確信《ヴィンセント side》
さて、どうするか……とりあえず様子見しかないけど、早めに原因を解明しないとダメだな。
セシリアのことになると、良くも悪くも我慢が利かないから……長い間、殺意と嫌悪感を隠し通せる自信がない。
「今日限りのイレギュラーで終われば、よし。もし、そうじゃないなら……徹底的に正さないと」
────と、宣言した翌日の昼頃。
執事から花嫁修業の進捗具合を聞いて、僕は嘆息していた。
だって、どう考えても公爵夫人の実務を教えられるような状況じゃないから。
基本の『き』すら知らないんじゃないか?と、疑うほどの酷さだ。
領地経営はさておき、屋敷の管理すら出来そうにないレベルって……一体、どういうことだい?
だって、彼女は実家で嫌というほどその仕事をこなしてきたじゃないか。
確かにエーデル公爵家とクライン公爵家じゃ違う点も多いだろうが、基本的なことは同じ。
なのに、これって……。
セシリアに考えてもらった予算配分の書類を眺め、僕は額を押さえる。
『明らかに数字が偏っている……』と零し、小さく頭を振った。
「それで、母上はなんと?」
『セシリアなら、直ぐに実務を覚えられるだろう』ということで、花嫁修業は僕の母が中心となって行っている。
なので、この酷い予算案も母が目を通している筈なのだ。
「えっと……奥様は『セシリアちゃんったら、疲れているみたいね。しばらく花嫁修業はお休みにしましょう』と言って、早々に講義を切り上げました」
「つまり匙を投げた、と……」
『さっさと見切りをつけたか』と苦笑する僕に、執事は何とも言えない表情を浮かべる。
母の性格上、また教鞭を執る可能性はかなり低いため嘘でも『そんなことはありませんよ』と言えないのだろう。
母上に背を向けられたとなると、この結婚も難しくなるかもしれないね。
多分表立って反対はしてこないだろうけど、無言で圧は掛けてきそうだ。
さすが僕の生みの親とでも言うべきか、気に入らないものは徹底的に無視するか、潰すかの二択しか持ってないから。
『仕方なく受け入れる』ということは、一切しない。
『下手したら、僕ごと切り捨てられるかなぁ』と思案しつつ、執務机に手を置く。
「セシリアは今、どこに居る?」
「中庭でティータイムを……」
「呑気だねぇ……それとも、見放されたことに気づいていないのか。まあ、何にせよ好都合」
────彼女の正体を確かめるチャンスだ。
とは言わずに、ニッコリ微笑む。
既に確信へ変わりつつある疑いを胸に秘め、僕は立ち上がった。
「じゃあ、僕も行くとしよう────でも、その前に」
僕は執事にあることを耳打ちし、その場から離れる。
『一体、どういう反応をするだろうか』と考えながら、中庭へ行った。
すると、こちらに気づいたセシリアがパッと表情を明るくする。
「ヴィンセント!会いに来てくれたの?」
「ああ。僕もご一緒していいかな?」
「ええ、もちろん!」
ニコニコと機嫌良く笑い、セシリアは足を揺らした。
『嬉しい』と全身で表す彼女を前に、僕は向かい側の席へ腰を下ろす。
「果実水を」
給仕係の侍女にそう指示すると、彼女は『少々お待ちください』と言って席を外した。
そして五分ほどしてから中庭に戻り、果実水の入ったカップを僕へ渡そうとする。
が、小石に躓いてしまい、バランスを崩した。
結構派手に転ぶ彼女は、うっかりカップを取り落とし────中身をセシリアに掛けてしまう。
と言っても、汚れたのはドレスの裾だけ。直ぐに乾かせば問題ない。
でも────
「ちょっと、貴方!何するのよ!?」
────セシリアは声を荒らげて、怒鳴り散らした。
『このドレス、いくらだと思って!』と喚く彼女を前に、僕は席を立つ。
テーブルに手をつく形で身を乗り出し、彼女の肩を掴んだ。
「────誰だ?お前」
予想以上に低く冷たい声が出て、自分でも驚く。
だが、この感情を……衝動を抑えることは困難だった。
コレは確実にセシリアじゃない。
だって、僕の知っている彼女なら真っ先に侍女の体を心配する筈だから。
ドレスなんて、二の次だ。
『仮に腹を立てたとしても、こんな風には怒鳴らない』と考え、確信を持つ。
まさか、こんな茶番に付き合わされるとはね……僕も舐められたものだ。
バレないとでも思ったのかい?
『見くびるなよ』と内心激怒し、僕は偽物をグチャグチャにしたい衝動へ駆られた。
が、既のところで思い留まる。
本物のセシリアがどこに居るかも分からない状況で、行動を起こすのは危険だから。
『最悪、消されかねない』と危機感を抱き、何とか怒りを鎮めた。
と同時に、顔へ笑みを張り付ける。
「ふふふっ。なんて冗談だよ。いつものジョーク」
「い、いつもの……」
「そう。セシリアなら、分かるよね?」
無論こんなジョークを言ったことなど一度もないし、僕はいつでも真剣だが、敢えて日常茶飯事であることをアピールする。
そうすれば、この偽物は納得するだろうから。
「は、ははははっ……そうですわよね。私ったら、冗談を真に受けてしまいましたわ」
案の定とも言うべき反応を示し、偽物は震える指先を握り込む。
彼女なりにセシリアを演じようとしているのだろう。
まあ、全くもって似ていないが。
どちらかと言えば、そうだな────アイリス嬢に似ている気がする。
分不相応という言葉が似合う無礼者を思い浮かべ、僕はスッと目を細めた。
だって、考えれば考えるほど彼女としか思えないから。
となると、本物のセシリアは今────。
エーデル公爵家のある方向を振り返り、僕は『こっそり確認してくるか』と思い立つ。
さすがに堂々と彼女の元を訪れるのは、不味いと思って。
僕の予想通りなら、エーデル公爵達もこの件に一枚噛んでいる。
下手に動けば、警戒されるだろう。
『今後のためにも、慎重に事を進めないと』と自制し、僕は空を見上げた。
待っていて、セシリア。
君と僕の仲を引き裂く物や者は、徹底的に排除するから。