1話 男の幼馴染が起こすって間違ってない?
東京都24区の一つに俺は住んでいる。23区ではない。24区であっている。言い間違いじゃないんだ。いくら俺がアホでも、東京都は23区しかないことは覚えている。でも、この世界では24区なんだ。
新宿区や渋谷区のように栄えており、世田谷区のように金持ちが多くいて、土地代が高いと思いきや、平均年収の住民も多数住んでいる。高層ビルが建ち並ぶ傍らで、多摩区のように自然溢れる森林や、バーベキューやキャンプもできる小川も流れているし、海も近いので、海釣りや海水浴もできてしまう。
通常ならばあり得ない土地柄。そんな区があるわけねぇだろと言われたら、港区の隣にあるんだよと答えるつもりだ。いや、大真面目にあるんだよ。その区の名前は『飛鳥区』。俺の妄想じゃないよ? 本当にあるんだよ、ご都合主義極まるそんな区がこの世界にはな。
この世界の名前は『恋は千変万化』。若い男女がキャッキャッウフフと顔を楽しめるために存在する世界。察しの良い奴はわかるだろう? 恋愛ゲームの世界なんだ。俺はクソゲーだと思ってるけどな。
◇
ピピピッと目覚まし時計が鳴り、俺はベッドからあくび混じりに起き上がる。ふかふかの布団はもっと寝ようぜと俺を引き留めるが、ここで寝ると、学校に遅刻するから別れを告げるしかない。
「うう、寒い……。寒くなると急に布団が恋しくなる。もしかして前世は布団が恋人だったのかも」
アホみたいな呟きをして、眠気を感じてあくびをしながら、一家族が余裕で住める大きさの部屋を横断し、部屋から出ると隣に向かう。
学校に行く前の日課だ。面倒くさいが放置するともっと面倒くさいことになるので、諦め半分、悟りを開いた修験者のような面持ちで隣の部屋へとノックもせずに入る。
「おはよう、エリス。よく寝た?」
遮光カーテンにより日差しが完全に遮断され、暗闇の中でぼんやりとパソコンの光が部屋を僅かに照らしている。20畳はある広さにキングサイズのベッドが配置してあり、壁際には机と本棚、洋服ダンス。部屋の中心にはおしゃれなガラス張りのテーブルと身体が埋まるようなクッションが置かれている。可愛らしいぬいぐるみや、小物が置いてあり、一見すると少女が住むに理想的な部屋に見える。
床に漫画本や空になったペットボトル、開封されたポテチの袋などが足の踏み場もない程に転がっていなければ。
「え、えへへへ、寝てない。ほら、見てみて? これで32連続チャンピオン。ここここで、連続チャンピオンを切らすことできないよね?」
そして、パソコンを前にカチカチとマウスを叩いている少女がいなければ。
そこには絶世の美貌を持つ少女がいた。毎日見飽きるほどに見てるのにいつも見惚れてしまう。遥かな天上に住む女神の化身と言われても納得するだろう。
汚部屋にいなければ。
「なんだよ、徹夜でやってたわけ? 32連続とかチート疑われないか?」
モニターに映っているのは、有名なFPSゲームだ。島で最後の一人になるまで撃ち合いを繰り広げる人気ゲーム。実力も必要だが、運も必要で、普通ならば世界ランキング1位のプレイヤーでも32連続チャンピオンなど不可能なゲームだ。
「ふ、ふへへ。運営に疑われた。けど、ログを見て、チートじゃないって理解してくれたみたい。今は奇跡の子って、祭り騒ぎ。これから33連続目を━━」
「はいはい、終わり。もう朝だぞ? これから学校だ。それにチートは間違ってないだろ? 主人公様はチート能力持ちなんだから、スーパーコンピュータでも勝てないだろ」
「う、うぇえ? もう朝? ほ、ほんとだ。わた、わたわたし寝てない。これから眠って良い?」
「いいわけねーだろ。サボると、朝からイベントが発生するぞ? この間は仮病を使おうとして、なぜか動物園からライオンが逃げたから休校になったよな?」
弱々しい媚びるような卑屈な笑みで少女がパソコンの時計を見て、顔を引き攣らせる。本当にこいつは気づいてなかったらしい。夢中になれることがあってなによりだが、学校は行かないといけない。留年とか中退は許さないからな。俺ではなく世界が。
「ぬぅー。この世界大っきらい。よっくん、私をシャワーに連れてって?」
「へいへい、お姫様の言う通りにしますよ」
手を伸ばしてくるので、苦笑混じりにお姫様抱っこをする。相変わらず羽のように軽く、その身体は羽毛布団のように柔らかい。羽毛布団に例えるとは羽毛布団に悪いか?
