第十六話:指名
「着いた~!」
城門で馬車ごと門番さんにチェックしてもらって石畳の道をゴトゴト進んできた。かなり賑やかなところで馬車が停まる。幌から顔を出すと何台もの馬車が停まっていて、御者さんと鎧などを着けた冒険者と思われる人などが話している。先に進む人なのかな?
馬車から降りて背伸びする。椅子が堅かったので少しお尻が痛いけど、そのうち慣れるだろうか。
「ありがとうございました」
商人さんと奥さん、女の子が俺とカケルたちに頭を下げてくる。荷物を積んだ馬車が移動するあとを3人が歩いてついていく。女の子が手を振ってくれるので手を振り返した。
「カリツ、まだ時間あるか?よければ冒険者ギルドに行こう」
カケルが俺に聞いてくるので頷く。冒険者ギルドに行って、依頼を確認したあと宿屋を探してログアウトするか。
カケルたちが歩いていく後についていく。
「セカンデイルに来たことあるの?」
エマに聞くと首を振る。え?どこに向かって歩いてるの?
「大体大通り沿いに冒険者ギルドや生産者ギルド、道具屋なんかもあるから大通りに出れば間違いないんだよ」
そうなんだね。大概の冒険者は大通りだけで事足りるので、路地を入ったりすることは少ないかもしれない。でもミーナとエマのお気に入りのパン屋のように奥まったところにもいいお店がある。セカンデイルも隅々まで歩いてみよう。
「ここだな」
カケルが扉を開けると人々の声が漏れ聞こえてくる。ここも活気がありそうだ。人たちの間を通りカウンターに向かう。おっ、あそこに依頼の紙が張り出されているのか。
「とりあえずカウンターで依頼完了の報告するから待っててね」
キョロキョロ周りを見回すおのぼりさん状態の俺を見てミーナが苦笑いしながら先を促す。
「いらっしゃい」
カウンターに着くと職員のお姉さんが声をかけてくれる。
「依頼完了の報告に来ました」
カケルがそう言って紙を取り出す。その紙には依頼内容と完了した際に御者にしてもらったサインが記載されていた。
「はい、確認しました。あと討伐の証を入れる袋も預かりますね」
トウが袋を取り出してお姉さんに渡す。お姉さんが袋から耳の欠片を取り出して確認する。
「ワイルドボアの耳の欠片、1体はかなり大きな個体だったみたいですね。群れだったみたいですが大丈夫だったんですか?」
お姉さんがそう言うと4人が俺を見る。俺はうんうんと頷いて、それを見た4人もうんうんと頷いた。
「では依頼完了で1万G、討伐報酬が14万Gになります」
「「「「えっ?」」」」
カケルたちが驚いた顔をしている。なんかあった?
「いや、討伐でそんなにもらえると思わなかった」「護衛の依頼よりよっぽどいいかも」
「今回は討伐頭数も多いのでこの金額になります。ただ魔物を倒すのは危険と隣り合わせ、無理はしないようにしてください」
興奮したカケルたちにお姉さんがアドバイスする。無理して失敗したら元も子もないからね。
「本当にこれでいいの?」
受け取った報酬からエマが7万Gをとって俺に渡してくる。俺は受け取ってリュックに入れた。これだけあれば数日分の宿屋代と食事代になるだろう。
「みんな、ありがとな」
俺が4人に向かって礼を言う。
「いや、礼を言わなきゃいけないのは俺たちだろ?」「そうだよ、ありがとな」「またね」「頑張ってね!」
カケルたちがそれぞれ声をかけてくれる。ただ1日、馬車で一緒になっただけだけど全く知らない人よりは絆ができた。カケルたちが出ていくのを見送ってから依頼の紙が貼ってある場所に行ってみる。
採取系から討伐系も数種類あるけどやはり討伐系の依頼のほうが実入りがいいようだ。
「でも初めての依頼だからな。採取のほうがそれらしいし、歩いているうちに周りを見ることもできるだろ」
そう判断して薬草の採取依頼の紙を取る。薬草10枚で100G。地味だけど1回は経験しておいた方がいいと判断した。紙をさっき対応してくれたお姉さんのカウンターに持っていく。
「はい。薬草採取依頼ですね。冒険者カードをお願いします」
カードを出してお姉さんに渡すとお姉さんが首を傾げた。
「カリツさん・・・・・指名依頼がありますがお受けになりますか?」
は?指名?誰が指名したの?俺まだ始めたばかりの初心者なんだけど。
困惑している俺の前にお姉さんが2枚の紙を出してきた。えっ?2件もあるの?
「まず1件は天使の剣様からで採取依頼です。またもう1件は黒翼様からの討伐依頼です」
・・・・・なにやってんだ、あいつら?とりあえず内容を聞いてみよう。
「天使の剣様からの依頼は輝星石の採取です。セカンデイル近郊の『星降る大地』で採取できます。採取できるのは夜間ですね。夜間は魔物も活発化するので気を付けてください。期限はなし。推奨ランクはDになります」
D?俺Fなんだけど?
