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絶望の中で

「────そんなの絶対に嫌……!」


 『セシリア()の人生は私だけのものよ!』と立ち上がり、私は監視役の侍女へ詰め寄った。

ギョッとしたように目を剥く彼女の前で、私は唇に力を入れる。

『もうなりふり構っていられない!』と奮起し、大きく息を吸い込んだ。


「貴方は三つ下の弟の治療代を稼ぐために働いていて、いつも一生懸命……!」


「えっ……?」


「そっちの貴方は二つ下の妹が結婚することになって、毎日のように泣いていた!」


「な、何でそれを……」


「あと、毎日食事を運んでくれる貴方は大のスイーツ好き!給料日になると、町外れにあるケーキ屋へ足を運んでいる!」


「え、えぇ……?どうして、知っているんだ……?」


 驚いた様子でこちらを凝視する彼らに、私は構わず言葉を……暴露を続ける。

出来るだけ、ダメージの少ない話題を選びながら。

それでも、これだけ言い当てれば……セシリア()と使用人達しか知らないことを話せば、少しは信用してくれる筈。

『まあ、出来れば使いたくない手だったけどね』と思いつつ、私は胸元を強く握り締めた。


「もう一度、言うわ!私がセシリア・リゼ・エーデルよ!本当にアイリスと中身が入れ替わってしまったの!お願い、力を貸して!」


 一縷の望みを掛けて懇願すると、使用人達は互いに顔を見合わせる。

動揺、困惑、焦り……様々な感情を交差させる彼らの前で、私は『あともう一押し!』と一歩前へ出た。


「信じられないのは、百も承知よ!だから、質問なり何なりしてもらって構わない!それで貴方達の信用を勝ち取れるなら、いくらでも答えるわ!」


 『存分に私を試しなさい!』と言い、真っ直ぐ前を見据える。

決して視線を逸らさず、己の身の潔白を証明するように堂々と振る舞った。

そんな私に圧倒されたのか、使用人達は昨夜と違い迷うような素振りを見せる。


「じゃ、じゃあ……私の持っている母の形見は何なのか、答えてください」


「それくらい、お易い御用よ。母君の似顔絵が入った、ロケットペンダントよね?珍しい形状で、ちょっと丸みを帯びたひし形だったからよく覚えているわ」


「せ、正解です……」


 戸惑いを露わにしながら、侍女はこちらを見つめた。

『本当にセシリアお嬢様……?』と信じ掛けている彼女を他所に、他の使用人達も質問を投げ掛けてくる。

それにきちんと受け答えすると、彼らも困惑気味に瞬きを繰り返した。


 多少強引な手だったけど、これなら行ける……!


 明らかに変わってきた風向きを感じ、私は僅かな希望を見出す。

だが、しかし……現実とは非情なもので、


「貴方達、騙されちゃダメよ!」


 侍女長が一枚の紙を持って、この場へ現れた。

どことなく険しい顔つきで。


「貴方達には黙っていたけど、アイリスお嬢様は────ここ数日、情報屋を雇って私達のことを調べていたの!」


 そう言うが早いか、侍女長は手に持った紙をこちらへ突き出す。

そこには、使用人達の情報がズラリと……。


「伝書鳩を通して、取り引きしていたらしいの!旦那様がたまたま(・・・・)その鳥を見かけなかったら、危ないところだったわ!」


 確かにアイリスのサインが施されたソレを使用人達に見せ、侍女長は眉を顰めた。

明らかな敵対心と不快感を放つ彼女の前で、私は歯を食いしばる。

またしても父にしてやられた、と悔しく思いながら。


 そりゃあ、そうよね……私が今回の件をバラすのは、織り込み済みの筈。

それを黙って見守るほど、お父様も甘くない。

何かしら手を打っていて、当然。私も逆の立場なら、そうする。


 一瞬にして水の泡となった努力を……勇気を思い浮かべ、私は歯軋りした。

どうしようもなく惨めな気持ちになりつつ、それでも何とか信じてもらおうと藻掻く。


「お願い、信じて……!私はそんなことしてない!」


「「「……」」」


 案の定とでも言うべきか、使用人達は父の話を信じたようで……警戒心を剥き出しにする。

不信感を募らせる彼らに対し、私は目の前が真っ暗になった。


 どうしよう……?今からでも、もっと凄い秘密を暴露する?