「しししつれいなこと考えてる?」
少女は頬を膨らませると、ぺしりと叩いてきた。勘が良い奴だ。
「いや、エリスの身体は羽毛布団のようだと思ってな。羽毛布団に失礼ではないかと」
「むぅ。私は絶世の美少女。羽毛布団よりも天秤は私に傾く。ほら、触ってみて。胸とかお尻とか、羽毛布団よりも柔らかい」
「たしかにそうかも知れないけどさ。色々と柔らかいし、良い匂いするし。なんで徹夜してるのに、こんな甘い匂いするわけ?」
少女の首元に鼻を近づけると、心をざわつかせるような甘い匂いがしてくる。とても不思議な匂いだ。なぜにこいつの匂いはこんなにいいんだろうな? もう長い付き合いで、これくらいではお互いに照れることもない。
「わたしも不思議。蝶を誘う花のような甘い匂い。汗の匂いとかもしない。フェロモン的な匂いを主人公は発しているのかも。たぶん魅了系統」
「俺、もしかしてエリスに魅了されてるか?」
「み、魅了されてるなら、たぶん私は部屋で襲われてる」
「違いない」
軽口を叩きながら、ケラケラと笑って、風呂場に入る。その気安さは自然なものでお互いに照れることはない。
「ほい、ばんざーい」
「へい、バンジョーい」
そうして、ワンピース型のパジャマを脱がすと、風呂に入れて身体を洗い、歯を磨いて、髪を整えてやるのだった。
エッチそうな風呂のシーンは詳細に描写しろよと小説なら読者からクレームが来そうだが、朝の時間は貴重だから、短時間でサッと終わらす必要があるのだ。日課だし。それに美しすぎて彫刻品を磨いているようで、全然性欲を感じないんだ。少女がまったく照れないことも関係している。
「しかし、本当に枝毛とかできないよなぁ。手触りも最高だし、これが異世界物なら神秘的な聖女だよなぁ」
髪を掬うと、サラサラと指の間を流れ落ちていく。奇跡のような柔らかく艶のある髪質に、知らず感嘆のと息を吐いてしまう。
「う、うへへ。光魔法を持っててチヤホヤされる」
「本当に異世界物なら良かったのになぁ。きっと何人もの侍女にお世話されてるだろうよ。そこら辺にいそうなモブキャラの男子じゃなくてな」
「ふ、ふへへ。侍女とか無理。きっとスンって無の心で生きていくと思う」
「コミュ障、なんとかしないとな」
姿見の前で力ない笑みを浮かべて座る少女の髪をドライヤーで乾かしながら、髪を梳いてやる。
姿見に映る美少女の名前は神居エリス。エリス自身が言う通りに絶世の美貌を持つ。日本人であるのに、なぜか銀髪だ。腰まで伸びる銀髪はまるで銀糸のようで、手で掬っても滑っていく程滑らかで艶がある。その瞳はサファイアのように深い青色で海を感じさせる。すらっとした鼻梁と、ちょこんと存在する桜色の唇。白磁のように透き通った白い肌でほくろなど存在せず、美しさと可愛らしさが同居する小顔の美少女だ。
背丈は150センチ、小柄で子猫を感じさせる庇護欲を喚起させて、スタイルはモデル張りに良い。出るところは出て、引っ込むところは引っ込むという例えのとおり。100人が100人、振り向いて見惚れるだろう奇跡のような美少女だった。
卑屈に笑っていなければ完璧だ。卑屈に笑っていても可愛らしいので、美少女はずるいと思う。
対して、俺はというと、鏡に映るその姿は平々凡々だ。中肉中背、どこにでもいそうな顔立ち。お人好しそうで軽薄そう。その名は朝倉好夫と申します。某ゲームの親友ポジションと同じような名前で、あまり好きではない。
絶世の美少女とどこにでもいる平々凡々な男。なぜに、この二人が一緒かというと、恋人同士で同棲しているラブラブな関係━━だからではない。幼馴染だからだ。
幼馴染って、同居したり、2人で風呂に入るわけ? と誰もがツッコミをいれるだろうが、これには理由がある。エリスは面倒臭がり屋、いや、もはやこの世界に飽きて厭世的なので、俺が身だしなみを整えてやらないとならない。そうしないと俺にも被害がくるんだよ。まぁ、役得な部分があるのは否定しないけどな。
制服を着させてやって、身だしなみは完成。どこからどう見てもお互いに高校1年生に見える。
「よっくんに歯磨きされるの、す、好き」
「なんかの小説で、他人にしてもらう歯磨きはエロいとか見たことあるな」
ペタペタとリビングルームに向かうエリスとは別に、台所に向かう。ご飯の支度も俺の仕事なんだ。まぁ、これは俺も食べるから、そこまで面倒くさくはない。
「はよー」
台所から見れるリビングルーム。ニュースを見ていた一人の少女が振り向く。
「あー、おはよ~。おにぃ、今日も早いねぇ。エリスねぇを起こしてあげた?」
「あぁ、エリスを起こすのは幼馴染の存在意義でもあるからな」
おにぃと呼ばれるが実の兄でも義兄でもない。子供の頃から彼女はそう言っているだけだ。話しながらも、米を洗い土鍋に入れる。冷蔵庫を開けると、朝食用の食材を取り出していく。
