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お墓参り《ヴィンセント side》

◇◆◇◆


 ────建国記念パーティーから、ちょうど一ヶ月経過した頃。

僕はとある人物のお墓を訪れていた。

セシリアに関する謝罪を行うために。

と言っても、当の本人はもうこの世に居ないため聞いていないだろうが。

でも、ケジメを付けるという意味でも自分を戒めるという意味でもここへ足を運びたかった。


「────お久しぶりです、シエラ様(・・・・)


 セシリアの実母に当たる女性の名前を呼び、僕は目の前にある墓石を眺める。

『シエラ・ソフィ・エーデル』と掘られた文字を目で追い、持っていた花を添えた。


「僕一人だけで、すみません。本当はセシリアも、一緒に連れて来たかったんですが……今回はいつものお墓参りと少し趣旨が違うので」


 『留守番してもらいました』と主張し、僕はそっと目を伏せる。


「貴方は僕と二人きりなんて嫌がるでしょうが、どうか大目に見てください。セシリアには、聞かれたくない話なんですよ」


 小さく肩を竦めて苦笑し、僕はおもむろに空を見上げた。

この澄み切った青を見ていると、あの人を思い出すから。


「シエラ様、あのとき交わした取り引きをまだ覚えていますか?」


 ────という言葉を合図に、僕は過去の記憶を手繰り寄せる。

その際、真っ先に思い浮かぶのは青髪碧眼の女性だった。


「ごきげんよう、クライン令息。本日はセシリアの誕生日パーティーに参加してくれて、ありがとうございます」


 『ぜひ楽しんでください』と告げ、エーデル公爵家の女主人であるシエラ・ソフィ・エーデルは小さく笑う。

噂通り人当たりのいい彼女は、大人・子供問わず招待客全員に声を掛けているようだ。


 まあ、ただの優しい人ではないようだけど。

だって、僕には他の子供達みたいに『是非ウチのセシリアと仲良くしてね』なんて言わなかったから。

挨拶の際も、わざわざ娘を置いてきたようだし。

よって、確実に僕のことを警戒している。

多分、『同じ公爵家だから敬遠している』とか『他の子供より成熟が早いから疎遠にしている』とか、そんな理由じゃなくて────僕の本性を見抜いて、距離を取っているんだ。


 顔を合わせるなり少しばかり表情を強ばらせた彼女が目に浮かび、僕は内心苦笑する。

別に取って食いやしないのに、と思って。

『確かに僕に人の心らしいものは、ないけどさ』と思案していると、会場の奥から悲鳴が。


「?」


 何の気なしにそちらへ視線を向ける僕は、倒れたケーキとクリーム塗れの少女を目にした。


 状況から察するに、ケーキが少女の近くへ落ちてきて手や服を汚したのかな?

見るからに高そうなドレスやアクセサリーを着用しているのに、お気の毒だね。


 完全に他人事なので大して動揺することも心配することもなく、僕は静観を決め込む。

────と、ここでその少女がすぐ横に居た別の少女を見つめた。


「大丈夫だった?怪我はない?」


「は、はい。セシリア様(・・・・・)が庇ってくださったおかげで、私は何ともありません」


 別の少女は『本当にありがとうございます』と礼を言い、頭を下げた。

すると、ケーキ塗れの少女────改め、セシリア嬢はふわりと柔らかく微笑む。


「そう。なら、良かったわ」


 本当に心の底からホッとした様子で、セシリア嬢は肩の力を抜いた。

かと思えば、侍従に後始末を頼んで一度この場を後にする。

恐らく、着替えなりシャワーなりするつもりなのだろう。


「……何の打算もなく、純粋な厚意で他人を助けたんだ」


 セシリア嬢達の会話から真相を知り、僕はただただ衝撃を受けた。

いくら子供とはいえ、貴族が誰かのために身を呈するなんて信じられなくて。

『しかも、セシリア嬢は何の見返りも求めなかった……』と思い返し、僕は大きく瞳を揺らした。

その刹那、トクンッと心臓が大きく跳ねる。


 ……前言撤回するよ。エーデル公爵夫人の対応は正しかった。

でも────


「────こうなってしまっては、もう遅い」


 『僕をパーティーに招待したのが、そもそもの間違いだったね』と心の中で呟き、クスリと笑みを漏らす。

初めて感じる“愛おしい”という感情に、目を細めながら。


 僕に見初められるなんて、可哀想なセシリア嬢……だけど、ごめんね。

諦めるとか、身を引くとかそんなこと……出来る気がしない。


 出会って一日も経っていないのにもう心の大半を占めるセシリア・リゼ・エーデルという存在に、僕はすっかりご執心となってしまった。

『絶対、生涯の伴侶にする』と決意する中、僕は戻ってきた彼女へアピールを開始────する筈が、


「セシリア、あちらのお客様に挨拶へ行ってくれる?あっ、クライン令息はこちらで是非ケーキをお食べになってください。美味しいですよ」


 エーデル公爵夫人から、妨害を受けてしまった。

それも、一度や二度じゃない。

おかげで、なかなかセシリア嬢との時間を取れなかったものの……隙をついて、何とか接触に成功する。

さすがにパーティーの主催者が、僕に付きっきりとなる訳にはいかなかったから。


「君に出会えて本当に嬉しいよ、セシリア嬢。是非仲良くしてね」


 ────と、挨拶を済ませてから早数年。

僕は順調にセシリア嬢……いや、セシリア(・・・・)との交流を深め、異性としても意識してもらえるようになった。

あとは、大人達を納得させて婚約に漕ぎ着くだけ。


 僕の親はともかく、セシリアの親……シエラ様(・・・・)の説得には、時間が掛かりそうだな。

ここ数年でセシリアの傍に居ることは黙認されるようになったけど、まだ僕に対する警戒心は残っているみたいだから。

まあ、地道に信用を勝ち取っていくしかないか。


 まだセシリアに縁談話が持ち上がってないこともあり、僕は『気長に行こう』と気持ちを切り替えた。

その矢先────シエラ様が、(やまい)で倒れる。


「あと、持って半年ですって」


 自室のベッドで横になるシエラ様は、天井を見上げたままそう語った。

かと思えば、グニャリと顔を歪める。

この場にセシリアが居ないせいか、珍しく感情的だった。


「私はまだやりたいこと、たくさんあるのに……こんなのあんまりだわ」

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