建国記念パーティー
「出来れば、エレン殿下ともう一度会う前に対策を立てておきたいかな」
────というヴィンセントの言葉を合図に、私達は問題解決へ向けて議論を始めた。
そして、何とか納得のいく結論を出すと、今日のところは解散する。
全員、まだ何かと忙しかったので。
『私は輿入れの準備も追加されたし』と思いつつ、仕事をこなすと数日────ずっと先延ばしにされていた建国記念パーティーが、開催されることになった。
そこには、当然エレン殿下もいらっしゃる筈……気を抜かないようにしないと。
いつになく緊張感を持って支度にあたり、私は建国記念パーティー当日を迎える。
『いよいよ、本番ね』と意気込む私は煌びやかなドレスに身を包み、会場へ足を運んだ。
もちろん、アイリスとヴィンセントも一緒に。
ルパート殿下はあとからエレン殿下やロジャー皇帝陛下と一緒に入場する予定なので、まだ居ない。
などと考えつつ、私は会場の様子を見守る。
貴族達の動向を確認するために。
「例年に比べて、全体的に大人しいわね。やっぱり、第二皇子派の大規模粛清を受けて警戒しているのかしら?」
当たり障りのない会話しかしていない貴族達を前に、私は自身の顎を撫でた。
と同時に、ヴィンセントが顔を上げる。
「多分、そうだろうね」
「やましいところがないなら、堂々としていればいいのに」
思わずといった様子で口を挟むアイリスは、肩を竦めた。
すると、ヴィンセントは中立派の居る方向へ目を向ける。
「そうもいかないんだよ。第二皇子派壊滅による勢力バランス崩壊で、皆ピリピリしているからね。否が応でも、様子見を強いられる」
『どの立場の貴族も、下手には動けないさ』と語り、ヴィンセントは給仕係を呼び止めた。
かと思えば、乾杯用のワインを三つもらう。
「まあ、僕達の目論見通りになればこの緊張状態もそのうち収まるけどね」
『全ては、今日の成り行き次第だ』と主張し、ヴィンセントはグラスを二つこちらへ差し出す。
恐らく、一つはアイリスの分だろう。
当たり前のように気を使ってくれる彼に、私達は感謝しながらグラスを受け取る。
────と、ここで衛兵が槍の尖っていない方の先端を床へ叩きつけた。
その際、カンッと大きな音が鳴り、周囲の注目を集める。
「皆の者、静粛に!」
衛兵は会場全体に響き渡る大声で叫び、背筋を伸ばした。
途端に静まり返る会場を前に、彼は槍を持ち直す。
「皇帝ロジャー・グレート・イセリアル陛下、並びに第一・第三皇子であらせられるエレン・ジェル・イセリアル殿下とルパート・ロイ・イセリアル殿下のご入場です!」
その言葉を合図に、観音開きの扉は開かれ────パーティーの主催者たる皇族達が、姿を現した。
それぞれ白をベースにした正装へ身を包む彼らは、レッドカーペットの上を歩く。
そのままお辞儀している私達の前を通り過ぎ、玉座の前にやってきた。
と同時に、こちらを振り返る。
「面を上げよ。楽にしてくれて、構わない」
ロジャー皇帝陛下は真っ直ぐこちらを見据え、少しばかり表情を引き締めた。
皇城崩壊未遂事件以降、初めての公式行事ということもあって緊張しているのだろう。
貴族達は確実に皇室へ不満や不安を抱いている筈だから。
ここでしっかり君主としての威厳を示しておかなければ、後々危険だ。
「皆の者、今日は建国記念パーティーへ参加してくれたこと心より感謝する」
自身の胸元に手を添え、ロジャー皇帝陛下は目を細める。
エメラルドの瞳に、強い意志を宿しながら。