「おにぃ、エリスねぇに甘すぎじゃない? たまには花蓮を起こしに来てくれてもいいんだけどなぁ。花蓮、寝ている時にパジャマ脱いじゃう癖があるから、起こしに来ると良いことが起こるかもよ?」
身体をひねり、妖艶そうにシナを作って、クスリと笑う花蓮に、鼻で笑ってやる。
「おじさんたちにこの家を追い出される可能性を考えると、検討材料にもならないな。それに胸がはだけていても背中と思っちゃうかもだし」
「くっ、背中と言われるほど酷くはないよっ! だいたいエリスねぇはしっかり者だから、とっくに身だしなみも終えて起きてたでしょ? 私のほうが見れる分、美味しいと思うよ?」
「花蓮の言う通り、もう起きてたよ」
正確にいうと徹夜していた、だ。しかも身だしなみは全て俺がしてあげた。
だが、彼女はエリスがしっかり者と信じているので、その言葉に疑問はない。
神居花蓮。エリスの二卵性双生児で、妹だ。青髪のツインテールで、口元から覗く八重歯もあいまって、小悪魔的な可愛らしい顔立ち。小柄な体躯は同じだが、エリスと違い貧乳である。ツインテール娘って貧乳ってイメージあるけど、そのまんまそのイメージが具現化されたような美少女だ。
花蓮は俺がエリスを起こすどころか、一緒に風呂に入って身体を洗ってやり、歯も磨いてやり、制服を着させていることを知らない。
普通ならば大騒ぎだ。子供と言っても、もう高校1年生。朝からそんなことをすれば、そんなインモラルなことをと大騒ぎだ。家族会議は確実で同居している俺は追放されるのは確定である。
しかし、同じ家にいるのに知らない。エリスを運ぶ時、風呂に入る時、洗面台で髪を梳いてやる時、絶対にその場には来ない。この数年間、エリスが世界を嫌い、やる気をなくして、俺が世話をすることになったのに、気づくことはない。数回、一緒にお風呂に入るところを見させようとして、悲惨な結果に終わったという経験もある。
不自然なご都合主義。花蓮どころではない。両親も召使いたちも知らないし気づかない。
しばらくは世間話をしつつ、テキパキと朝食を作っていく。今日は和食だ。
「ほれ、朝飯できたぞー」
「わぁ、今日も美味しそうだねぇ。あ、私、お皿並べておいたよ?」
ちょうど朝食ができたタイミングに合わせて、エリスがテーブルに皿を並べ終えていた。さっきまでの死んだような目はどこにもなく、身体からエネルギーを放出させているような、朝から元気いっぱいといった感じだ。不自然な程に元気だ。しかし、これが神居エリスの普通なのだ。
「あ、花蓮、おにぃのためにサンドイッチ作ったんだ。ほら、たまには美少女の手作り料理も食べたいでしょ?」
「えっ!?」
「やなの? 花蓮が作ったのに?」
「いや、そうじゃねーよ? うん、俺だけサンドイッチで良いのかなって思ってな」
「良いよ良いよ、ね? エリスねぇ?」
「うん、いいんじゃない? 花蓮の手作りなんてラッキーだね!」
むくれる花蓮に弱々しく笑い返す。くっ、迂闊だった。たしかにテーブルにサンドイッチが置いてあった! まじかよ、朝ご飯からか……。
エリスはニコリと微笑むと、俺の用意した手作りの朝食を食べ始める。土鍋で炊いた白米は、蓋を開けると食欲をくすぐる匂いが漂い、エリスは顔を綻ばせて、大盛りでよそう。ワカメと豆腐の味噌汁にだし巻き卵、ほうれん草をおひたしとお新香。主食が少ないけど朝はこれくらいで良い。
「はふっ、おいひー。よっくんの作った料理はほんと、おいし~ね!」
エリスにとって、俺が作った食事はゲームと同じくこの世界での楽しみだ。パクパクと食べるその姿は小動物のようで可愛らしい。
「まぁ、なかなかの味よね。で、私のサンドイッチはどう? おいし?」
「あぁ、美味しいよ。朝もたまにならサンドイッチも良いな。けど、朝食作りは俺のアイデンティティだから、次は百年後くらいでいいぜ?」
「それ、本当に美味しいと思ってる!? もういつもふざけてるんだから。その軽口、もう少し抑えないと彼女できないよ?」
「彼女には優しくするよ。真綿で首を絞めるように」
「それが軽口っていうの!」
花蓮をからかいながらもサンドイッチを口に押し込む。見た目は卵サンドとハムサンドだ。普通のサンドイッチにしか見えない。
だが、粘土を噛んだような味しかしない。泥を噛んでいるかのようだ。何の味もしない。吐かないように気をつけながら、笑顔を見せて食べ続ける。
だって花蓮が悪いわけではない。わざとではない限り、不味く作ることなど、いや、誰でも味のしない食べ物など作ることは不可能だ。
俺は、いや、俺とエリスは料理の味がしない。例外は俺の作る料理だけなんだ。だが、そんなことを言えるわけもなく、俺もエリスも幼い頃から笑顔で料理を食べている。
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