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結婚式

◇◆◇◆


 ────建国記念パーティーから、早一年半。

私はクライン公爵家に移り住んで、結婚式の準備や花嫁修業に励んでいた。

ハッキリ言って目の回るような忙しさではあったものの、ヴィンセントのサポートもあり何とかやり遂げる。

そして、本日行われる結婚式を終えれば私は名実ともにクライン公爵家の一員だ。


 ここまで長かったわね……本当に。


 入れ替わり事件や家族の急逝などで先延ばしになっていたことを思い返し、私はなんだか感慨深い気持ちになる。

『色々あったけど、今日まで頑張ってきて良かった』と頬を緩め、式場の控え室で幸福を噛み締めた。

────と、ここで我が家の使用人達が作業の手を止める。


「さあ、出来ましたよ、セシリアお嬢様」


 身支度が終わったことを告げ、使用人の一人は表情を和らげた。

すると、他の者達も笑顔になる。


「マーメイドラインのウェディングドレス、よくお似合いです」


「ゴールデンジルコンをあしらったネックレスも、お嬢様にピッタリですわ」


「編み下ろしにした髪型と、よく合います」


「レース生地のグローブも白い肌に映えて、大変美しいです」


 使用人達は鏡越しにこちらを見つめ、『本当に素敵です』と何度も褒めてくれた。

お世辞でも何でもなく、本心から。


 ちょっと照れ臭いけど、素直に嬉しいわね。


 浮き立つような……擽ったいような気分に浸り、私はゆるりと口角を上げる。

と同時に、使用人達が一歩後ろへ下がって背筋を伸ばした。

かと思えば、


「この度は結婚式という晴れ舞台のヘアメイクや着付けを担当させていただき、ありがとうございました」


 一斉に頭を下げる。

本来、結婚式などの身支度には本物のプロを呼ぶのが定石なので光栄に思っているようだ。


「それから、改めまして────ご結婚、おめでとうございます」


 使用人の一人が代表して祝辞を述べると、他の者達も『おめでとうございます』と復唱する。

若干、涙ぐみながら。

どうやら、感極まってしまったようだ。


「ありがとう、皆」


 ドレッサーの前に座ったまま首だけ動かし、私は全員の顔をきちんと見て微笑む。

本当は立ち上がって、一人一人にお礼を言いたいところだが……下手に動いて、ドレスやアクセサリーを汚したくなかったので。

あと、これ以上しんみりした空気になると泣いてしまいそうだったため。

『せっかく完成したメイクを涙でぐちゃぐちゃにするのは、忍びない……』と感じる中、不意に部屋の扉をノックされた。


「────セシリアそろそろ時間だけど、準備は終わった?」


 聞き覚えのある声が耳を掠め、私は反射的に扉の方へ視線を向ける。


「ええ、バッチリよ、ヴィンセント」


 『今、そっちに行くわね』と声を掛け、私は席を立った。

転ばないよう注意しつつ前へ進み、控え室の扉を開ける。

すると、そこには────白のタキシードを身に纏うヴィンセントが、居た。

しかも、珍しくオールバックにしている。


 か、格好いい……。


 ウェディングベール越しに見えるヴィンセントの晴れ着姿に、私はすっかり心を奪われてしまった。

『そういえば、髪やアクセサリーも整えた状態で会うのは初めてね』と頭の片隅で考えていると、彼が肩を竦める。


「参ったね。想像していた以上に、綺麗だ」


 『つい見惚れてしまった』と述べるヴィンセントに、私はポカンとした。

が、状況を理解するなり頬を紅潮させる。


「ゔぃ、ヴィンセントの方こそ……素敵よ」


「ありがとう。セシリアの隣に立つために、努力した甲斐があったよ」


 うんと目を細めて、ヴィンセントは喜びを露わにした。

かと思えば、その場に跪いてこちらを見上げる。


「それじゃあ、月より綺麗な君をエスコートする栄誉を僕にくれるかい?」


 こちらに手を差し出し、ヴィンセントは『隣に立たせて』とお願いしてきた。

そんなこと、わざわざ頼まなくてもいいのに。

だって、こちらの答えは決まっているから。


「ええ、喜んで」


 迷わずヴィンセントの手を取り、私はニッコリと微笑んだ。

と同時に、彼が立ち上がって優しく手を引く。