「黒翼様からはポイズンリザード10体の討伐ですね。期限はこちらもありません。セカンディル近郊の『毒竜の巣』というダンジョンで出現する魔物で討伐推奨ランクはDになります」
天使の剣は推奨ランクを除けば真っ当な依頼かと思うが、黒翼の依頼は明らかに悪戯っぽいな。ポイズンってことは毒対策必須だろう。
「両方受けます」
俺がそう言うとお姉さんが頷いて書類作成に入る。
推奨ランクDなんだが天使の剣の面々が依頼するくらいだから俺でもできると見込んでいるんだろう。また黒翼の依頼は俺が毒攻撃で苦しむのを楽しもうという悪戯かもしれないが無事クリアして闇落ち4人組に吠え面かかせてやる。
依頼が無くてもいろいろ周ってみるつもりだったから渡りに船みたいなものだな。
「では薬草の採取と輝星石の採取、ポイズンリザードの討伐の3件の依頼を受託されました。推奨ランクに到達していませんが失敗した場合、違約金がかかります。また依頼遂行中に発生した事象に関してはギルドは責任を負いませんので了承ください」
そうして3枚の紙と袋をカウンターに置いてくれた。討伐の証を入れる袋だ。
「もし依頼達成が無理だと判断したら引くのも勇気です。くれぐれも気をつけてください」
「ありがとうございます」
お姉さんにお礼を言って紙と袋を受け取ると出口に向けて歩き出す。時間的に輝星石の採取を先にした方がいいと判断した。宿屋を探して休んで夜に備えよう。
「さーて、行ってみるか」
宿屋でセーブしてログアウト、水分補給と栄養補給、トイレなどもろもろ済ませて再度ログインした。勉強もやりましたよ。学生はつらい。時間コントロールは必須技能だな。
宿屋を出て街の出口に向かって歩いていく。大通りの食堂や飲み屋は喧騒に満ちているがNPCとプレイヤーが入り乱れている。楽しんでいるようなら何より。俺と同じように出口に向かって歩いているのは夜の魔物狩りに向かう連中だろうか?
「お、お願いします!」
出口付近で冒険者と思われるパーティーに必死に何かを頼んでいる10代後半くらいの女性、栗色の肩くらいまでの髪に栗色の瞳、ほっそりとしたNPCだ。
「そうは言ってもな」「お前を守りながら魔物とは戦えないぞ」「他をあたってくれ」
冒険者のパーティーは口々にそう言って女性に手を振り、先に進んでいる。
何組かのパーティーに話しかけているが、みんな同じような対応で女性ががっくりと肩を落としているのが見えた。セカンデイルにいる冒険者は大体初心者だろう。カケルたちのようにEランクの冒険者もいるかもしれないけど夜は魔物が活性化するらしいから冒険者でもないNPCを連れて行くのはリスク以外の何物でもない。
俺がそう考えながら女性の横を通り過ぎようとしたとき、顔を上げた女性と目が合ってしまった。女性は俺が一人で歩いているのを見て逡巡する。パーティーでも断られるんだからパーティーを組まないような俺に声をかけない方がいいと思うよ、うん。
「あ、あの・・・・・」
女性が切実ともとれる声音で俺に話しかける。あちゃあ、声かけちゃうの?
「私を星降る大地まで連れて行っていただけませんか?」
・・・・・行先は一緒か。でも、なんで?
「星降る大地にある洞窟奥の希求花を見に行きたいんです」
希求花?
「希求花はとても特別な花で、いつ咲くのか分からなくて、でもどうしても咲いている花を見たくて・・・・・」
ふむ。でも咲いてるかどうか分からない花なら今日でなくてもいいのでは?
「運が良ければ開花に立ち会えるんです。なら毎日通えば見ることができる可能性も高いって考えて」
確かに咲くまで通えば見ることはできるだろう。
「お願いします!連れて行ってくれたら何でもします!お願いします!」
女性が俺の手を取って胸の前で握り締める。
「えーと。一緒に行っても咲いてないかもしれないけどそれでもいいの?」
俺がそう尋ねると女性が頷いた。その眼差しはとても強いものだ。
・・・・・大丈夫か?もし二進も三進もいかなくなったらNPCを抱えて離脱すれば問題ないか?NPCだから俺の能力値がバレることもないとすれば問題ないか?
「分かった。俺も星降る大地に行くつもりだったから丁度いいかもな」
俺がそう言うと女性の顔が明るくなった。
「ありがとうございます」
目尻に滲んだ涙を指で拭いながら笑顔でそう言う。俺が促すと街の入口に向けて歩き出した。
「私、ミオといいます」
連れて行くだけなのでパーティーにはならない。ステータスも分からないし武器もなく衣装もゆったりとしたシャツとスカートという普通のものなので戦力にならないことは明らかだ。
「俺はカリツ。輝星石の採取に星降る大地に行くFランクの冒険者だ」
俺がそう自己紹介するとミオが困ったように眉を寄せた。Fランクといったからか?しょうがないんだよ。冒険者ギルドで依頼受けるのは初めてなんだから。