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父と祖父の最期《アイリス side》

「だが……それ、以上に……腹が立つ、のは……儂自身だ」


 難しい顔つきで自責の念を吐き出し、祖父は手のひらを見つめる。


「我が、子の……暴走を……止められなかっ、た自分が……ただただ……ただただ情けない……」


 目尻に涙を浮かべ、祖父は強く手を握り締めた。

かと思えば、父の方に視線を向ける。


「ロー、ガン……お前を止め、られなくて……すまない……運命を共にするこ、と……くらい、しか出来なくて……すまない……」


 無力な自分を心底嘆き、祖父は口元に少し力を入れた。


「儂の、力不足で……お前を不幸にし、て……すまない……」


 今回の一件だけじゃなく父の人生そのものに、祖父は謝罪の意を示す。

その瞬間、父が思い切り顔を歪めた。


「なん、で……そっちが……謝る、んだ……詫び、るのは……どう考え、ても……私の、方だろ……」


 拗ねたような……嘆くような声色で反発し、父は奥歯を噛み締める。

アメジストの瞳に、様々な……本当に様々な感情を滲ませて。


「こんな……馬鹿息子、さえ……生まれ、なければ……そっちはもっ、と……幸せに……」


「────それはない」


 ハッキリした口調で否定し、祖父は少しばかり表情を硬くした。

これは本心だ、と示すように。


「たし、かに……お、まえを息子に持って……色々苦労はし、たが……なんだかんだ、この十数年間────幸せ、だった」


 迷わずそう宣言し、祖父は僅かに表情を和らげる。

酷く穏やかな目で、父を見つめながら。


「お前、が……生まれ、た……ときの喜び……成長を感じ、た瞬間の……こうようか、ん……それら、は忘れ難く……どれも愛お、しい……」


 父の中にある暗く重たい感情を解きほぐすように、祖父は本音を漏らした。

かと思えば、うんと目を細める。


「ロー、ガン……儂の息子になっ、てくれて……ありが、とう……」


 最後に一粒の涙を流し、祖父は満足そうな顔で眠りについた。

酷く安からな死を迎えた彼の前で、父はゆらゆらと瞳を揺らす。


「ちち、うえ……」


 ちょっと不安そうに呼び掛け、父は震える手で祖父の頬に触れた。

その刹那、声にならない声を上げて泣きじゃくる。

多分、祖父の死を確認して感情が溢れてしまったのだろう。


「ちちうえ……ちちうえ……ごめん、なさい……今、まで……ほんと、に……ごめんなさ……い……わた、しが……ぜん、ぶ……まちがっ、て……」


 そろそろ力が尽きてきたのか、父はまともに声を出すことすら出来なくなった。

それでも懸命に謝罪の気持ちを伝えようと、祖父の手を軽く握る。

と同時に、少しだけホッとしたような……嬉しそうな素振りを見せた。

まるで、ずっと迷子だった子供が親を見つけた時のような反応だ。


 あれ?お父様って、こんなに幼い人だったっけ?


 姿・見た目の話ではなく、心が五歳児と変わらないソレに見え、私は戸惑いを覚える。

────と、ここで父がゆっくり目を閉じて動かなくなった。

安心しきった様子で眠りについた彼を前に、私は頭の中が真っ白になる。

この静寂が、酷く恐ろしく感じて……。


「────アイリス!」


 不意に名前を呼ばれ、私はハッと正気に戻った。

そして、反射的に後ろを振り返ると────姉やヴィンセント様をはじめ、複数の人間が目に入る。

その中には、ルパート殿下やエレン殿下の姿もあった。


「そんなところで立ち尽くして、どうしたんだ?あと、前公爵達はどこに……」


 ルパート殿下は床に倒れている父達に気づくなり、少し固まる。

珍しく動揺を露わにする彼の前で、他の者達も足を止めた。

かと思えば、状況を理解して立ち竦む。


「な、何でお祖父様まで……」


「恐らく、皇城の修復をしたのがフランシス卿なんじゃないかな。それで、魔力を使い過ぎて……」


「なるほど、アイリス嬢だけでも助けようとしたのか」


「こう言ってはなんだけど、あの状況ではそれが最善だね」


 姉、ヴィンセント様、ルパート殿下、エレン殿下の四人はそれぞれ複雑な心情を表した。

その瞬間────私は腰を抜かす。

ずっと、どこか他人事だった事象が……感情が……死が現実のものとして認識され、頭と心を掻き乱された。


「ぁ……ああ……わた、し……」


 絞り出すような声で言葉を紡ぎ、私はその場に蹲る。


「何も……何も出来なかった……ただ、二人のことを見ていて……だから……私……」


 あれほど、『もう家族を見捨てるような真似はしたくない』と言っていたのに……結局また自分だけ助かった事実に、身を震わせた。

目の前が真っ暗になるような感覚を覚える中、私はふと“均衡を司りし杖”を目にする。


「そうだ……家宝の力で、二人を生き返らせれば……」


 『まだ取り返しは、つくんじゃないか』という幻想に囚われ、私は“均衡を司りし杖”へ手を伸ばした。

────が、ルパート殿下に腕を掴まれ、阻止される。


「やめておけ。死者蘇生など、この場に居る全員の魔力を併せたとしても多分出来ない。二人分ともなれば、尚更な」


 『無駄死にしたいのか』とハッキリ言い、ルパート殿下は厳しい現実を突きつけてきた。

でも、私は決して手を引かず……“均衡を司りし杖”を求める。


「無茶なのは、理解しています……けど、私はもう家族を見捨てたくない……少しでも可能性があるなら、それに縋りたい……たとえ、自分の命をドブに捨てる羽目になったとしても」


 『無駄死にしてもいい』という意向を示し、私はただ一点だけを……“均衡を司りし杖”だけを見つめた。


「だから、もう手を離し……」


「────アイリス!」


 悲鳴に近い声色で私の名前を呼び、肩を掴んでくるのは他の誰でもない姉だった。

どこか怒ったような素振りを見せる彼女は、私のことを後ろに引っ張る。

『そちらへ行くな』と訴え掛けるかのように。


「貴方、お継母様に言われたことをもう忘れたの!?」


「!」


 ピクッと僅かに反応を示し、私は後ろを振り返った。

すると、今にも泣きそうな表情(かお)をしている姉が目に入る。


「お継母様はアイリスが生きて幸せになることを……明るい未来が訪れることを、祈っているのよ!?それなのに、貴方自ら未来を手放すの!?」


 あの手紙の内容を引き合いに出し、姉は『命を粗末にするんじゃない!』と叱りつけた。

その途端、私の中にある使命感や焦燥感は消えてなくなり……そっと手を下ろす。


 正直まだ冷静じゃないけど、ここで無茶を押し通しちゃいけないのは分かる。

きっと、誰のためにもならないから。

何より、お母様を悲しませたくない。


 今もどこかで見守ってくれているだろう母を思い浮かべ、私は肩から力を抜いた。


「……死者蘇生は諦めるわ。取り乱してしまって、ごめんなさい」


 出来るだけ落ち着いた口調で返事し、私は目を伏せる。

と同時に、大きく深呼吸した。

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