第九話:修行
うっかり携帯で連絡をしてしまったため、ぶっ飛びパーティーの尋問を受けることになったが時間的な余裕が欲しいと言って一週間待ってもらうことにした。尋問を受ける対価は夏休みの自由研究。一番時間がかかる課題を押し付けてゲーム時間を確保することにする。
ユニークシナリオだと思うが発生条件も分からなければ、一週間後には終了しているので問題はないだろう。
という訳でダンジョン2日目。
「なんじゃ、こりゃあっ」
いま俺はダンジョンの中を逃げまどっている。隣に浮かんでいるフォルトゥーナは呑気にあくびをしていた。女神でもそんな顔するんですね。
後ろの気配が変わるのを感じて顔だけ振り返る。俺を追っている巨大な百足が鎌首をもたげている。人間を咥え、砕くこともできそうな顎を開けて何かを吐き出した。当たったらまずい奴だろう。急制動をかけて横に飛ぶ。すぐ脇を毒々しい色をした液体が通り過ぎて行った。
「ぬしは鈍間であろう?逃げきりゃせんのだから迎撃せい」
いや、俺の能力値で相手できるような魔物か?おそらくフォルトゥーナが見繕っているんだと思うが、なんか間違ってない?このスパルタ女神がっ!
身体を半回転して収納の腕輪のリストを開く。短剣を抜いて思考加速LV4を起動させる。思考速度は20倍だ。さてどうするか?
「念動力を切らすでないぞ?修練せんと伸びることがないでな」
「わ~~か~~って~~る~~よ~~」
フォルトゥーナはなんで思考加速中なのに普通に話せるんだよ?なんで普通に動けるんだ?
「簡単なことじゃ。思考加速と同じだけ早く動けばいいだけよ」
あ、はい。そうですね。うらやましい限りだ。フォルトゥーナが指を弾く。
「なにかしたのか?」
あれ?思考加速中なのに声が間延びしないぞ?
「儂と話す時だけ通常にした。間延びした声では面倒でな」
フォルトゥーナがそう話すのを聞きながらリストを操作して爆裂石を取り出すと短剣を鞘に戻して思考加速を切った。石を百足に投げつけて爆風の範囲内から逃げるように駆け出す。
「ギギギッ」
爆裂石が百足の外殻に当たり文字通り爆裂した。爆風に追いつかれて背中を押されたたらを踏む。そのまま前転して百足に向き直る。爆裂石が当たった外殻が砕けて赤い組織が見えているが倒し切れてはいないようだ。
再度リストを操作して鋭水石を取り出す。身体を攻撃しても倒しきれない。狙うのは頭。
外殻を傷つけられ怒りに燃えるような百足の赤い目が俺を捕らえる。毒を滴らせた顎を開け、俺に突っ込んでくる。俺にとっては好機!
頭に狙いをつけて鋭水石を投げる。百足の頭に当たった石から水が鋭く溢れ出す。
「あぶなっ!」
まるで石を中心に棘のように放出された水は槍のように百足の頭を貫き、俺の足元に突き刺さった。水の槍をギリギリで躱す俺の横でフォルトゥーナは人差し指を振って水の槍を弾いている。さすがの貫禄だ、ちみっ子なのに。
百足の身体が地面に落ちて崩壊し始めると身体が暖かくなる。ステータスボードを開けるとLVと念動力のLV、思考加速のLVが上がっていた。
「念動力もLV5になったならば石を持ち上げるのはやめじゃな。ぬし自身を浮かせ」
え?浮けるの?フォルトゥーナみたいに?
「早うせんか。先を行くぞ」
ス、スパルタッ!
ダンジョン3日目。
「え~と?」
目の前には大きな馬に乗った首無し騎士がいる。首無し騎士が腰から錆びついた剣を抜くと禍々しい圧が周囲に放たれ、気温を下げているように感じた。
「浮遊したまま奴の攻撃を避けるんじゃ。余裕じゃろ?」
ええ?余裕なの?
騎士が足で馬の横腹を軽く叩き合図を出すと馬が走り出す。一瞬で間を詰められて目の前に錆びた剣が迫ってきた。速っ!
浮いたまま背を反らせて首無し騎士の一撃を避ける。背中を嫌な汗が流れ落ちていった。とりあえずいつも通り収納の腕輪のリストを表示、短剣を抜いて思考加速に入る。ワンパターンなのは仕方ない。攻撃力は3桁までは程遠い。
裂風石を取り出して首無し騎士に投げつけ離れる。念動力で身体を引こうとするとスローモーションで動くようなストレスなく、かなりの速さで後退して壁に当たった。短剣を抜いているし、思考加速は発動していたはずだが?
