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果たせなかった約束《マーティン side》

「これ以上、手荒な真似はしたくありません。降参してください」


 変なところで善人ぶるルパートは、こちらに選択の余地を与えた。

問答無用で殺すなり、意識を奪うなりすればいいものを……。

『本当に気に食わないやつだ』と憤りつつ、私は眉間に皺を寄せる。


 残念だが……こいつの言う通り、私はここまでのようだ。

母上のところには、行けない……だから、せめて────


「────お前だけは道連れにする!」


 すぐそこにある剣を素手で掴み、私は天を仰いだ。


「ミストラル!」


 自分の使える魔法の中で一番強力なものを発動し、私は不敵に笑う。

己の魔力を極限まで注ぎ込んだソレが、どれほどの威力を持っているのか……私ですら、分からないから。

『まず、コントロールは出来ないだろうな』と考える中、ところ構わず風が吹いた。

それも、暴風と呼ぶべき勢いと荒々しさを持って。

『これできっとルパートも……』と思案し、私は剣を握る手に力を入れる。


「道連れは困ります」


 ルパートは荒れ狂う風を一瞥し、私の手から剣を抜き取った。

ビシャッと飛び散る私の血など気にも留めず、彼は背筋を伸ばす。

と同時に、暴風を切った。

比喩表現でも何でもなく、本当に。


「……はっ?」


 思わず声を上げてしまう私は、そのデタラメな力に目を見張る。

『そんなこと出来るのか……!?』と動揺する私を前に、ルパートは次々と風を切っていった。

いや、剣を振ったときに起こる衝撃波で相殺して行ったと言った方が正しいか。

とにかく、暴風を無力化していた。


 強いのは知っていたが、まさかここまでとは……!

これじゃあ、道連れなんて……夢のまた夢じゃねぇーか!


