父との戦い
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────同時刻、皇城の地下牢にて。
私達は両者無傷のまま、睨み合いという名の膠着状態を続けていた。
お互い、家宝の力を警戒するあまり踏み込めていない状況と言えば分かるだろうか。
時折、通常魔法による攻撃……いや、牽制は行っているのだけど、それだけという感じ。
正直、このままだと削り合いの戦いになるわね。
まあ、こちらとしては全然構わないけど。
『長丁場になって困るのは、確実にお父様の方』と思案しつつ、私は炎の槍を放つ。
すると、父が風の矢を生成して相殺した。
「チッ……!これでは、埒が明かん!」
一向に変わらない戦況に痺れを切らし、父は“均衡を司りし杖”を構える。
が、やっぱり“混沌を律する剣”が気掛かりなのか、詠唱を始めることはなかった。
『無作為に血統魔法を使う訳には、いかないものね』と思案する中、父は片手をこちらへ突き出す。
「ウィンドラフ!」
魔法で荒々しい風を巻き起こし、父は地下牢の砂や埃を巻き上げた。
かと思えば────こちらへ放つ。
「「「!?」」」
反射的に目を瞑る私達は、ものの見事に視界を奪われた。
が、直ぐに砂埃は収まる。
「クソッ……!適当に“混沌を律する剣”を振るって、魔法を打ち消したか……!なんて、忌々しい力だ!」
父はヴィンセントの手にあるクライン公爵家の家宝を睨みつけ、歯軋りした。
と同時に、再度手を突き出す。
「だが、先程の方法なら確実に隙は作れる……!────ウィンドラフ!」
もう一度強風を巻き起こし、父は砂埃を発生させた。
それを、ヴィンセントがまた鎮める。
────というやり取りを執拗なまでに繰り返し、徐々に距離を詰めてきた。
多分、このまま強行突破するつもりだろう。
どうしよう……反撃しようにも、この視界の悪さじゃ……。
誤って味方に攻撃してしまう可能性も考え、私は尻込みする。
でも、だからと言って父の好きにさせる訳にもいかなかった。
いっそのこと、広範囲攻撃の『ファイアブレス』を使う?
前方に押し出すようにして使えば、味方に当たらないだろうし……いや、お父様の風魔法で炎の進行方向を変えられたら厄介ね。
最悪、こちらが一網打尽にされるわ。
『やっぱり、今は魔法を使えない』という結論に至り、私は唇を引き結ぶ。
己に課せられた矛の役割をこなせないことが、歯痒くて。
『視界さえ、どうにかなれば……』と考えつつ、私は目元に手を当てた。
そして、指の隙間から父の動向を探る。
もうかなり近くまで、来ているみたいだけど……目視出来る範囲が限られていて、動きを完全に把握出来ない。
「っ……!」
不意に指の隙間へ砂埃が入り込み、私は目を痛めた。
その瞬間、再び風は止む。
どうやら、ヴィンセントが“混沌を律する剣”の力を使って無効化したようだ。
『でも、また直ぐに次が……』と思案する私を他所に、彼は
「アイリス嬢、魔法を」
と、指示する。
と同時に、アイリスが小さく息を吸った。
「シャイニング」
その言葉を合図に、瞼越しでも分かるほど強い光が放たれる。
『これは砂埃関係なく、目を開けられないわね』と考える中、ヴィンセントは私の手を掴んだ。
かと思えば、少し前へ突き出す。
「セシリア、範囲魔法を。たとえ、押し返されても僕が防ぐから」
「わ、分かったわ────ファイアブレス」
言われるがままに手のひらから高温の炎を放ち、私は当てずっぽうもいいところの範囲攻撃を仕掛けた。
すると、父がすかさず
「ウィンドメンター!」
強風で高温の炎を押し返す。
肌で感じる温度と熱気が方向変換を告げる中、ヴィンセントは私の手を離した。
その刹那、炎の気配は消滅する。
恐らく、“混沌を律する剣”を前へ突き出し、打ち消したのだろう。
「アイリス嬢、魔法を解除してフランシス卿と共に畳み掛けるんだ」
「了解」
アイリスは言葉少なに応じると、直ぐさま光を散らした。
正常に戻った視界を前に、彼女は剣と鞭を構えて駆け出す。
無論、祖父も一緒に。
「っ……!」
元々距離が近かったこともあり、父はもう目と鼻の先に居るアイリスと祖父にたじろいだ。
今から詠唱しても発動が間に合わないのは、明白なので。
勝負あったわね。
目に入った砂埃を取り除きつつ、私はアイリスと祖父の背中を見つめる。
────と、ここで二人が父に強烈な一撃をそれぞれお見舞いした。
「ぐっ……!」
両手にそれぞれ鞭と拳を受け、父はその衝撃で“均衡を司りし杖”を取り落とす。
カランと音を立てて床に転がるソレを前に、アイリスが膝を折った。
“均衡を司りし杖”を拾うために。
「私のモノに触れるな!」
目を吊り上げて怒鳴り、父は足を振り上げる。
その下には、アイリスの頭があった。
なっ……!?踏みつけるつもり!?仮にも愛していた人との子供でしょう……!?
躊躇も容赦もない父の攻撃に、私は大きく目を見開く。
と同時に、祖父がアイリスの手を引いて父の蹴りを躱した。
ダンッと床に叩きつけられた父の足を前に、祖父は身を屈める。
アイリスの代わりに“均衡を司りし杖”を回収しよう、と。
「させるか!────ウィンドカッター!」
父は至近距離から風の刃を放ち、“均衡を司りし杖”の奪還を阻止してきた。
すると、祖父は仕方なくアイリスを連れて後ろに下がる。
ここで無理をしても、しょうがないため。
「すまない、せっかくのチャンスを棒に振った」
「いえ、あそこで引いたのはいい判断でした」
『おかげで全員無事だった訳ですし』と言い、ヴィンセントは祖父の謝罪を受け流した。
“均衡を司りし杖”を再び手にする我が父を見つめながら。
「あちらはもう体力も魔力も通常の半分以下しか残っていないでしょうし、無理して“均衡を司りし杖”を奪還する必要はありませんよ。勝敗はもう決しているようなものです」
『状況そのものは、全然悪くない』と主張し、ヴィンセントはゆるりと口角を上げる。
その刹那────父がこちらに背を向けて、走り出した。
『えっ?』と困惑する私達を置いて、彼は地下牢の奥へ進んでいく。
「で、出口ってここだけよね?」
父の行動が理解出来ず一応確認すると、ヴィンセントは小さく首を縦に振る。
「ああ、その筈だよ」
「じゃあ、何でお父様は正反対の方向へ……?」
どう考えても不可解な行動のため、私はコテリと首を傾げた。
と同時に、ヴィンセントが自身の顎を撫でる。
「考えられる可能性としては、こちらを出口から引き離そうとしているとか、敗北を悟ってヤケを起こしたとかかな?あとは────」
そこで一度言葉を切り、ヴィンセントはふと父の去っていった方向を見つめた。
「────一縷の望みに懸けて、転移を試みているのかも。本来なら空間属性に適性のある魔導師にしか出来ない芸当だけど、“均衡を司りし杖”を使えば可能になるだろうから」




