第十二話:登録
「う~ん、よく寝た」
ファストラスの宿屋でベッドから起き上がる。実際の身体は眠っているんだけどね。雰囲気、ロールプレイは重要だよ。
さて、尋問を受けて帰宅してからログインした。次の街セカンデイルに行くには午前中の馬車でないとその日に着くのは難しいらしい。今日はこまごました用事を済ませてしまおう。
「冒険者ギルドに登録していいかな」
フォルトゥーナのおかげで戦う術ができた。HP、MP、DEX、LUK以外はすべて0というよく分からん構成だが極振りを極めた極々振り。それでも攻略は諦めない。
あとは旅の用意だ。ポーションや必要なアイテムを見繕わなくてはいけない。
「ま、とりあえず冒険者ギルドに行くか」
魔石も買い取ってもらえればありがたい。
「ん?」
冒険者ギルドの建物に人が集まっている。なにかあったのだろうかと人をかき分け中に入る。ええい、俺はギルドに用事があるんだ。STR0でも人をかき分けることぐらいはできるぞっと。
「おわっ!」
かき分けたあとに反動からか押されてしまい倒れこむように最前に出てしまった。痛いな、本当にも~。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます?」
目の前に差し出された細い白銀の籠手に包まれた手を取り立ち上がらせてもらう。顔を上げると初日に遠目で見た黒髪の騎士の姿が見えた。ひえっ!
急いで周りを見るとボブヘアの白いローブの魔術師もいて俺を見ている。
「サーラ、スノウ、お前たちが待っていたのはこの男か?」
二人の傍には大きな盾を持った赤髪の女性と、同じく赤髪の黒いローブと黒い帽子をかぶった女性が控えていた。盾の女性の頭の上にはリーン、黒いローブの女性の上にはアオイという名前が表示されている。
なに、なに、どういうこと?待ってた?聖騎士と大司教が俺を待ってたの?なんなの?
パニクりながらも足は後退していく。サーラとスノウが俺を見ているのが分かると足が止まってしまった。うしろの野次馬たちはざわざわと騒いでいるのが鬱陶しい。
「プレイヤー名はカリツか?驚かせてすまない」
リーンが一歩前に出て俺に声をかける。
「ギルド長に頼んで建物内の一室を借り受けている。ここでは落ち着いて話もできないだろう。ついてきてもらえないか?」
アオイが身体を傾けてカウンターの奥を促す。サーラとスノウは揃って俯いてしまっていた。
言葉は丁寧だ。思考加速と念動力を駆使すれば逃れることはできるだろう。また使わなければ素早さが0、攻撃力0、防御力0の俺にはこの4人からは逃れることはできない。
一室を借りていると言っていた。いくらなんでも冒険者ギルド内で戦闘にはならないと考えて一歩足を踏み出す。誘導に従って進む俺を見てリーンとアオイの表情が緩んだ。
「改めて挨拶をさせてもらおう。私はリーン、このパーティー『天使の剣』の守護者をしている」
「私はアオイ、大魔術師ね。よろしく」
目の前に座る二人が自己紹介をする。守護者と大魔術師、いずれも位の高い職業なんだろう。聖騎士や大司教と肩を並べるほどに。左手で座るサーラとスノウは身体を小さくさせている。
「えーと、初心者のカリツです?まだ初めて15日。無職です」
俺がそう自己紹介するとリーンが眉を寄せてアオイと顔を見合わせる。嘘は言ってないぞ?
フォルトゥーナから貰った装備一式を着けたら職業選択に今まで出ていた傭兵や聖戦士、錬金術師が消えてしまった。おそらく4つの能力値が0になったから条件を満たさなくなったのであろう。
「まずはうちのパーティーメンバーが迷惑をかけたことを謝罪させてもらいたい」
おそらく初日に城門の前で待っていたことだろう。それでファストラスを出禁になったと聞いたが。
「二人のたっての願いでな。私が口利きしてギルドに許可をもらったんだ」
これだけでリーンというプレイヤーが並々ならない存在であることが理解できる。ギルドでの立ち位置と影響力、最前線プレイヤーか?
「最近メンバーのサーラとスノウが心ここにあらずな状態が続いていてね。そうかと思うといきなりファストラスに転移していたりするので困っていたんだが話を聞いてみると君を待っていたようなんだ」
は?なんで?
「このままではパーティーとしても問題だと思って話を聞いてみた」
アオイがそう言ってサーラとスノウを見る。
「サーラ、スノウ」
リーンが声をかけると二人が赤い顔を上げて手元で何か操作している。ステータスボードか?
「「お願いしますっ!」」
二人が手を止めると俺の前に半透明のメッセージボードが現れる。
『サーラがあなたにフレンド申請をしました。フレンド登録しますか? Yes or No』
『スノウがあなたにフレンド申請をしました。フレンド登録しますか? Yes or No』
えーと?ん~、いや、どういうこと?俺が顔を上げてリーンとアオイを見る。リーンとアオイは俺を見て手元で操作した。
『リーンがあなたにフレンド申請をしました。フレンド登録しますか? Yes or No』
『アオイがあなたにフレンド申請をしました。フレンド登録しますか? Yes or No』
ちげーよ。別にお前たちはしないのかって見たわけじゃない。なんでこんな状況になってるのか説明を求めたんだよ。どうすればいいんだよ?まだ無職の初心者が最前線プレイヤー4人とフレンド登録なんかしていいもんなのか?
