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メリッサ皇妃殿下の最期《エレン side》

「一先ず、その代物はこちらで預かるよ。どうするかはこれから、じっくり考える」


 言外に『保留』を言い渡す私に、侍女はコクリと頷いた。

かと思えば、執務机の上に箱を置く。


「もう下がってくれて、いいよ。相談、ありがとう」


 『まだ片付けの途中だろう』と思って退室を促すと、侍女は一礼してこの場を立ち去った。

パタンと閉まる扉を前に、私は一つ息を吐く。


 メリッサ皇妃殿下やマーティンへのプレゼント、か。

きっと、色々悩みながら決めたんだろうな。少しでも彼らの心を解す材料になれば、と。

それなのに、あの二人と来たら……。


 母の想いを踏みにじるような行為の数々を思い出し、私はやり切れない気持ちになった。

所詮、母の独りよがりとはいえ……ここまでコケにされると、さすがに腹が立って。

『善意や厚意を全て有り難く受け取れ』とは言わないが、悪意と害意を持って跳ね返すのはあまりにも酷い。


「……こんなに誰かを恨むのは、初めてだよ」


 ────という言葉を合図に、私は現実へ意識を引き戻す。

と同時に、瀕死状態のメリッサ皇妃殿下を見つめた。


「────と、このように母上は貴方のことを男爵家の娘だからと嘲笑ったことも馬鹿にしたことも見下したこともありません。本気で歩み寄ろうとしていました」


 当時のことを思い出したからか、自然と言葉に力が入る。

だって、母の思いは……嘆きは……願いは一番近くに居た私が、よく知っているから。


「信じるかどうかは貴方次第ですが、もし少しでも心に響いたのなら……あちらに行った時、母上に一言謝ってください」


 ────そしたら、きっと許してくれますから。


 とは言わずに、口を噤んだ。

謝れば許してもらえると知れば、メリッサ皇妃殿下の反省や後悔が薄まる気がして。

何より、そんな打算を孕んだ気持ちで謝罪してほしくなかった。


 あちらは私達にさんざん迷惑を掛けてきたのだから、これくらい意地悪したって罰は当たらないだろう。


 などと考えていると────背後から、物音が。

反射的に後ろを振り返る私は、見知った顔を発見して少しばかり目を剥いた。

もう決着がついたのか、と驚きながら。


「ルパート、早かったね」


「はい。ただいま戻りました」


 胸元に手を添えて一礼し、ルパートは足元に目を向ける。


「そちら()、生け捕りは無理だったようですね」


 血だらけのメリッサ皇妃殿下を捉え、ルパートは僅かに表情を硬くした。

どことなく残念そうな素振りを見せる彼の前で、私は小首を傾げる。

ルパートの言い回しが、ちょっと気になって。


「『も』ということは、ルパートの方もかい?」


 マーティンの生死を問う私に対し、ルパートはそっと目を伏せた。


「はい、マーティン・エド・イセリアルはつい先程息を引き取りました」


「なっ……!?」


 メリッサ皇妃殿下は思わずといった様子で声を上げ、ルパートを凝視した。

『嘘だと言って!』と懇願するみたいに。

でも、ルパートは全く意に介さなかった。

それどころか、


「メリッサ皇妃殿下、彼より伝言……いえ、遺言を預かっています」


 追い討ちを掛ける。

いや、本人にそのつもりはないんだろうが。


「時間もないので、ここでお伝えします」


 もう先が長くないことを考慮し、ルパートはさっさと話を進めた。

かと思えば、おもむろに膝を折る。


「────私が息子ですまなかった、だそうです」


「!!」


 大きく瞳を揺らして、メリッサ皇妃殿下は困惑を露わにした。

多分、そんな……マーティン自身の存在を否定するようなことを言われるとは、思ってもみなかったのだろう。


 ……ふ〜ん?この人も一応、ちゃんとした“親”だったんだね。

そうでなければ、ショックなんて受けない筈だから。

むしろ、『その通りだ!お前が息子じゃなければ!』と同調していたと思う。


 『ちょっと意外』と衝撃を受ける中、メリッサ皇妃殿下は地面に伏せた。

と同時に、肩を震わせる。

僅かに嗚咽が聞こえるので、恐らく泣いているのだろう。


「息子、に……こんな、こと……言わ、せる……なんて……私……最、低だわ」


 絞り出すような声で懺悔し、メリッサ皇妃殿下は少しだけ顔を上げた。

真っ赤な瞳に、反省と後悔を滲ませて。


「今やっ、と……分かっ、た気が……する……わた、し……の行いが……ど、れほど……おろ、か……だったか……」


 我が母の悲願とマーティンの謝罪……その二つを受けて、メリッサ皇妃殿下はようやく己の間違いを認めた。

血と涙で、グチャグチャの顔になりながら。


「最後になっ、て……こん、な……大切な、ことに……気づく、なんて……ほん、と……どうしようも、ない……」


 自分の人間性を嘆きつつ、メリッサ皇妃殿下は自嘲気味に笑う。

が、直ぐに表情を引き締めた。


「もう……謝っ、て済む……問題、じゃ……ない、けど……謝ら、せて……ほし、い……」


 最後の力を振り絞ってこちらに手を伸ばし、メリッサ皇妃殿下は私の足に触れる。

その瞬間、全身から力が抜けたようで再び地面に顔を伏せた。


「ごめん、なさい……本当に……ごめ……なさ……」


 不意に声が途切れ、メリッサ皇妃殿下はピクリとも動かなくなる。


 ……どうやら、あちらの世界へ旅立ってしまったようだね。

ちゃんとマーティンや母上に、会えているといいけど。


 だんだん冷たくなっていくメリッサ皇妃殿下の遺体を前に、私は一つ息を吐いた。

なんだか、肩の荷が降りたような感覚を覚えて。

『やっと、決着がついたんだ』と目を細め、ここ十数年に渡る長い長い戦いを振り返る。


 正直、まだ二人のことを許せる気がしないけど……最後にメリッサ皇妃殿下から謝罪を聞けて、気が晴れたよ。

少なくとも、もう恨みや憎しみは残っていない。


 なんか吹っ切れたような気持ちになりながら、私は手を組んだ。

と同時に、祈りを捧げる。

どうか安らかに眠ってほしい、と。


「────さて、それじゃあ皇城に帰還しようか」


 前公爵がまだ暴れている可能性を考慮し、私は早々に撤収を命じた。

場合によっては、助太刀しないといけないため。

『今日は長い夜はなりそうだ』と予感しつつ、私は満月を見上げた。

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