もしくは、私と彼らしか知らない過去話を……でも、今この状況で何を言ったって……。


 『逆効果』という単語が脳裏を掠める中、侍女長は鋭い目つきでこちらを睨みつけた。


「お願いですから、セシリアお嬢様の幸せを壊そうとしないでください。あの方は私達の家族であり、恩人であり、主人なのですから。もし、また変な真似をしたら絶対に許しません」


 普段の穏やかで優しい彼女とは似ても似つかない貫禄を見せ、少しばかり殺気を放つ。

あまりの剣幕に震え上がる私を前に、彼女は一歩前へ踏み出した。


「私はどうせ、老い先短い身。セシリアお嬢様のためなら、喜んで罪人になりましょう」


 暗に『殺す』と言ってのけた侍女長は、クルリと身を翻す。

それに続くように、全員部屋から出て行った。

恐らく、セシリアたるアイリスと最後のお別れをするのだろう。

鍵の閉まる音を前に、私は勢いよく床に膝をつく。


 ……窓から外に出て、別れの挨拶に乱入する?

でも、それで何か変わるの?両親や使用人の反感を買うだけじゃない?

だって、もう入れ替わりを証明する材料はなくなってしまったんだから。

少なくとも、今から全てをひっくり返すのは不可能……。


「はははっ……結局、全部無駄だったんだ……」


 『一生懸命になって馬鹿みたい』と過去の自分を嘲笑い、私は大粒の涙を零す。

ただひたすら悲しくて……。


セシリア()の人生は……アイリスに奪われ、お継母様に搾取され、お父様に蔑まれて終わるんだわ」


 『自分らしく生きることなんて出来ない』と悲観し、その場に蹲る。


 ────それからのことは、あまり覚えていない。

気づいたら椅子に座っていて、黙々と仕事をこなしていたから。

多分、余計なことを考えたくなくて執務机に向かっていたんだと思う。

いつの間にか真っ暗になっていた室内を前に、私はペンを持つ。

別に徹夜するほど忙しい訳じゃないが、今寝ると嫌な夢を見そうで……怖かった。


 今はとにかく、気を紛らわしたい。


 この絶望的な現実から目を背けたくて堪らない私は、不眠不休で二日ほど仕事を続ける。

途中何度か使用人達に休息を取るよう注意されたが、無視した。

『もう何もかもどうでもいい……』と自暴自棄になっていると、突然眠気に襲われる。


 そろそろ、体力的に限界か……。


 どこか他人事のように考えながら、私はフッと意識を失った。

────そして、何かの物音を聞いて目を覚ます。

『あれ?どれくらい眠って……』と呟き身を起こすと、ぼんやりする視界に誰かが移った。


「────リア(・・)


 とても穏やかな声で愛称を呼ばれ、私は反射的に


ヴィンス(・・・・)……?」


 と、返してしまう。

だって、私の愛称を知っているのは……呼んでいるのは、婚約者である彼だけだから。

と言っても、二人きりになった時しか使ってないけど。お互いに。


 それより、何でヴィンセントの声が……?幻聴?それとも────


 『期待したらダメだ』と分かっているのに、私は目を擦って周囲を見回す。

すると────窓の縁に手を掛ける黒髪の美男子が目に入った。

ハッと息を呑んでいる彼を前に、私は大きく目を見開く。

と同時に、席を立った。


 ど、どうしよう……!?使用人達の時みたいに、疑いの目で見られるかもしれない……!


 先日の一件で大分心が折れてしまった私は、表情を強ばらせる。

一気に現実へ引き戻された思考を前に、震え上がった。

『ヴィンセントにまで拒絶されたら……』と怯えていると、彼はうんと目を細める。


「やっぱり────君がセシリアだったんだね」


「えっ……?」


 こちらが暴露するまでもなく正解を言い当てる彼に、私は困惑してしまう。

だって、使用人達はどれだけ手を尽くしても信じてくれなかったから。

『それなのに、何でこんなすんなり……』と狼狽える私の前で、ヴィンセントは窓を飛び越えて中へ入ってくる。


「会いたかったよ、セシリア」


 迷いのない足取りでこちらへ歩み寄り、ヴィンセントはニコニコと機嫌良く笑った。

私がセシリアだと信じて疑わない彼を前に、私は戸惑う。


「ど、どうして……?見た目は完全にアイリスなのに……」


 『何故、分かったのか?』と目を白黒させる私に、ヴィンセントはクスリと笑みを漏らした。


「僕が愛するリアを見極められない訳ないだろう?たとえ、姿形が違ってもリアはリアだ。一目見れば、分かる」


 『僕の愛を舐めてもらっちゃ困るね』と冗談めかしに言い、ヴィンセントはスッと目を細める。

と同時に、表情を引き締めた。


「それにバレるのは時間の問題だったと思うよ」


「えっ?それはどういう……?」


 思わず聞き返す私に対し、ヴィンセントは困ったような……呆れたような表情を浮かべる。

何やら疲れている様子の彼は、どこか遠い目をしていた。


「君と入れ替わったアイリス嬢が、あまりにもお馬鹿さんでね────クライン公爵家(ウチ)で色々やらかしていたんだ」

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