魔王城近くの治癒術師 都会に出たら最強聖女になりました 〜王子と騎士団長と魔術宰相と、ついでに魔王にもモテすぎて困っています〜
「セシリアちゃん、ちょっと見てもらえるかい?」
「はーい」
軒先に顔を出すと、ベイじいちゃんの左足の太ももから先がなかった。
「ちょっとー! そんな呑気なテンションで呼ばないでよ!」
「すまんのう。ほんの少し薪を取りに行くつもりじゃったんじゃが……」
言い訳を無視し、両手を合わせて、『無い』太ももの上に添える。
「……骨を繋げよ。生命を呼び覚ませ……【コーダ・サラマンディル】」
魔力の流れと共に、効果は一瞬で現れた。
ベイじいちゃんの『無い』部分の骨が体から伸びて、数刻遅れて肉が再生していく。
「ふう」
ひと仕事終えた私は、手の甲で額の汗をぬぐった。
「ありがとう、セシリアちゃん。これ、山で取れた山菜じゃ。でわな」
体を支えるのに使っていた大斧を担ぎ直し、再び森に入って行こうとするベイじいちゃん。
「いやいや待って、今日はもう休みなさい。めちゃくちゃだなこのじいさん」
「ほっほっほ。まだまだAランク魔物程度には負けんて」
「片足ホフられてんじゃん……」
生きるため森に仕事に行こうとするベイじいちゃんをなだめすかして、どうにか家まで送って行った。
ここは魔王城に一番近い村、ドラゴンミア。
勇者によって魔王が討伐されて2年。物好きな観光客が聖地巡礼に訪れる以外はのどかな、少子高齢化が進む田舎の村だ。
もっとも、魔王城に近いだけあって現れる魔物は強力で、本当はのどかとは言い難いのかもしれないけれど……。
「セシリアさーん、大変ですぅ!」
「ん?」
ベイじいちゃんを送り、治癒院へと戻る道すがら、後輩ちゃんが駆け寄って来た。そのまま、ぎゅむっと腰に抱きつかれる。
「どうしたの? あなたの腕前で対処できないなんて……。もしかして、瀕死⁉︎」
「違います違いますぅ!」
慌てて駆け出そうとした私を、慌てて押し止める後輩ちゃん。
「違うのか。良かった。それじゃあ何なの?」
「大変なんですよぅ。王都の一団がやって来て、セシリアさんを呼んでいるんです。しかも、かなりのお偉いさんが来ているみたいなんですよぅ。しかもしかも! チラッと見えたんですけど、皆さんかなりのイケメンでした!」
「王都から……?」
ここから王都までは馬車で1ヶ月以上はかかる。
何のようだろう……と考えて、サアッと顔が青くなった。
「その一団、怒っていたりする……?」
「え? そんな雰囲気はありませんでしたがぁ。……いえ、ちょっと言い争っている? ような雰囲気はあったかもですぅ」
「…………」
あかん。気絶寸前だった。どうしよう。
逃げ出したい気持ちでいっぱいだが、逃げ出したところで所詮は非力な治癒術師。捕まってしまうのがオチだろう。
ならばまだしも、大人しく出頭した方が罪が軽くなるに違いない。
そんな後ろ向きな覚悟を決めて、治癒院へと向かった。
*
治癒院の前は人が溢れていた。
件の偉い人とやらは、たくさんの護衛を引き連れて来たらしい。それに加えて、村の人たちまで集まっていた。
のどかな村だから、王都から人が来たというだけでお祭り騒ぎなのだ。
「中でお待ちしていただいていますぅ」
後輩ちゃんに案内され、人混みをかき分けて治癒院に入った。応接間などは無いからどこに案内したのだろうと思っていると、診察室へと通された。
「遅いぞ!」
「はぁ……」
嗅ぎ慣れた薬草やポーションの匂いが漂う室内には、見慣れない三人の人物がいた。一人が私がいつも診察時に使う椅子に腰を下ろしており、第一声をあげたのは、その背後で直立している人物の一人だった。
遅いも何も、待ち合わせの約束をしたわけでも無いのに……と顔を見つめると、相手は大きく目を見開き、頬を赤く染めた。
何だその反応。
青髪に青い眼の精悍な顔つきをした青年で、甲冑をまとった姿から騎士だろうと予測する。
「まぁまぁ。僕は全然気にしていませんよ〜」
次に声をあげたのは、椅子に腰掛けた少年だった。いや、青年かもしれない。
ふわふわとした金髪と柔らかい雰囲気のせいで、年齢が読みにくい。
「久しぶりだね、おねえさん」
んんー?