『こっちだよ』と導いてくれるヴィンセントを前に、私はチラリと後ろを振り返った。


「皆、また後でね」


 控え室に居る使用人達へ一応声を掛けてから、私は歩き出す。

そして、結婚式の会場の前へやってくると、足を止めた。

観音開きの大きな扉を見据え、一度深呼吸する。


 一生に一度の結婚式……失敗は許されないわ。

だから、真剣に……でも、楽しくこなしましょう。


 『いい思い出にしたい』という願いを抱き、私は真っ直ぐ前を見据えた。

その刹那、扉が開き────起立している招待客達を目にする。

中には、当然アイリスやルパート殿下の姿もあった。


 あの二人、最近正式に婚約したのよね。

結婚式の準備も着々と進めていて、来年の春には入籍予定みたい。

そのため、ルパート殿下には親族席を割り当てているの。


 『アイリス一人で座らせるのは、可哀想だったし』と思いながら、私はふと貴賓席へ視線を向ける。

すると、エレン殿下を発見した。


 最近、皇太子の仕事で忙しいと言っていたのに来てくれたのね。


 『相当時間をやりくりしたに違いない』と悟り、私は申し訳ないような……でも、嬉しいような気分になる。

────と、ここで一番奥の祭壇前に居るゲレル神官……いや、教皇聖下(・・・・)が顔を上げた。


「新郎新婦、前へ」


 おもむろに両手を広げ、ゲレル教皇聖下は入場するよう促す。

なので、私達は奥の祭壇に続く通路をゆっくりと進んだ。


 一歩踏み出す度に、なんだか心がざわつく。

別に悪い意味じゃなくて、ワクワクするような……夢が現実になるような、そんな感覚。


 『ヴィンセントと結婚する実感が、湧いてきたのかしら?』と思案しつつ、私は足を止める。

目の前に居るゲレル教皇聖下を見据えて。


「それでは、まず婚姻届にサインを」


 ゲレル教皇聖下は祭壇の前に置かれた小さな台を手で示し、『さあ』と促してきた。

と同時に、私達は台へ置かれた婚姻届とペンを見下ろす。


「僕から、先に書くね」


 小声でそう言ってから、ヴィンセントはペンを手に取って少し屈んだ。

かと思えば、慣れた様子で署名を行い、こちらにペンを手渡す。


「はい、セシリアの番だよ」


「ありがとう」


 ニッコリ笑って頷き、私は婚姻届へ視線を落とした。

先に書かれた『ヴィンセント・アレス・クライン』という文字を目で追い、スッと目を細める。

“彼と夫婦になる”という実感がより一層強まる中、私は素早くサインを終えた。

ペンを台に置いて『終わりました』という合図を送ると、ゲレル教皇聖下は小さく頷く。


「婚姻届のサインを確認。これより、誓いの言葉へ移ります」


 真剣味を帯びた声色で宣言し、ゲレル教皇聖下は少しばかり背筋を伸ばした。


「新郎ヴィンセント・アレス・クライン、及び新婦セシリア・リゼ・エーデル。両名にお尋ねします」


 『嘘偽りなくお答えください』と前置きした上で、ゲレル教皇聖下はこう言葉を紡ぐ。


「健やかなる時も病める時も互いを愛し、敬い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」


「「誓います」」


 私達は間髪容れずに返事し、ゲレル教皇聖下の目を真っ直ぐ見つめ返した。

嘘偽りなどは一切ない、と示すように。


「よろしい。では、誓いのキスを」


 穏やかな表情でそう言い、ゲレル教皇聖下は手を組む。

オレンジの瞳に暖かい光を宿す彼の前で、私達は向かい合った。


 一応、心構えはしていたつもりだけど……やっぱり、緊張するわね。人前だし。

それに、ヴィンセントのあのセリフを思い出してしまって……。


 『ここは結婚式のときまで、取っておくね』という宣言を振り返り、私は頬を紅潮させる。

ついにその時が来たのかと思うと、早まる鼓動を抑えられなくて。


「ベール、上げるね」


 顔の前に掛かった布へ触れ、ヴィンセントは声を掛けた。

と同時に、ゆっくりと持ち上げる。


「ふふっ……真っ赤だね。可愛い」


 露わになった私の顔を見て、ヴィンセントは頬を緩めた。


「緊張しているのは僕だけかと思ったけど、そうじゃないみたいでちょっと安心した」


 僅かに肩の力を抜き、ヴィンセントはちょっと身を屈める。