首無し騎士に当たった裂風石が内なる嵐を開放して鎧や剣、馬を切り裂く。俺が範囲内にいたら間違いなく切り裂かれていたはず。
念動力の説明文を思い出す。
(ものを動かすことができる。LV依存、他の能力値に依存しない)
念動力はLVのみに依存。STRやAGIに依存しない。つまり、プレイヤーがどうしたいかという思考とLVのみに依存するのだ。思考加速とすごく相性がいいスキルではなかろうか?
そんなことを考えている俺を見ながらフォルトゥーナが微笑む。
ダンジョン4日目。
今日の魔物第一弾は狼の魔物。しかも団体さま。四方八方から牙で俺を嚙み千切るべく攻撃してくるが思考加速と念動力を発動している状態では脅威に感じることはなくなった。
「このレベルでは、ぬしを捕えきれんか」
フォルトゥーナが残念そうに言う。いやいや、たまにはいいんじゃない?
「フォルトゥーナ、今日弁当持ってきたから一緒に食べない?唐揚げ入ってる」
「あほうが。神たる儂が食事など摂るか」
狼の攻撃をギリギリ、でも余裕をもって避ける。
「え~。食べようぜ。一人で食べるより二人で食べる方がうまいし」
そう言って念動力で腕を動かして腕輪のリストを操作、唐揚げ弁当を出して唐揚げを箸で摘まみフォルトゥーナの口につっこむ。
「むぐっ」
思考加速中でも念動力で腕を動かそうと思えば通常通り、いや、より速く動かせる。昨日思いついて練習した技だ。思考加速が20倍であれば腕を20倍速く動かしているのと同じ。あまりに速く動かしすぎると筋肉痛で動けなくなりそうだ。
「どうだ?うまいだろ?」
初見だったからか避けられなかったフォルトゥーナが口をむぐむぐさせる。ジト目で見られるけど気にしない。鼻歌も出てしまいそうだ。
「余裕じゃな。少し数を増やしてスピードを上げるか」
唐揚げを飲み込んだフォルトゥーナが指を振ると周りの暗闇からのそりと影が浮かび上がった。背中に冷や汗が出てくる。
「フォルトゥーナ!」
「修練すれば腹も減るじゃろ?」
今日の収穫はスキル、会心の一撃LV1の習得だった。
スキル:会心の一撃LV1(武器を使用した攻撃時に自分のクリティカル発生率を上昇させ、相手のクリティカル発生率を低下させる。変更率はLUK値依存。クリティカル攻撃力はSTR値+LUK値ー相手のDEF値。取得条件は能力値の値、4項目が自分より高い魔物100体を倒す)
STR値もLUK値も低い俺は会心にはならなさそうだ。ははは。LUK値はアイテムのドロップ率にもかかるみたいなので上げておきたいところだ。
ダンジョン5日目。
ミノタウロス。巨大な二足歩行の身体に牛の頭。斧を振り回すけど遅い。経験値稼ぎにちょうどいい。
フォルトゥーナが悔しそうに唇を嚙んでいる。へへへ、成長したろ?
お遊びで会心の一撃も使ってみる。うん、全然効いてない。短剣で殴ったところを掻くな。むかつくな、この牛野郎。
ダンジョン6日目。
「こやつはまだ誰とも戦ったことがないものでな」
「ごぼ、ごぼぼ」
上手く喋れないのはしょうがないだろう。なにせ海の中だ。普通に喋れる方がおかしいのだ。
「戦闘領域は海じゃ。魔物の名はクラーケン。人間どもが船で別の大陸に渡るのはまだ先じゃろうからの」
「ごぼっ・・・・・」
目の前が真っ暗になり、意識が飛びそうになる。TWO初の死亡は魔物との戦いではなく溺死とかシャレにならん。
「ぬしはなにを遊んでおる?」
フォルトゥーナが溺れかけた俺を引っ張り上げる。ダンジョンを満たしていた水は少し水位が下がったようだ。はー、息ができるって素晴らしい。
「念動力で自分のスペースだけ水を押しのければ溺れんじゃろ?」
その状態で目の前にいる巨大な蛸と戦えとか頭おかしいんじゃないか?とりあえず爆炎石は使えないだろうな。海だし。
水の中を飛んでくるようなスピードで俺に向かってくる巨大な触手を視界に入れたまま短剣を抜いてリストを操作する。口の中に鋭水石ぶっこんでやろうか。
ダンジョン6日目の海中戦闘の魔物を変更しました。