慢ウザいです。いい加減にしてください。初対面の人にそんなことを言いますか? そんなに同情してほしい?」
ずいと顔を近づけて、皮肉げに笑ってやる。
「ふ、不幸自慢? そ、そんなつもりはねぇよ。俺はこのことで皆から馬鹿にされてるんだ! 自慢なんかするわけねぇだろが!」
眼鏡っ娘の言葉に怒る薬師寺だが、この子は勘違いをしている。
「なら、なぜ母子家庭だから俺は苦労してるとか言うんですかね? わざわざ言う必要はありませんよ。それは貴方自身が一番自分の環境を蔑んでいるからですよ。母親を助けたい? ハッ、馬鹿にしないでくだい、その格好を見て、誰が貴方を母親のために頑張ってると思うんですか? 貴方は自分の顔を鏡で見て、この子は母親想いの良い子そうだなって思います?」
「っ! お前なんかになにがわかる? 俺はな、ガキの頃から陰口を叩かれて、イジメに遭ってきたんだ。そんなクズ野郎たちに負けないために、この格好になったんだよ! お前みたいな幸せそうな家庭のヤツに何がわかる? どうせ家に帰ったら、優しい母親が夕飯を用意して待っててくれるんだろ!」
激昂する薬師寺が眼鏡っ娘の姿格好から、普通の家庭だろうと思ったのだろう。妬みも含んだからかいをしてくる。
「つくづく腐った人ですね、それは━━」
この馬鹿に言い募ろうとして、俺はゆっくりと振り返り目を細める。
「なんなんですか、貴方たち?」
公園にはいつの間にか、十数人の学生たちが集まっていた。皆、人を下卑た笑みを浮かべて、手にはバットや木材を持っている。
「よぉ、薬師寺。痴話喧嘩の最中か? わりぃな、お邪魔してよ?」
「お前ら……枯葉学園の。この間あれだけボコッてやったのに懲りてねぇのかよ?」
薬師寺は男たちの顔に見覚えがあったようで、皮肉げに口元を歪めて、拳を構える。それを見て先頭の男がヘラヘラと笑い顎をしゃくる。
「あ~ん? もちろんお前の強さはわかったよ。だからこれだけの人数を連れてきたんだろうが。これからお前をボコッてやるからよ。全裸にして大通りに吊るしてやるから覚悟しやがれ? あぁ、そこのお前の彼女さんは俺たちがたっぷりと可愛がってやるから安心しろよ。大丈夫、後でこの子が啼く姿を動画で送っておいてやるから」
おぉ、どうやら不良との争いイベントらしい。いや、エリスがいないから、イベントじゃなくて、これがいつもの生活ってやつか。
「ちっ、わかっただろ? とっとと逃げるんだな。後は俺が何とかするからよ」
「はぁ~、まるで自分が正義のヒーローのようなセリフですね。でも、私は巻き込まれただけですし、貴方の行動の結果がこれなのだとわかってます?」
「お! おいっ、逃げろって。あぶねーぞ!」
薬師寺の肩を押しのけて、不良の前へとゆっくりと歩く。慌てる薬師寺だけど無視である。
「お、素直じゃねぇか。そうそう、おとなしくすれば楽しめ、へぶっ!」
先頭の男の頬を叩く。身体全体を使い、バネのように腕を跳ねさせて、不良の顔に最大の振動を与えて。
頭が揺れて、脳震盪を受けた男は膝から崩れ落ちて気絶した。
「婦女暴行未遂、凶器集合罪? それに正当防衛も追加されますよね? この人数が凶器を持っているんですからボコッても過剰防衛にはならないでしょう」
冷たい視線を向けて淡々と告げると、不良たちは怒りで叫ぶ。
「な!? てめぇ、よくもやりやがったな、やっちまえ!」
「舐めんな、こら!」
「女のくせに!」
そうして全員が一斉にかかってくる。
「やれやれです。雑魚退治をしても美味しくないんですけど、たまには運動もいいでしょう」
指をパキリと鳴らし、俺はにやーっと嗤ってやるのだった。
◇
「私は両親がいます。けれども、両親がいるから幸福だと思うのは間違いです」
倒れ伏した男たちを積み重ねて、椅子代わりにして、眼鏡っ娘はつまらなそうに語る。男たちは全員恐怖の表情で気絶しており、今後眼鏡っ娘を見ただけで震えるトラウマを持つことになる。
「私の両親はギャンブル好きな、いえ、ギャンブルで増えたお金で暮らそうと愚かなことを考えて稼ぐ端から全てギャンブルに使ってました。私はその日の食べ物を食べることも大変だったんですよ? 幼い頃は大変でした。アパートに放置されて、食べ物もなく、ろくにお風呂にも入れませんでしたから。きっと今の貴方よりも遥かに貧乏で悲惨な暮らしをしていたと思います」
眼鏡っ娘の強さに呆然としている薬師寺につまらなそうに言ってやる。
「そ、それでどうしたんだよ?」
「なので、頑張りました。環境を変えるべく、親の金を少しずつ管理して、上手く活用して━━今や、両親はギャンブルをやめて、まともな生活をしてます」
フッと微笑むと、不良たちを踏みつけながら飛び降りる。
「分かります? 子供でも自分がやれることは意外と多いんです。しかも貴方は既に高校1年生。選択肢はたくさんあります。こんな地味な格好の私は不良に絡まれませんし、馬鹿にもされません。あなたと私の違いって何でしょうね?」
「……な、なにが俺にできるっていうんだ?」
眼鏡っ娘の家庭環境にショックを受けた薬師寺は震える声で尋ねてくる。
「さぁ? まずは染めた金髪を落として、ピアスを外す。遅刻はしない。そして家では毎日2時間勉強してみれば? そこからはバイトでも、なんでも考えれば良いと思います。それではさようなら。眼鏡を拾ってくれてありがとうございました」
ひらひらと手を振って、その場を去る眼鏡っ娘だ。これくらい言ってあげれば、まともになるかも。ならなかったら知らん。
「お、お前の名前、名前教えてくれよ! 俺の名は薬師寺持統だっ!」
「……小野妹子と言います」
さらっと嘘をつく眼鏡っ娘である。
「そっか、俺も考えてみるよ。また会おうぜ!」
「縁がありましたら」
自身の行いを反省したのだろう。目をキラキラとさせている薬師寺を置いて、眼鏡っ娘は華麗に去るのでした。
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