「私たちのパーティーはTWOの前線を進んでいると自負している。ギルドとの繋がりも強い。フレンド登録しておいて損にはならないと思うが」
リーンがそう言い、アオイが俺を見てサーラとスノウがコクコク頷いている。
観念して4つのYesを指で押した。ステータスボードに新しくフレンド欄が現れる。
フレンド:リーン(守護者)、アオイ(大魔術師)、サーラ(聖騎士)、スノウ(大司教)
はぁぁ。たぶん4人のフレンド欄にはカリツ(無職)とか出てるんだろうな。
「カリツ君は無職ということはまだ冒険者ギルドに登録していないのかな?」
アオイがそう聞いてくるので頷いた。
「今日登録しようと思ってここに来たんだ。あと買い取ってもらいたいものもあって」
そう言ってリュックに手を入れ、手元を隠してから収納の腕輪からホーンラビットの魔石(最上級)を取り出す。フォルトゥーナから貰ったものは現時点ではなるべく開示しない方がいいという判断だ。
「スノウ、ギルドの職員と鑑定士を呼んでくれ」
魔石を手に取ったリーンがスノウに声をかける。ラッキー!ここで登録と買い取り手続きをしてくれるみたいだ。
アオイの問いにも違和感が残る。冒険者ギルドに登録すれば無職じゃなくなるのか?
「ああ、冒険者ギルドに登録すれば冒険者という職業が登録できるはずだ。能力値は問わず街での宿泊や買い物、ギルドでの買取価格が有利になる」
おおー、いいじゃん。割引は嬉しい。
少し待つとギルドの職員さんらしき人が入ってきた。お姉さんが書類の説明をしてくれて、おじさんが魔石を見てくれている。注意事項などの説明とサインをして登録手続きが完了した。
「じゃあ、登録票を作ります。初めての登録で実績もないのでランクFから始めます。職業も登録するのでもし職業が変わったりしたら近くの冒険者ギルドに申請してください。街へ入るとき手続きが簡便になりますので失くさないでくださいね」
そう言ってお姉さんがカードを渡してくれた。
「あ、あともしギルドに資金を預けておけば提示するだけでお店で買い物ができるので便利ですよ」
ここでもキャッシュレスは進んでいるんだね。
「リーン様、こちらの魔石なのですが」
おじさんが魔石から顔を上げてリーンに声をかける。買い取ってもらえないのだろうか?
「かなり高品質の魔石です。いままでこのようなものは見たことはなく献上品にしても申し分のないもの。買い取り価格もここでは正確には出せません」
・・・・・なに?いいもの過ぎて買取できないってこと?
「どこならば正確な買取額を鑑定できる?」
「おそらくシクスティーリアなら可能かと」
鑑定士の言葉にリーンの顔が驚愕に染まった。シクティーリアってなに?街の名前?
「シ、シクスティーリアは私たちが拠点としている街です。今のところ一番最後に見つかった街です」
サーラが説明してくれた。
「最前線の街でしか鑑定可能ではない魔石かぁ。カリツ君、君はこれをどこで手に入れたの?」
アオイが聞いてくる。
マズい。フォルトゥーナのダンジョンで得たものは出さない方がよかったのか?クラーケンの魔石と素材もあるけど絶対見せられないんじゃないか?
「え、えと。もしかしたらユニークシナリオでの獲得かもしれないので」
スノウがアオイにそう話す。ユニークシナリオであるならば秘匿するのも無理はない。無理に聞き出すことはマナー違反だし、聞き出したいならそれ相応の対価を示さなければならない。
「ああ~、そうだよね。ごめんね。まだ私たちが知らないことも多々あるんだよね」
アオイが納得してくれた。でも困った。買い取ってもらって旅の準備をしようと思っていたんだが買取不可なら他の手段を考えなければ。
「もし預けていただけるなら鑑定終了した際にギルド預かりで代金をお支払いしますよ。手付として100万Gお支払いします」
マジで?
「カリツ君、どうだろう?私たちも証人になるので預けては?少し時間がかかるかもしれないしな」
リーンが言うのに頷いた。とりあえずの資金は確保できるし最前線の4人が証人ならギルドも下手なことはできないだろう。
「では、さっそく鑑定に送ります」
おじさんがそう言って部屋を出ていく。これで冒険者ギルドで行うことは終了した。
「カリツ君はこれからどうするんだい?」
リーンが尋ねてくるので旅に必要なものを買い出しして明日セカンデイルに旅立つことを伝える。
「そうか。サーラ、スノウ、買い物に一緒に行き先々必要なものを一緒に選んであげればどうだ?」
「「はうっ!」」
リーンが悪戯っぽく笑いながらそう言うとサーラとスノウが固まった。
いや、聖騎士と大司教に買い物に付き合わせるなんて畏れ多いのではないだろうか?