第一話:始動
「ようやく手に入れたぁ」
長かった、それ以外の言葉が思い浮かばない。両手で高々と掲げるPP樹脂製のケースとその中に入っているディスク、これを手に入れるために費やした時間と労力を考えると溜息が出そうなものだった。でも満面の笑顔を浮かべているのが自分でも分かる。時間と労力、それらを超える価値がいま手の中にある。
「でも意外だったよ」
俺は鮮やかな青い空とどこまでも広大な大地を連想させるパッケージに書かれた『Tomorrow World Online』の文字から目の前に立っている女性に目を移した。長いストレートの髪を無造作に束ね、整った顔に頬杖をつきながら俺の顔を見るこのゲーム店の店長、早川さんだ。20代後半?で現在婚活中「余計な事言わなくていいよ」あれ?口に出てたのかな。
「律くんなら発売直後に買ってやりこんでいるんだとばかり思ってた」
『Tomorrow World Online』が発売されたときは結構な騒ぎになっていたことを思い出す。新しく立ち上げられたゲーム会社が発売するゲーム第一弾では異例だったけど事前に公開されていたゲーム内の映像とテストプレイしたプロゲーマーが操作性を絶賛していたこともあって厭が応にも期待が高まった。
「リアルで旅行に行ったから買えなかったんですよ」
俺は正直に早川さんに答える。
俺、御法川律は『Tomorrow World Online』発売前、話題になる前にリアルで旅行に行ってしまい金欠だったのだ。実生活もゲームも楽しんでいるので後悔はしていないけど、していないけど。
テレビやネットで話題に上るたびに口惜しい思いをして、なんとか金欠を打破できないか策を練った結果、家事手伝いという職を得て少しずつ貯めた結果三か月半という時を経て手に入れたのだ。
「たぶんガチ勢は遥か彼方に行ってると思うよ」
VRMMOである以上突出したプレイヤーは結構いるらしい。
ある者は迷宮探索で宝と名声を得ようと、ある者は冒険者の組合で上り詰めて領主や王に至る権力を得るために、またある者は名匠といわれる技術を得ようと努力しているようだ。
『Tomorrow World Online』の特徴はその自由度にある。広大な世界でそれぞれの目標を達成するため、みな日々活動している。
農作業をしながらスローライフを送っているプレイヤーもいるらしい。現実で擦り切れているのだろうか?疲れた時にはスローライフ、もありかもしれない。
「TWOもステータスの割り振りもできるし、ギフトスキルっていう技?も優秀なものを選ぶためにみんなリセマラに時間を割いてるらしいけど律くんは今回も極振り、禁リセマラでいくのかな?」
早川さんに尋ねられてうなずいた。俺のプレイスタイルはどのゲームでも統一している。
「難儀な性格だねぇ」
早川さんは呆れたような、それでいてどことなく優しい目で俺を見る。
「現実はそんな尖ったことにはならないし、どんなものにも必ず理由があると思うので」
実際俺のステータスはそんなに尖っていない。体力(HP)、腕力(STR)、器用さ(DEX)などそこそこ平均的、スキルは家事手伝いに旅行で培ったサバイバル術とコミュニケーション能力の後付け、職業は高校生なのでどこにでもいる一般人だ。
「ガチ勢と競い合う気はないですし、効率的にゲームを進めるのが目的でもないのでいつも通りいきます」
自由度が高いとはいえゲームである以上大きな目的は設定されているはずだ。
いまは見えなくとも。
目的に向かって一直線、効率的に立ち回るなら極振りや禁リセマラは無用な枷だろう。順当なステータスとランダムに選ばれるような不確定なものを排除して最適と思われるスキルを得たほうがゲームを進めやすい。
でも俺は効率的に攻略したいのではなくゲームを攻略の過程も楽しみたい。
「プレイヤー名もいつも通りカリツなのかな?」
早川さんの再度の問いに肯定するように頷いた。いままでプレイヤー名まで聞いてくることなんかなかったけどと不思議に思う。
「いや、うちでも何人かにTWOを売っているからさ。もしかしたら律くんも知り合いとTWOで会うかもしれないじゃないか」
そう言って早川さんが入口のほうに目を向けると入り口近くの棚で何かが動いたように見えた。
うん?
「まぁ、言っても無駄だろうけどあんまり沼るんじゃないよ。水分補給と食事、休憩はしっかりね」
「はーい」
早川さんが手を振ってくれるので俺も手を振り返して店の入口に向かって歩き出す。頭の中では既に帰宅してからディスクをセットしてVR用のヘッドセットを装着してベッドに横たわる自分を想像していた。明日は日曜日なので少しくらい夜更かしをしても問題ないだろう。
少しずつ早足になって家路を急ぐ。
《ゲーム店「ノーチョイス」早川恵理》
「どう?」
私が二人が隠れているであろう方向に声をかけるとゲームソフトを並べてある棚から女子高生が姿を見せた。制服は律くんと同じ高校のもの。
「あ、ありがとうございます。早川さん」
「プレーヤー名カリツ。最初の街で待っていればきっと会える」
女子高生二人は胸の前でこぶしを握り頷きあっている。
「でも律くんはいろんなゲームで遊んでいるからTWO初めてって言っても攻略早いかもしれないよ?」
私がそう言うと二人は不安そうに私を見てきた。
「私っ!頑張ってLV60くらいになったんですけど付いていくのは難しいですか!?」
「私も頑張ってLVあげたんですけど足りないですか!?」
「いや、LV60って今の最前線LVでしょ?紗良ちゃんも有希ちゃんも最初の街じゃ浮いちゃうんじゃない?」
この二人、水無瀬紗良と五百雀有希はTWO発売日に購入していった。曰く友達になりたい人に近づくためらしい。
「律くんも罪な子だねぇ」
紗良ちゃんと有希ちゃんが初めてお店に来た時のことを思い出す。
「「御法川くんが買うようなゲームを教えてくださいっ!!」
二人が真っ赤な顔で揃って頭を下げてきたときは何事かと思ったけど話を聞いてアドバイスしてからだいぶ時間が過ぎていた。
「律くんもようやくTWOデビューだからね。買うのがだいぶ遅れたけど当初の予定通り。頑張ってね!」
「「はいっ!」」
二人の元気な声を微笑ましく聞きながら私、早川恵理はTWOを購入したゲーム好きな男の子を思い浮かべた。
(律くん、LV60オーバーの女の子二人が狙ってるよ?どんなゲームライフを送るのか楽しみだね)