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葬式と提案《ルパート side》

◇◆◇◆


 ────皇城崩壊未遂事件より、早一ヶ月。

私は事後処理やら第二皇子派の貴族の粛清やらに追われ、なかなか自由な時間を取れなかった。

出来れば、今はエーデル公爵家の……アイリス嬢の傍に居てやりたいんだが。

家族の死に相当ショックを受けていた彼女を思い出し、私は『大丈夫だろうか』と心配する。


 先日、前公爵達の葬式が執り行われたと聞いたが……それで、少しは気持ちに区切りをつけられただろうか。


 などと考えつつ、私は真っ黒な正装に身を包んだ。

二番目の兄とメリッサ皇妃殿下の葬式に出席するために。

『最後の挨拶くらい、しておかないとな』と思案する中、私は馬車へ乗り込んで墓地へ向かった。

そして、先に現地へ到着していた一番目の兄やヴィンセントと合流すると、棺桶に近づく。


「……なんか、妙な気分だね」


 一番目の兄は棺桶に入った二番目の兄とメリッサ皇妃殿下を見下ろし、苦笑いした。

かと思えば、そっと目を伏せる。


「二人のことは今でも恨んでいるのに、死に顔を見ていると……少し悲しくなる。とても、毒を吐く気分にはなれないよ」


 複雑な心境を露わにする一番目の兄は、一つ息を吐いた。

エメラルドの瞳に憂いを滲ませる彼の前で、ヴィンセントは小さく肩を竦める。


「血は争えない、ということでしょう」


「えっ?」


「お人好しの母君に似たんじゃないか、という話です」


「!」


 一番目の兄は大きく目を見開き、ヴィンセントのことを凝視した。

動揺を露わにしながら。


「……クライン小公爵は母上と面識ない筈だよね?どうして、そんなこと知っているんだい?」


 戸惑った様子で質問を投げ掛け、一番目の兄は小首を傾げる。

と同時に、ヴィンセントがスッと目を細めた。


「とある人から、聞いたんですよ」


「とある人……それって、もしやクライン公爵夫人のことかい?」


 『もしくは、公爵か……』と候補を上げる一番目の兄に、ヴィンセントはニッコリ微笑む。


 どうやら、答えを言うつもりはないようだな。


 長年の付き合いである程度ヴィンセントの性格や習性を理解しているため、私はそう判断した。

────と、ここで兄付きの従者が綺麗な箱を持ってやってくる。


「エレン殿下、こちら頼まれていた品です」


 そう言って手に持った箱を差し出す従者の男性に対し、一番目の兄は


「あぁ、ありがとう」


 と、礼を言った。

かと思えば、先程と打って変わってなんだか静かになる。

『どうしたんだ?』と疑問に思う私を他所に、彼は箱の蓋を開けた。

すると、洒落た小物や手紙が目に入る。


「これは……」


 状況からして、棺桶に入れるもので間違いないだろうが……まさか、こんなに用意しているとは。

しかも、小物だけならまだしも手紙まで。


 『せいぜい、花くらいだろう』と予想していたため、私は結構衝撃を受けた。

思わず箱の中身をじっと見つめてしまう私の前で、ヴィンセントは少し目を剥く。


「もしかして────ここにある代物は全てイライザ皇后陛下の遺品ですか?」


「……なんだと?」


 一番目の兄よりも先に反応を示す私は、僅かに眉を顰めた。

『何故、そんな大事なものを……』と訝しむ私を前に、一番目の兄は眉尻を下げる。


「ああ、そうだよ。もっと正確に言うと母上から二人へのプレゼント、だけどね」


 手紙の宛名を指先でなぞり、一番目の兄は棺桶の方に視線を向けた。

何とも言えない表情を浮かべながら。


「これまでずっと捨てる訳にも私物化する訳にもいかず、持て余してきたけど……いい加減、本来の持ち主に渡すべきかと思ってさ。母上もきっと、それを望んでいる筈だから」


 言動の端々に哀愁を漂わせ、一番目の兄は箱の中に入った品々を持ち上げる。

そして、一つ一つ目に焼きつけるようにじっくり見つめると、それぞれ棺桶へ入れた。

終始複雑な感情を見せながらもイライザ皇后陛下の願いを叶えた彼の前で、私とヴィンセントは花を手に持つ。

と同時に、二番目の兄とメリッサ皇妃殿下の顔の横へ添えた。

こちらは兄のような代物を持ってきてなかったので。


「メリッサ皇妃殿下、マーティン兄上、安らかに眠ってください」