 ギシッと奥歯を噛み締め、私は言いようのない怒りに襲われた。

その瞬間────ふわりと体が宙を舞う。

どうやら、自分の作った暴風に巻き込まれたようだ。

まあ、こうなるのは分かった上で発動したため特に動揺はないが。


「兄上!」


 ルパートは心底驚いた様子でこちらを見つめ、一瞬立ち止まった。

恐らく、この風は私の支配下にあると勘違いしていたのだろう。

まさかこんな風に攫われるとは、夢にも思わなかったみたいだ。


「手を……!」


 慌ててこちらに身を乗り出し、ルパートは懸命に手を伸ばす。


 きっと、これを掴めば助かるんだろう。でも、


「こっちにだって、プライドはある!」


 眼前にあるルパートの手を無視し、私は『ははっ!』と小さく笑った。

だって、ルパートの顔があまりにも面白くて……。

『こいつでも、こういう表情するのか』と目を細め、風の流れに身を任せる。

すると、瞬く間に右腕と左足を失った。

両耳もちょっと欠けており、じんじんと痛む。


 血が……止まらねぇ。多分、これ死ぬな。


 いつもより近く見える月を見つめ、私はフッと笑みを漏らした。

結局、自爆で人生の幕を下ろすなど……滑稽だな、と思って。

『ルパートを道連れに出来たなら、少しは格好がついたのにな』と思案する中、暴風が止む。

と同時に、私は地面へ落ちて背中を強打した。


「っ……!」


 背骨が折れる感覚と痛みに、私は思い切り顔を歪める。

そして、息すら出来ない状態に陥ちる中────過去の記憶がブワッと甦った。

まるで、己の生き様を見せつけるように。


「────母上、試験で満点を取りました」


 まだ十歳にも満たない年齢の私が、テスト用紙片手に母の部屋へ足を運ぶ。

『よくやった』と褒められることを期待して。

でも、当の本人はソファに座ったままこちらに一瞥もくれず……


「それくらい、上の皇子もやっているわ。もっと、頑張りなさい」


 と、述べるだけ。

『試験の点数程度で、いちいち騒がないでちょうだい』と鬱陶しそうに振る舞う彼女は、一つ息を吐いた。

疲れた顔で手元の資料を読んでいる母を前に、私は唇を引き結ぶ。


 今回は褒めてもらえると思ったんだけどな……上の皇子より優秀にならないと、目も合わせてくれないのか。


「……邪魔だな」


 ボソリと独り言を呟き、私はさっさと踵を返した。

エレンへの対抗心とも、復讐心とも取れる感情を抱いたまま。

『今度こそ、あいつよりいい結果を出してやる』と奮起する中、私は剣術で頭角を現す。


「母上、剣の手合わせで第一皇子に勝ちました」


 稽古終了と共に母の部屋へ赴き、私はいち早く報告した。

この喜ばしい出来事を。

『これで母上も私のことを認めてくれる筈だ』と期待しつつ、彼女の座るソファへ駆け寄る。

と同時に、母が勢いよく私の頬を叩いた。


「どうせ勝つなら、帝王学や算術にしなさい。何でよりによって、皇位継承権争いにあまり関係のない剣術なの?」


 『そんなの何の自慢にもならない』と吐き捨て、母は冷めた目でこちらを見下ろす。

思わず肩を震わせる私の前で、彼女はおもむろに足を組んだ。


「ただでさえ、こっちは強力な後ろ盾がなくて遅れを取っているというのに。君主たる才能もあちらの方が上となれば、勝ち目がないわ」


 ギシッと奥歯を噛み締め、母は私の肩を強く掴む。


「マーティン、お願いだから上の皇子を越えて皇帝になってちょうだい。そして、母を一番にして。誰にも見下(みさ)げることが、出来ないように」


 真っ赤な瞳に僅かな……でも強い怒りを滲ませ、母は真っ直ぐこちらを見据えた。


「出来るわよね?」


 どこか威圧感のある声色で問い掛けてくる母に、私は表情を強ばらせる。

僅かな恐怖と不安を胸に抱いて。


 ……正直、第一皇子のエレンに勝てる確証も自信も私にはない。

でも、ここで母上の期待を裏切ればどうなるか……。


 『見捨てられるかもしれない』と怯え、私は弱音を呑み込んだ。

私にとって、母は世界の全てで……何より変え難い存在だったから。


「はい、出来ます」


 ────と、出来もしない約束を交わしてから十数年。

私はひたすら努力を重ね、苦汁を嘗め、手を汚し続けた。

全ては、皇位継承権争いで勝つため……いや、母の願いを叶えるために。


 そしたら、きっと母上に認められる筈……マーティン()は自慢の息子だ、と。


 『一度だけでいいから、褒められたい』という思いを抱え、私はここまでやってきた。

でも、もうダメみたいだ。


「はは、うえ……」


 現実へ意識を引き戻した私は、帝都の外れにある野原で満月を眺める。

────と、ここでルパートがこちらへ駆け寄ってきた。


「兄上、直ぐに手当てを……しても、無駄そうですね」


 瀕死と言って差し支えない負傷状態を見て、ルパートは少しばかり表情を曇らせる。

が、直ぐにいつもの無表情へ戻った。


「何か言い残したいことは、ありますか?」


 『遺言を聞こう』と申し出るルパートに、私は内心舌打ちする。

こいつのこういうお人好しなところが嫌なんだ、と毒づきながら。

だが────今際の際で意地を張るのもどうかと思い、口を開く。

最期にどうしても……あの人に伝えたいことが、あって。


「わ、たしが……息子、で……すまなかっ、た……と、母上に……詫びて、くれ」


 自分のように不出来で未熟で卑劣なやつが、息子じゃなければ……母の願いを叶えられたかもしれない。

そんな幻想に囚われ、私はただただ申し訳なく思う。

『結局、皇帝になるという約束も無事に合流するという約束も果たせなかったしな』と考えつつ、瞳を揺らした。

と同時に、ルパートが自身の胸元へ手を添える。


「分かりました。ルパート・ロイ・イセリアルの名にかけて、必ずお伝えします」


 一点の曇りもない眼でこちらを見つめ、ルパートは確約した。

その途端────私は心底ホッとしてしまう。

もう思い残すことが、なくなったからだろうか……全身から、力が抜けた。

それに比例して、意識もどんどん薄れていき……『嗚呼、もう本当に死ぬんだな』と実感する。


 母上、貴方の業も罪も全て私が背負っていきます。

だから、どうか……生き延びて、幸せになってください。


 心から母の明るい未来を願い、私は静かに息絶えた。

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