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皇城から脱出

「各自、防御態勢を整えて。恐らく、他の箇所もそろそろ崩れるよ」


 私の腰を抱き寄せつつ、ヴィンセントはどんどん崩れていく天井を見上げた。

すると、アイリスが父の方へ駆け寄り、身を屈める。


「……置いていった方が、いいんじゃない?どうせ、もう助からないんだから」


 『救出してもそのうち死ぬ』という現実を突きつけ、ヴィンセントは見捨てるよう告げた。

この状況で、お荷物を背負い込むのは危険だから。

最悪、共倒れ……いや、父の道連れになる。


「だとしても、私は家族を見捨てるような真似をしたくありません……もう二度と」


 継母のことを思い出しているのか、アイリスは表情を硬くした。

『今回は瓦礫だし、まだ何とかなるかも……』と考える彼女を前に、ヴィンセントは少し悩むような素振りを見せる。

────と、ここで祖父が床に転がった父の体を持ち上げた。

ついでに、“均衡を司りし杖”も。


「アイリスの体格では、ローガンを運搬するのは難しいだろう。だから、儂が責任を持って(・・・・・・)運ぼう」


 暗に『そちらに迷惑は掛けない』と言ってのけ、祖父は降ってきた瓦礫を剣で薙ぎ払う。

大人一人を小脇に抱えている状態だというのに、凄い力だ。


「……まあ、負担や危険を理解した上で運ぶというのなら僕はもう止めません」


 ヴィンセントはアイリスと祖父の行動を容認し、剣を持ち直す。

と同時に、瓦礫の山を見つめた。


「それより、脱出を始めた方が良さそうです。どの程度の崩壊になるのか様子を見ていましたが、これは地下ごと生き埋めになりそうな勢いなので」


 『もしかしたら、少しの崩壊で終わるかもしれない』という可能性に賭けて、待機していたものの……見事最悪の事態に陥り、ヴィンセントは苦笑を漏らす。

出来れば、安全に脱出したかったのだろう。


「分かりました。では、今すぐ出口の方へ向かいましょう」


 アイリスは瓦礫に埋もれてきた通路を見据え、『あんまり時間はなさそう』と呟いた。

早く出発したい様子の彼女を前に、祖父は小さく首を横に振る。


「いや、移動距離や時間を考えると来た道を引き返すのはリスクが高いだろう。何より、もう階段が瓦礫で埋まっているかもしれない」


「じゃあ、一体どうすれば……?」


 『通路を全速力で駆け抜ける以外の脱出方法があるのか』と問うアイリスに、祖父は────


「天井に穴を開けて地上へ出るのが、恐らく一番安全だろう」


 ────と、答えた。

かと思えば、こちらに視線を向ける。


「セシリア、灰も残らぬ勢いで天井を燃やすのは可能か」


「はい。ただ、もし地上に人が居たら……」


 『一緒に燃やしてしまうかもしれない』という懸念を抱き、私は火炎魔法の使用を躊躇った。

すると、祖父が小さく笑う。


「安心しろ。この上はちょうど物置部屋だから、きっと誰も居ない。非常事態のときなら、尚更な」


 『だから、思い切りやれ』と促す祖父に、私は頷いた。

少しばかり表情を和らげながら。


「では、直ぐに発動準備へ入ります」


 崩壊の速度を考えたらあまり悠長にしていられないため、私は即座に魔力を高める。

────と、ここでずっと沈黙を守ってきたヴィンセントが口を開いた。


「セシリア、念のためカウントダウンをお願いね。タイミングが合わなかったら、困るから」


 『それにこれは何度も使える手じゃないし』と言い、ヴィンセントはこちらへ手を伸ばす。

と同時に、私のことを抱き上げた。

恐らく、こちらの身体能力を考慮してのことだろう。

『階段もなしに上階へ登るのは、至難の業だから』と考えつつ、私は横髪を耳に掛ける。


「分かったわ。じゃあ、カウントダウンを始めるわね」


 そう前置きしてから、私は天井を見上げた。


「魔法発動まで3、2、1────フレイムアタック」


 インフェルノと同じくらい強力な火炎魔法を発動し、私は天井目掛けて放つ。

その途端、肌を焦がすような熱気と咳き込むほどの煙が発生し、頭上に大きな穴を開けた。