それで目線が同じくらいになったからか、いつもより距離が近く感じた。


「初めてだから、不慣れなのは許してね」


 両手でそっと私の頬を包み込み、ヴィンセントはおもむろに目を閉じる。

なので、私も反射的に瞼を下ろすと────


「愛しているよ、リア」


 ────唇に柔らかな感触が。

ほんの一瞬のことだったため、これがキスなのかいまいち自信を持てなかったものの……周囲の歓声を聞いて、確信した。


 思ったより、呆気なかったわね……キスの直前に、あんなセリフを聞いたからかしら?


 普段使わない愛称で呼ばれたこともあり、動揺が大きく……つい放心してしまったことを思い返す。

『あんなのズルい……』と心の中で文句を言いつつ、私は目を開けた。

そして、満足げに微笑んでいるヴィンセントを目にするなり少し背伸びする。


「私も愛しているわ、ヴィンス」


 彼の耳元で愛の言葉を囁き、私は小さく笑った。

だって、ヴィンセントが珍しく頬を赤くしていたから。

まあ、『赤く』とは言っても少しだけだが。

でも、私としては満足だった。


「さっきのお返しよ」


 『もちろん、全部本心だけどね』と語り、私は体を離す。

────と、ここでゲレル教皇聖下が大きく両手を広げた。


「教皇ゲレルの名において、ヴィンセント・アレス・クラインとセシリア・リゼ・エーデルが夫婦となったことを宣言します」


 その言葉を合図に、盛大な拍手が巻き起こる。

私とヴィンセントの結婚を祝福するかのように。


 これで名実ともに私はクライン公爵家の一員……ううん、ヴィンセントの花嫁になったのね。


 ギュッと胸元を握り締め、私は達成感のようなものを抱いた。

結婚がゴールじゃないのは分かっているものの、人生の大きな区切りであることは確かなので。

今はその感動に浸っていたかった。


「セシリア、改めてこれからよろしくね」


 ヴィンセントは優しく私の手を持ち上げ、うんと目を細める。

黄金の瞳に喜びを滲ませる彼の前で、私は


「ええ、こちらこそ」


 と、迷わず頷いた。

本作はこれにて、完結となります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

何度も何度も書き直してやっと出来上がった作品なので、エンディングを見届けていただけて本当に嬉しいです!



さて、本作の裏話についてですが……


・初期段階の神殿編では、『教皇聖下の双子の弟が、兄をどこかに閉じ込めて成り代わる』という展開になっていた

→本作のタイトルにもある『成り代わり』を意識して、そういうプロットになっていましたが、血統魔法や孤児にスポットを当てたかったため急遽変更した次第です。

ちなみに初期段階の神殿編の結末は、密かに悪い奴らを懲らしめて教皇聖下の偽物(弟)と本物(兄)を入れ替える(というか、元に戻す?)。そして、表面上は何事もなかったかのように過ごす……という感じです。

(民衆の混乱を避けるため、内々に処理する流れ)


・本当は血統魔法の成り立ちなどについて、掘り下げる予定だった

→それこそ、神殿編でエーデル公爵家とクライン公爵家のご先祖様(一番最初に家宝を作り出した人物)を話に出して詳しく描写する筈だったんですが……何百年も前の人のエピソードを登場させるのが、思いのほか難しく。

あと、『今、その話いる!?』となりそうだったので断念しました。


・ヴィンセントに、皇帝がルパートを特別視していることや皇后がお人好しなことを教えたのはシエラ(セシリアの母)

→ヴィンセント視点で最後ちょっと触れましたが、念のためここにも書いておきます。


本作の裏話はこれで以上となります。

長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。



それでは、改めまして……

本作を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

感想・評価・ブックマークなどもいただけて、非常に有り難かったです。

大変励みになりました。


また気が向いた時にでも、セシリア達の物語を見に来ていただけますと幸いです!┏○ペコッ

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