……いや、まるで覚えがない少年だ。こんな可愛らしい美少年、一度見たら忘れられないと思うんだけど……。
私がきょとんとした顔をしていたからだろう。少年の背後に立ったもう一人の男性が初めて口を開いた。
「殿下。あの時は身分を隠していらっしゃったでしょう……?」
相手への敬意と侮蔑が同時に感じられる、矛盾を孕んだ口調で男が言った。
…………殿下?
私が驚いて少年の顔を見つめていると不意に髪の毛を引っ張られた。
なんだろう? と視線を向けると、男性が優雅な所作で私の髪の一房を持ち上げ口付けしていた。
!!???
混乱の最中、顔をあげた男性と目が合う。
前髪で片目が隠れた、知的な雰囲気のある男性だ。黒い軍服のような、魔術師の着るローブのような、不思議な服装に身を包んでいる。
「その節ではご挨拶もせずに立ち去ってしまい申し訳ありません……。私、当国の宰相を力ております、エドワード・レイヴンハースト……と申します」
「は、はあ……エドワードさん……」
その節ってどの節だよ。
頭の中の暦を必死に逆回転させていく。ええと……
「エドワード様。失礼ながら、進言いたします。そちらのご女性は戸惑っておられるご様子。その手を離していただけますか?」
「そうだよエドワード! 距離感も近すぎだからね〜!」
私とエドワードの間に青い騎士(仮)と金髪の王子(仮)が割り込んだ。エドワードの手から滑り落ちた髪の毛がふわりと胸元に着地する。
良かった、これでようやく落ち着いて考え事が出来そうだ、と安堵した私の元に、突然金髪の少年が抱きついて来た。
「ふう。危なかったねおねえさん。何かあったら僕が守ってあげるからね〜」
「は、はぁ…………ん!」
なんだっけ。このやりとり。確か前にも。
「で・ん・か⁉︎ 距離感が近いと指摘していたのはどこのどちら様でしたっけ!」
「王子様です〜」
青い髪の青年が、少年を引き剥がしてくれた。
しかし、今のやりとりで、ようやく思い出したこともあった。
「あの、もしかして3ヶ月前、旅路の途中で……?」
「そう! やっと思い出してくれたね〜」
「忘れられていたのは、些かショックですがね……」
「あはははは〜……」
3ヶ月前、近くの山脈に薬草を摘みに行っていた私は、魔物に襲われた一団にでくわした。幸い、その一団によって魔物は討伐された後だったが、被害は人外で、一介の治癒術師として救助活動を手伝ったのだ。
「あの時は名乗れなかったけど、改めまして。エリック・レ・ヴァンデールです。よろしくね〜」
「あ! はい、恐縮です!」
唐突に名乗られたヴァンデールの名や、騎士風の人や魔術師風の人の態度。それに、伝え聞く限りの王族の特徴との一致から、とりあえず彼を王族として扱うことにした。
もっとも田舎の村からほとんど出ないので、正しい作法はまるでわからない。
「堅苦しくしないでいいよ〜、普通にして」
若干寂しそうな顔で言われたので、小さくこくんとうなづいておく。
にしても、これでようやく来訪者達のあらかたの正体が分かった。
椅子に座っているのが王子で、背後にビシッと控えていた二人が護衛の騎士と魔術師。所属は近衛騎士団なのだろう。
…………や・ば・い。
「あの……それで皆さんは……い、いったい何の用があってこちらに……い、いえ、言いたくなかったら言わなくても良いんですけどね! 全然!」
というか聞きたくない。
耳を塞ぎたい気持ちでいっぱいだ。
「うん、実はね、おねえさんに王都に来てもらいたくって! だって、すごい治癒術師だから!」
「やっぱり! ごめんなさ…………へ?」
王都に来てもらいたくって、の段階で処刑場送りを覚悟した私の耳に、信じられない言葉が飛び込んできた。
すごい治癒術師だから……?
「えっと……? 私別に、すごくないですよ?」
「ええ⁉︎ すごいよ⁉︎ 欠損した手足を再生したり、瀕死の状態から生き返らせたり、王国随一の治癒術の使い手と言われている聖女様にも出来ないよ⁉︎」
「…………? そんなことないと思いますけど…………?」
私のお師匠様にも出来ているし、後輩ちゃんだってもうちょっとで出来そうなのに?