「近頃何かと慌ただしい中、またこうして集えたこと嬉しく思う。まだ不安定な状況が続くだろうが、我々は志を同じくする仲間なんだということを今日この場で再認識してほしい。そして、共に手を取り合い、この国を支えていこう」
『これ以上、貴族の粛清はしない』ということを告げると、ロジャー皇帝陛下は侍従よりグラスを受け取った。
乾杯用のワインが入ったソレを一瞥し、彼は一歩前へ出る。
「では、イセリアル帝国の栄光と皆の幸福を願って────乾杯」
そう言うが早いか、ロジャー皇帝陛下はグラスを高く持ち上げた。
建国記念パーティーの始まりを意味する行為に、我々貴族は追従する。
その刹那、オーケストラが優雅な音楽を奏でた。
「ついに始まったわね」
少しばかり表情を強ばらせ、私はグラスを握る手に力を入れる。
────と、ここでヴィンセントがワインを飲み干した。
「ああ、そうだね。それじゃあ、移動しようか」
空になったグラスを近くの給仕係に預け、彼はクルリと身を翻す。
「今頃、ルパート殿下がターゲットの二人を誘導しているだろうから」
『出遅れたらいけない』と注意を促し、ヴィンセントは出口に向かって歩き出した。
なので、私達もさっさとグラスを明け渡してそのあとをついていく。
心の準備はしてきたつもりだけど……いざ本番となると、心臓が。
『周りに聞こえているんじゃないか?』と疑うほど早い鼓動に、私は内心苦笑を漏らした。
隣を歩くアイリスも、少なからず緊張しているのか普段より表情が硬い。
「────着いたよ、二人とも」
先頭を歩いていたヴィンセントは、控え室の前で足を止めた。
皇族専用のソレを前に、彼は視線だけこちらへ向ける。
「入るよ、いいね?」
『覚悟はいいか』と問うてくるヴィンセントに、私とアイリスは
「「ええ(はい)」」
と、迷わず答えた。
依然として気分は落ち着かないままだが、もう腹は括っているので。
『そもそも、私達の出番はほとんどないし』と考える中、ヴィンセントは前へ向き直る。
と同時に、部屋の扉をノックした。
「ヴィンセント・アレス・クラインです。中に入ってもよろしいでしょうか?」
「────入れ」
扉越しにすぐ返答があり、ヴィンセントはドアノブを掴む。
「失礼します」
そう一声掛けてから、ヴィンセントは部屋の扉を開けた。
すると────ソファで寛ぐルパート殿下、エレン殿下、ロジャー皇帝陛下の三人が目に入る。
各々リラックスした体勢を取る彼らの前で、私達は室内へ足を踏み入れた。
「突然の訪問、申し訳ありませ……」
「あぁ、大丈夫だよ。ルパートから、君達のことは事前に聞いていたから」
エレン殿下は片手を上げてヴィンセントの言葉を制し、ニッコリ笑う。
その傍で、ロジャー皇帝陛下が手を組んだ。
「まあ、とりあえず掛けたまえ。私達に何か大事な話が、あるんだろう?」
『立ち話も、なんだから』と主張し、ロジャー皇帝陛下は空いているソファを勧める。
なので、お言葉に甘えて腰を下ろした。
『三人着席しても、まだソファに余裕がある……』と驚く私を他所に、ロジャー皇帝陛下はスッと目を細める。
「それで、わざわざ私やエレンを呼び出した理由はなんだ?」
パーティーの最中で時間がないからか、ロジャー皇帝陛下は早く本題へ入るよう促した。
これでもかというほど重々しい雰囲気を出す彼の前で、ヴィンセントは口を開く。
「皇位継承権争いについて、一つの解決案を提示させていただきたく」
「解決案、だと?」
「どういうことだい?」
ロジャー皇帝陛下に続く形で、エレン殿下も疑問を吐き出した。
訝しむような表情を浮かべる二人に対し、ヴィンセントはゆるりと口角を上げる。
「詳しいことはルパート殿下から、どうぞ」