荷馬車よりやや大きい脱出口を前に、ヴィンセント達は床を蹴り上げる。


 皆、凄い跳躍ね。特に人一人を抱えた状態で、飛んでいるヴィンセントとお祖父様。


 『ジャンプ力も然る事乍ら、バランス力が……』などと考えていると、


「えっ……?」


 アイリスの声が耳を掠めた。

反射的にそちらを向く私は、目に入った光景に息を呑む。

何故なら────アイリスが、父に手を引っ張られていたから。

『空中でそんなことをしたら……!』と焦る私を前に、彼女は案の定とでも言うべきか体勢を崩して落ちる。


「アイリス……!」


 私は咄嗟に身を乗り出し、彼女の腕や足を掴もうとする。

が、ほんの一瞬の出来事だった上、互いの距離もそこそこ離れていたため届かず……煙の奥へ消えるアイリスを見届けることしか、出来なかった。


 ど、どうしよう……!?どうすれば……!どうやって……!


 動揺のあまりまともに物事を考えられず、私はただただ自問を繰り返す。

────と、ここで父が私の方にも手を伸ばしてきた。

恐らく、アイリスの時と同じようにするつもりなのだろう。


「っ……!」


 眼前に差し掛かった父の手を前に、私は『避けられない……!』と危機感を抱く。

その瞬間、ヴィンセントが軽く仰け反って父の手を躱した。


「チッ……!」


 苛立たしげにこちらを睨みつけ、父は手を引っ込める。

時間的に、再挑戦する暇がないからだろう。

『仕方ない、あっちは諦めるか』と言わんばかりに顔を背け、祖父の服を適当に掴んだ。

かと思えば、自身も下へ落ちる。祖父を道連れにする形で。


「なっ……!?」


 自分とヴィンセント以外地下へ逆戻りした現実に、ひたすら衝撃を受ける。

と同時に、ヴィンセントが上階へ着地した。


「アイリス、お祖父様……!早くこちらへ!」


 穴から地下を見下ろし、私はもう一度ジャンプするよう促す。

が、一階の壁が倒れてきて脱出口を塞がれた。


 これじゃあ、アイリス達は地下から出られない……!

早く瓦礫を撤去しないと……!でも、一つ一つ運搬している暇なんてない……!こうなったら────


「────もう一度、魔法で穴を開けるしか!」


 真下に手のひらを向け、私は『あと一撃くらいなら、強力なものを放てる!』と思案する。

その刹那、ヴィンセントに手首を掴まれた。


「ダメだよ、セシリア。勢い余って、フランシス卿達まで燃やしたら大変だ」


 『君の炎は凄まじいから、最悪死ぬよ』と語り、ヴィンセントは思い留まるよう説得する。

二階の天井に入った亀裂を眺めながら。


「今は僕達だけでも、脱出しよう」


 『現時点で出来ることはない』と告げ、ヴィンセントは落ちてきた瓦礫を切り裂いた。

かと思えば、私を抱いたままこの場から離れる。


 ……ヴィンセントの言う通りだわ。何も出来ないのは歯痒いけど、アイリス達のことを信じて避難しましょう。


 『私達まで動けなくなったら、不味い』と判断し、不満を呑み込んだ。

────と、ここでヴィンセントが一階の窓から外へ出る。


「う〜ん……思ったより、被害が大きいね」


 少し傾いた皇城を見つめ、ヴィンセントは苦笑を漏らした。

『このままだと、全壊も有り得る……』と思案し、おもむろに足を止める。


「多少のリスクは承知で、やっぱり今から助けに行くべきかな?本当はある程度、崩壊が収まったタイミングで行きたかったんだけど」


 悩ましげに眉を顰め、ヴィンセントは通常の剣を握り直した。

すると────


「よく分からないが、人手が要るなら俺も連れて行け」


「私も良ければ、力になるよ」


 ────突然背後から、声を掛けられる。

『あれ?この声って……』と目を剥く私達は、パッと後ろを振り返った。

と同時に、少しばかり表情を和らげる。


「ルパート殿下、エレン殿下、よくぞご無事で」


「思ったより、お早い帰還でしたね」


 マーティン殿下達の確保に赴いていた彼らとの合流に、私達は安堵と歓喜を覚えた。

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