唇をとがらし、何かを言いた気なエリックの肩をエドワードがぽんと叩いた。
「殿下。そろそろお時間です……」
「え〜? もう? ね、おねえさん、とりあえず一緒に王都に行こう? ね? 今日行こ、今行こ、美味しいものもたくさんあるよ?」
「えっと……」
口ごもっている私を見て、エドワードは目をつぶった。
「そうすぐには決断できないでしょう……。今日のところは引き下がりましょう」
……片目が隠れて見えないけど、なんとなくウィンクしたのかもしれない。ミステリアスな見た目に反して、なかなか茶目っ気のある人だ。
その後もなんやかんやとありながら、エドワードを引き連れてエリックは帰ってくれた。去り際、青髪の騎士は私の顔をじいっと見つめていたが、結局は何も言わずについて出て行った。
そういえば、彼だけ名前を聞いてないなぁと思った。
*
治癒院を閉めて、近所にある自分の家に帰る頃にはすっかり遅くなってしまった。
ろうそくは貴重で、村人達は夕暮れと共に晩の食事や眠る準備に入るから、外は真っ暗だ。
一人暮らしの小さな家に「ただいま」も言わずに帰宅すると、居間の椅子に男が腰掛けていた。
「うおッ、びっくりしたぁ……。いつも突然現れないでよ。あと、勝手に家に入らないでって何回言えばわかるの?」
私の文句に、男は尊大な態度でフンと鼻を鳴らした。
「突然以外にどう現れろと? 治癒院で約束を取り付けて、家の外で待っていろとでも?」
「……まあそれは、困るけど」
そう。毎度文句を言うものの、特に解決策の提示は出来ないのだった。
目の前の男には一見して、人ならざる特徴があるのだから。
この国では珍しい漆黒の短髪に、紅い瞳。そして、頭の横からニョキニョキと生えた山羊のようなツノ。
子どもだって一瞬で、ある存在と彼を結びつけるだろう。
魔王、と。
世界の各地に配下である魔物と、魔人とを派遣し、人類を滅ぼしこの星を手中に収めんとする悪の存在。
名前を呼ぶことすら忌みされる彼の者は、2年前に我がヴァンデール王国から輩出した勇者の一団によって滅ぼされた……ということになっている。
「それでアレク、今日は何の用?」
「あの王都の一団、あれは何だ?」
「ですよねぇ……」
アレクとの出会いは2年前に遡る。森で薬草摘みをしていたら瀕死の彼がどこからともなくふっ飛んできたのだ。
治癒魔法をかけてすぐに、彼の体が人間ではない存在であることは分かったけれど、私はそのまま治してしまった。
目の前に救える命があるなら、救える時に救ってしまう。それが、私のカルマだと受け入れるしかない。
結果的にアレクは話のわかるやつだったので、命を救ったことに微塵も後悔はしていないけれど……。
「大丈夫。アレクを追いかけて来たわけじゃないみたい。安心して」
「あの陰気黒髪、お前の髪にせ、接吻していたぞ⁉︎」
「んー……?」
ああ、確かにされたな……。王国での挨拶かな?
「それに、金髪チビは抱きついてたし!」
子どもだからなー。
「極め付けは変態青髪だな。ああいう奴のねっとりした視線が一番やばいんだ」
……何が? これが一番言いがかりだと思うけど……。
「…………えーと、つまり、アレクは何が言いたいの?」
きょとんとした私が真顔で問いかけると、なぜかアレクは赤い顔で目を吊り上げて、わなわなと震え出した。
え……。怒ってる?
「いいか、一度しか言わないからよく聞け。き、貴様は俺のものだ」
「あー……はいはい、分かった分かった」
一瞬虚をつかれたような表情から、アレクの顔に喜びが広がる。
「王都に行くつもりはないから安心して。もっとも、アレクの配下になるつもりもないけどね」
ぱぁっと華開いたような笑顔から一点、苦虫を噛み潰したような顔になった。まったく分かりやすい奴だ。
(分かってない……とんだ大馬鹿野郎だこの女は……ッ)
「ん? 何か言った?」
「何も言ってない!」
やれやれ。すっかりご機嫌をそこねてしまったようだ。
「配下にはならないけど、紅茶くらいは入れるわ」
そう告げて、せっかく尋ねてくれた友人に、最低限のもてなしをするため、私はキッチンへと向かった。
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