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紅金魚

作者: キラ子

「ねぇおじさん これ飲んで」


白い肌に長い黒髪が映える、凛とした少女だった。


「飲めるよね?いつもスト0 買ってんの見てるし」


いきなり話しかけてきた不審な少女がズイと渡してきたのは、残量 1/4になった そこそこ上等の焼酎 だった。


「飲めなくなっちゃったんだよね これ。でも飲まないとさお酒がかわいそうじゃん。だからさ おじさん飲んであげてよ。」


いやお前不審なんだよ 飲めるかよ。


「毒じゃないから心配しないで 毒見してあげるよ。」


飲み口に口をつけない見事なインド飲みで彼女は微量の酒を口に含み、それを 排水管にブゥッと吐き出した。

俺が好きなプロレスラーの毒霧に似てた。


酒がかわいそうって言ったくせに それはかわいそうじゃないのかよ。


「だっておじさんこれ見て楽しんだでしょ。だからOK」


勢いに押される形で、普段 購入候補もに上がらない そこそこ上等の酒を押し付けられる羽目になった。


安いだけが取り柄の、そういう色と錯覚するほどタバコのヤニで部屋中真っ黄色になったボッコボコの四畳半で、存在が奇跡みたいな熱伝導式のコンロで数年ぶりにわざわざお湯を沸かした。


発泡酒や、ストゼロや、酒は景気に比例してまずくなった。戦後にメチノール 飲んで目をつぶした奴がいるらしいことを思い出しながら、湯飲みに酒を注ぐ。酒が6 お湯が 4、昔ながらの梅干しを入れる。甘ったるい女々しい蜂蜜のあま〜い梅干しじゃなく、シワッシワのババアがつけたみたいな、ゴリゴリの塩の結晶にまみれた梅干しだ。箸で潰して赤色になった液体に、激辛七味を尻が痛くなる寸前まで入れる。俺はこれを 「紅金魚」と呼んでいた。ただの「金魚」は梅を入れない。


うまい。


あー、そういえば俺は「紅金魚」が好きだった。冷たい安酒は、好きで飲むようなもんじゃない。人生が辛くて苦しいから、法律の範囲内でラリるために飲む。


少女はよく会うようになって、その度に微妙に上等な酒の残りをくれた。

日に日に増えるピアスや痣や目元の落ちたメイクは、見ても触れてもいけないと思った。

人との関係を続けるコツは、色々全部ナアナアにすることだ。


派遣先が変わって「いつもの コンビニ」が変わって、俺は しばらく彼女に会わなかった。


「おじさん 久しぶりじゃん。

飲むでしょ??」


彼女は手も足も棒みたいで、なんか全身が黄色とか紫とか赤色で、白いとこがなくて、新しく開けたらしい 無数のピアスはボコボコに腫れて血が出ていた。彼女は初めて、未開封の缶を俺に差し出した。

「昔はこういうの注射器で毒入れて人殺すの 流行ったらしいよ。いつもの毒見しとく?」


「いやいいよ」


今後生きて、何かいいことが享受できる可能性 より、今死んで幸せになれる可能性の方が高いから。「若さ」を失った命は悲しい。

残り粕だ。


少女は初めて、俺の隣でカシュッと缶を開けると、9%を飲み流した。苦しみは流れ落ちて、もう胃の中だ。


少女は昨日見たいまいちなバンドの話をするように、こぼした。

「私さぁ 投げつけられた酒って飲めないんだよね。そんなに欲しけりゃ飲めよって投げられんの。そんなもん飲めるかよって。

でもさ酒に罪はないじゃん。だからおじさんに飲んでもらってたの。なんかごめんね。


美味しかった?」


「ああ」


この子のくれた酒を飲むたびに 俺は俺の好きな酒を思い出して、俺は俺を思い出した。



「〇〇!!〇〇!!!」


ぎょっとした。彼女の目は真っ黒だった。


「どこ行ってたんだ!!やっと見つけた!!

1時間も探したんだぞ!!!おれの家族全員大騒ぎで…わかってるのか??警察も呼んだんだぞ??!


ああ……、また人様にご迷惑をおかけして。うちのものが多大なご迷惑をおかけしてしまって大変申し訳ありませんでした。

何か物を壊されたり、吐いたものでお洋服 汚されたりされませんでしたか?

もし何かありましたらすぐに弁償させて下さい!!」


「いやそんなことは」


慇懃なほど礼儀正しく、恐ろしいほど完璧に表情筋を駆使する その男は無機質で、俺が彼女と同じ缶を持っていることに気がつくと、視線の温度が2度下がった。

何の根拠もないのに「ああこいつが」と思った。



「優しい人で良かったね。本当にありがとうございます。

〇〇も謝って!大人なんだから、一応。


お恥ずかしい話、ひっどいアル中なんですよ。暴言も虚言も 自傷もせん妄もひどくて、酒飲むたびに暴れて迷惑かけてそのくせせん妄のせいで何かされたって大騒ぎして人様に心配かけて……。私事なんですけど 本当に困ってたんですよ。あなたみたいな優しい方が保護してくれていて本当に良かった。放っとくと何するかわからないもので。


さ、帰るよ、〇〇」


〇〇の手はギュウギュウと握られて、男の手袋には彼女の開けたての穴から血が垂れていた。箸で穴開けられて潰れた梅干みたいだった。〇〇は引きずられるように闇夜に姿を消した。


多分これでもう2度と、会うことはない。


俺は彼女の名前を思い出せない。

ただ「紅金魚」を、思い出す。

ちなみにおじ宅のシャワーは7分100円の共同だし少女宅は10分超えると親にガス消される

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