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余聞:運営①

「問題はないか?」


大声を出したわけではないがシステム統括室室内に俺の声が木霊した。いつも問題ないと報告を受けるが習慣化しているので確認してしまうのは仕方がない。なにより俺の精神の安定を得る手段は他にないのだから。


Tomorrow World Online発売当初は報告はだいぶ違っていた。バグの修正、プログラムの改変、ハッカーによる攻撃など問題は山のように出てくるのが常だった。問題解決のために三徹し、気を失って目覚めた二日後には気を失う前以上の問題が山積していたのはトラウマだ。


そんな地獄のような日、夜を幾多も過ごし、ようやく一息付けたのは発売から三か月が経過してからだった。まだ気は抜けないがAIによるシステム運営と24時間交代制で人の目を通すシステムチェックを行っているのでトラブルは劇的に減っている。


問題ないというスタッフの言葉を期待し、問いかけた言葉の返答を待つ。


「あ~、舞沢(まいざわ)室長、ちょっと問題が」


期待を裏切る返答をくれるのはシステムチェックを行っている苣木(ちさき)だ。見ると苣木以外もシステム統括室にいるエンジニアはすべてモニターを注視していた。


問題があるといった苣木のデスクに近寄って、座って俺が近くに行くのを待っていた彼と向き合う。目を見ながら頷き、どんな問題が発生したのか説明を促した。心の準備は大丈夫だ。


「問題、なんですかね?フォルトゥーナがプレイヤーに接触しました」


すべての言葉が理解可能という訳ではない。同じ日本語でも理解不能である場合も人生経験上何回か経験してきた。その上でもう一度苣木の言葉を反芻する。うん、訳が分からない。


「すまん、もう一回言ってくれるか?」


「フォルトゥーナがプレイヤーに接触しました」


苣木の言葉は繰り返された。膝が力が抜けるように震えてくる。いや、そんなことないでしょ?


「分岐はつけといたんですよ。チュートリアルの森でプレイヤーが一週間滞在すると発生する場合があると」


それは分かっている。許可を出したのは他でもない俺だからだ。期待され世に送り出されたTWO、そのチュートリアルに一週間もいるプレイヤーは想定できなかった。すべからくVRMMOの世界に入るプレイヤーは未知の地を目指し、そして自分の目的を追求するものだ。一週間、角兎と遊んでいるだけのプレイヤーのなんとシュールなことか。


壮大な物語の陰に隠れたお遊び要素のはずだった。


「いや、それでも最終的な判断はAI『フォルトゥーナ』に任せてあるはずだ」


そう、分岐はつけたとしても実際にプレイヤーに接触するか否かはフォルトゥーナ自身が判断するようにプログラミングしたはずだ。TWOを統括するAI『フォルトゥーナ』が。よほど興味を持ったということか?


「ちなみになんだがフォルトゥーナが接触したプレイヤーはどんな構成なんだ?」


TWOのシステムの根幹を成すAIが接触を希望するプレイヤー。チュートリアルの森で起こった出来事だということはまだ始めて間もないはず。なにが分岐になったのか?


苣木が横の七木田(ななきた)に目を向けるも七木田は目を合わせない。観念して溜息を吐き苣木が話し出す。


「プレイヤーはDEX極振りでギフトスキルは念動力。角兎相手に思考加速のスキルを発現させました」


報告に目の前が暗くなるのを感じた。


念動力はリセマラせずに今現在使用しているプレイヤーはいないはず。雑誌でも使いどころの分からないクズスキルと酷評されているから新規プレイヤーで使っているのはよほど物好きとしか言えない。


思考加速は発現可能性が限りなく低いスキルだ。自分より高LVの魔物10体以上に囲まれた時点で勝敗はつきそうなものだし、倒せば条件達成は難しくなる。生き残ることも難しいのに倒さず一定時間避けるだけのプレイヤーがいるのか?


「DEX極振りなら回避するための機動力、スピードが足りないはずだろう?なぜ発現した?」


苣木が目の前のモニターに目を移し、キーボードを操作する。壁にかけてある大型モニターに映像が映し出された。映像の中では布の服といった初期底辺装備の銀髪、青目の男が襲い来る角兎を身を反って躱し、短剣を突き付け戦っている姿が映っている。ギリギリだ、ギリギリとしか言いようのない移動で角兎の攻撃を躱していた。


「たぶんもともとの動体視力がいいのと行動予測がうまいんでしょうね。それがDEX極振りしたことでアバターの操作性も向上したことからこんな曲芸じみた見切りができるんだと思いますけど」


苣木は達観したような話し方で説明をする。


「お遊び要素がそんなに重なることはあるのか?」


愕然としながら呟いてしまう。


念動力はLV3で周囲50mの拳大の石を動かす使い勝手の悪いクズスキル。使用初期のLVでは何の役にも立たないお荷物スキルだがLVアップ、使用方法、スキルの組み合わせによっては環境すら変える化け物スキルに変貌する。まして思考加速との組み合わせはマズい。念動力は思考依存スキルであり身体などの物理的な制約を受けない。


お遊びとして入れた隠し要素。使いこなせればどんなプレイヤーをも凌駕する可能性のある二つの凶悪な組み合わせスキルが新規プレイヤーに入り込んだ。


「たぶん、フォルトゥーナは念動力のLVアップとプレイヤーのLVアップに力を貸すでしょうね」


苣木がつぶやいた言葉が俺を現実に引き戻した。


「今から対策をしておいた方がいいと思うか?」


苣木を見ると頷いている。


「必須かと思いますよ。念動力は銃とは違いますからね。フォルトゥーナもスキルの改変には賛成しないでしょうし武器種みたいにSTR依存にもできないですから」


徹夜覚悟の調整、フォルトゥーナがプレイヤーを育成するまでの時間は短い。猶予としては一週間といったところか。


「アップデートは一週間後、探知系スキルと防御スキルの改善が最優先。ただプレイヤーには何が起こっているのか察知されないように」


それぞれの部署に指示を出す。


「このアップデートに失敗すれば探知できない攻撃で、気づかないうちに死亡する事案が多発する可能性がある。そんなものはゲームじゃない。遊びが最悪の形で発現しないよう手を打つぞ。苣木、分岐も消しておけ。第二、第三の化け物が出現するのは許容できない。あと実働隊のLV上げを急がせろ。必要なら上限解放も併せて検討。このプレイヤーが暴挙に出るようなら分かっているな?」


発破をかけ、次の行動を思案する。まずは妻に電話して着替えと夜食を持ってきてもらおう。長丁場になりそうだ。

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