 ────と、別れの言葉を掛けた数時間後。

無事に二人の葬式が終わり、解散を言い渡される。

なので、私は真っ直ぐ帰ろうとするものの……


「ルパート殿下、少しよろしいですか?」


 ヴィンセントに引き止められた。

少しばかり目を剥く私は、何の気なしに彼の方へ向き直る。


「なんだ?」


「ここでは人目もありますので、あちらでお話しましょう」


 クライン公爵家の家紋が入った馬車を手で示し、ヴィンセントは歩き出した。

徐々に遠ざかっていく背中を前に、私は頭を捻る。

こちらの予定や意向も聞かずに連れ出そうとするなんて、珍しかったから。

『余程、重要な話なのだろう』と思いつつ、私はヴィンセントのあとをついて行って馬車へ乗り込む。


「それで、用件はなんだ?」


 カーテンまできっちり閉まった密室空間を前に、私は再度質問を投げ掛けた。

すると、ヴィンセントは少し難しい顔をして口元に手を当てる。

が、意を決したように顔を上げた。


「端的に言うと、ルパート殿下に一つ確認したいことがあります」


「確認したいこと?」


 思わず聞き返すと、ヴィンセントは小さく首を縦に振る。


「ええ。回りくどい言い方は好まないと思いますので、単刀直入にお伺いします。ルパート殿下は────アイリス嬢のことをどう思っていますか?」


「?」


 質問の意図が理解出来ず、私は首を傾げて沈黙した。

『そもそも、何故いきなりアイリス嬢の話に?』と疑問を抱く私の前で、ヴィンセントは手を組む。


「アイリス嬢に対する想い……その種類と熱量をお聞きしたいんです」


「種類と熱量と言われても、普通に友人……いや、弟子?とにかく、大切に思っている」


 自分でも妙に思うほど曖昧な回答に、私は表情を硬くした。

『適切な言葉が見つからない……』と悩む私を前に、ヴィンセントは自身の顎を撫でる。


「では、質問を変えます。ルパート殿下は困っているアイリス嬢を見たとき、どう思いますか?」


「『助けたい』と思う」


「それは自分の命が懸かった状況でも、ですか?」


「ああ」


 間髪容れずに首を縦に振り、私は真っ直ぐ前を見据えた。

この気持ちに偽りはない、と示すように。


「なるほど。では、最後にもう一つだけ質問を」


 ヴィンセントはそう前置きしてから、こう問い掛ける。


「アイリス嬢が自分以外の異性と恋仲になったり結婚したりすることについて、どう思いますか?」


 『どう』って……そんなの────


「────凄く嫌だ」


 考えるよりも先に言葉が口をついて出て、私は放心した。

今になって、ようやくアイリス嬢に対する想いを自覚したため。


「あぁ、そうか……私は────アイリス嬢のことを一人の女性として、愛しているのか」


 違和感なく胸にストンと落ちてくる“答え”に、私は納得を示す。

『道理で最近、彼女のことばかり考えている訳だ』と思案する中、ヴィンセントはスッと目を細めた。


「そのお言葉を待っていました」


 どこか満足そうに微笑み、ヴィンセントは私の手をそっと持ち上げる。


「ルパート殿下、アイリス嬢のことを出来るだけ支えてあげてください────彼女は近いうち、一人になるので」


「……はっ?」


 思わぬ発言に動揺し、私は怪訝な表情を浮かべた。

と同時に、握られた手を引っ張り、ヴィンセントを引き寄せる。


「それはどういうことだ」


 『アイリス嬢に何かするつもりなのか』と疑い、私は僅かに眉を顰めた。

ちょっと気が立っている私に対し、ヴィンセントは


「気になるなら、一緒に来ませんか?ちょうど、その話をエーデル公爵家でする予定なんです」


 と、提案する。

『スケジュールは空いている筈ですよね』と話すヴィンセントを前に、私は一つ息を吐いた。


 こいつ……最初から、それが狙いだったな。


 『全く、回りくどいことを……』と思いつつ、私はアイリス嬢の様子を思い浮かべる。

話の全貌はまだよく分からないが、彼女が一人になるような事態になるなら……苦しむような事態になるなら、放置は出来ない。

『何か力になりたい』と思い立ち、私は黄金の瞳を見つめ返した。


「……分かった。行こう」

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