違和感《ヴィンセント side》
◇◆◇◆
────時は少し遡り、クライン公爵家までやって来たセシリアを出迎えた時。
まず、馬車から飛び降りた彼女に驚愕した。
普段なら、絶対にこんなことはしないから。
ようやくあの家から解放されて、はしゃいでいる……のかな?
『意外とお転婆さんなんだね』と考え、僕は何とか自分を納得させる。
頭の中にある違和感を打ち消すように。
『こんなことを考えている僕の方がおかしいんだ』と自制する中、ふと彼女の右耳に目をやる。
あれ?────ピアスをしてない?
僕と色違いで揃えたアクセサリーを思い浮かべ、自身の左耳に触れる。
そこには、宝石のアメジストをあしらったピアスがあった。
『セシリアの方はゴールデンジルコンだけど』と思い返しながら、スッと目を細める。
やっぱり、何かおかしい。
だって、セシリアは毎日のようにそのピアスを身につけていたから。
僕と会う時は尚更。
『必要に応じて付け替えることはあるけど』と考えつつ、セシリアの様子を見守った。
普段なら一も二もなく彼女に駆け寄って、挨拶しているところだが。
『どうも違和感が拭えない……』と悶々としていると、セシリアはこちらを見て笑う。
「会いたかったわ、ヴィンセント!」
キラキラと目を輝かせるセシリアは、人目も憚らず抱きついてきた。
その途端────全身にゾワッとした感覚が走る。
悪寒……?何で?相手はセシリアなのに。
今まで彼女には何をされても平気だったため、言いようのない不安を覚えた。
『僕は一体、どうしてしまったんだ?』と自分の感覚を疑うものの……全身の毛が逆立つような嫌悪感は消えない。
生理的に無理、とすら思ってしまう。
……彼女は本当にセシリアなのか?
馬鹿げた話だと分かっていながら、僕はそんな疑念を抱いた。
『姿形はどう見てもセシリアなのにね……』と自嘲しつつ、一先ず体を引き離す。
「いらっしゃい、セシリア。ゆっくりしていってね」
とてもじゃないが、『僕も会いたかったよ』とは言えず……当たり障りのない返答を口にした。
すると、僕の護衛騎士や執事がハッと息を呑む。
彼らとは付き合いも長いため、僕の反応にどことなく違和感を抱いたのだろう。
『セシリア様に対しては凄くお優しいのに』と狼狽える彼らを他所に、僕は一足早く部屋へ戻った。
本来であれば、今日はセシリアにピッタリくっついて屋敷を案内したり、庭を散歩したりしてゆっくり過ごそうと思っていたのに。
彼女の顔を見た途端、そんな気は失せてしまった。
というより────
「────早く傍から離れないと、うっかり殺しそうで怖かったんだよね」
自室のソファで寛ぎながら、僕は大きく息を吐いた。
自分でもよく分からない変化に戸惑い、やれやれと頭を振る。
と同時に、人差し指をクイクイと動かした。
「お呼びでしょうか?」
そう言って、音もなく僕の前に現れたのは────クライン公爵家の暗部を取り仕切る、アルマン。
色々と謎の多い男だが、腕は確かで暗殺・諜報・隠蔽工作何でもやる。
『元は貴族なんだっけ?』と思い返しながら、僕は足を組んだ。
「セシリアの様子は?」
「現在、お部屋でドレスのカタログを見てらっしゃいます」
床に片膝をついて頭を垂れるアルマンは、短く切り揃えられた紺髪をサラリと揺らす。
『あと、宝石も買いたいと言っていました』と付け足す彼の前で、僕は苦笑を漏らした。
「ここに来て最初にすることが、ソレかぁ……やっぱり、ちょっとおかしいよね」
いつもの彼女なら、真っ先にクライン公爵夫妻へ挨拶に行っている筈。
そもそも、ショッピングなんてあまりしないし。
『物欲ほとんどないんだよね、セシリアって』と肩を竦め、トントンと指先で肘掛けを叩く。
「ねぇ、アルマンは今日のセシリアを見てどう思った?」
「『どう』とは……」
「別にそこまで難しく考えなくていいよ。思ったことをそのまま言ってみて」
『客観的な意見が欲しいんだ』と主張すると、アルマンはおずおずと顔を上げる。
その際、目元を覆う包帯が見えた。
「好意的に解釈するなら、エーデル公爵家に解放されて気を抜いていると捉えられますが、その……」
言い淀む素振りを見せ、アルマンはチラチラとこちらの顔色を窺う。
セシリア関連なので、下手なことを言って不興を買いたくないのだろう。
彼は僕の本性を……セシリアへの執着をよく理解しているから。
「大丈夫だよ、言ってごらん。いや、むしろ言ってほしい。僕の思い過ごしだと思いたくないんだ」
『行動を起こすための後押しが欲しい』と言い、僕は少しばかり身を乗り出した。
アルマンもセシリアのことはよく知っている。
と言っても、『一方的に』だけど。
僕以外の男が……いや、人間が彼女に直接関わるのは極力避けたいからね。
面会などはさせていない。
「えっと……では、遠慮なく」
ようやく腹を決めたのか、アルマンは真っ直ぐにこちらを見据える。
「正直、今のセシリア様は異常です。礼儀作法やマナーはほとんど出来ていませんし、使用人達への対応もどこか高圧的で品がない。また、選んだドレスや装飾品が派手なものばかりなのも気になります。彼女は基本シンプルなものを好みますから」
『違和感しかない』と言い切るアルマンに、僕は強い共感を抱く。
が、
「僕以外の人間が、セシリアのことを理解している風に振る舞うのはやっぱり不愉快だな」
顔から表情を消し去り、僕はソファの肘掛けを掴んだ。
と同時に、板で作られたソレを握り潰す。
バキッと嫌な音を立てる肘掛けを一瞥し、おもむろに席を立った。
その途端、アルマンは大量の冷や汗を流す。
「す、すみませ……」
「あぁ、謝らなくていいよ。『素直に言え』と促したのは、僕だからね。罰を与える気もない。ただ、気に食わないだけさ」
僕はニッコリと笑ってアルマンの肩を叩き、横を通り過ぎた。
後ろから聞こえてくる安堵の声を前に、腕を組む。