追っ手《マーティン side》
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────同時刻、帝都の外れにある野原にて。
私は僅かな部下と母を引き連れ、国境へ向かっていた。
それも、徒歩で。
本当は馬車を使って、移動したいところなんだが……皇室の紋章が入ったものを使えば、目立つからな。
逃亡がバレたとき、直ぐにこちらの足取りを掴まれてしまう。
だから、しばらくは徒歩で移動するしかない。
『まあ、この先にある街で荷馬車を買うまでの辛抱だ』と自分に言い聞かせ、私はひたすら前へ進む。
足元の草を掻き分けながら。
チッ……!歩きづらいな。
追っ手の目を欺くため、敢えて街道から外れたが……間違いだったかもしれない。
体力に自信のある私ですら、疲弊するほどだから。
普段運動をしない母上には、かなりの重労働の筈。
視界の端に息切れしている母を捉え、私は『今からでも街道に戻るか?』と悩む。
────と、ここで激しく揺れる草むらの音を耳にした。
『風……では、ないよな』と思案しつつ、私は手元のランプの明かりを消す。
もし、人の起こした音なら危ないと判断して。
でも────
「マーティン・エド・イセリアル、メリッサ・フィーネ・イセリアル発見」
────もう遅かったようだ。
艶やかな紫髪を揺らして現れた男は、素早く私達の前に回り込む。
と同時に、後ろの方から金髪の男も現れた。
それも、騎士を三十人ほど引き連れて。
不味い……完全に囲まれた。
前に居るルパートと後ろに居るエレンを見やり、私は歯軋りする。
『早く何とかしなければ、数はもっと増えるぞ』と危機感を抱く中、母が表情を強ばらせた。
「もう追っ手が……」
前公爵がもうちょっと時間を稼いでくれると思っていたのか、母は動揺を露わにする。
珍しく不安と焦りを前面に出す彼女の前で、エレンは腰に手を当てた。
「そちらの企みは、もう全て把握しています。父上から、君達を罰する正式な許可も貰いました。なので、容赦はしません────が、一応そちらの意思を確認しておきましょう」
そう前置きしてから、エレンは硬い声色で言葉を紡ぐ。
「大人しく降伏して、裁きを受ける気はありますか?」
『あるなら、この場では何もしません』と告げ、エレンはこちらの反応を窺った。
そんなの聞くまでもないことは、彼だって分かっているのに。
ここで捕まれば、私達に待っているのは死刑か生き地獄……ならば、多少の無茶を押し通してでも逃げ切るしかない。
腰に差した剣へ手を掛け、私はエレンから目を離す。
前方に居るルパートを見つめながら。
「そんな気はさらさらねぇーよ────母上、先に行ってください。私はこいつらを蹴散らしてから、後を追います」
そう言うが早いか、私は剣を抜いてルパートへ斬り掛かった。
正直この人数差は厳しいが、魔法も併用すれば何とかなると思って。
「ウィンドラフ」
私は魔法で葉っぱをすくい上げ、あちらの視界を悪くする。
と同時に、母の方を振り返った。
「さあ、早く……!」
『時間がありません!』と急かす私に、母はハッとしたように目を見開く。
「必ず……必ず無事に合流するのよ、マーティン」
『約束よ』と念を押し、母は森へ向かって走り出した。
すると、こちらの部下もそれに続く。
頼んだぞ、お前ら。死ぬ気で、母上を守れ。
『傷一つでも付いていたら、許さない』と思いつつ、私はルパートへ絶え間なく攻撃を行った。
────と、ここで花吹雪ならぬ葉吹雪からエレン達が姿を現す。
「参ったね。髪も服もグチャグチャだよ。それにメリッサ皇妃殿下の突破を許してしまったようだし……早く追わないと」
『絶対に取り逃がす訳には、いかない』と奮起し、エレンは前髪を掻き上げた。
かと思えば、ルパートの方へ目を向ける。
「ここは任せても大丈夫かい?」
「ええ、問題ありません。兄上達はメリッサ皇妃殿下の方をお願いします」
ルパートは何食わぬ顔でこちらの剣撃を捌きながら、先に行くよう促す。
『騎士も全員連れて行ってください』と告げる彼を前に、エレンはゆるりと口角を上げた。
「分かった。じゃあ、ここは頼むよ」
『行こう』と騎士達に声を掛け、エレンは私の横を通り過ぎようとする。
そう簡単に通して堪るか……!
視界の端に映る金髪を前に、私は大きく息を吸い込んだ。
「ウィンド……」
魔法発動のため精霊語を口にしようとした瞬間、ルパートが私の鳩尾を蹴り上げる。
なので、最後まで詠唱出来ず……代わりに呻き声を上げた。
クソッ……!このままじゃ、母上のところにあいつらが……!
森の中へ入ってしまったエレン達を見つめ、私は再び口を開く。
今ならまだ射程圏内だ、と思い立って。
でも────
「大人しくしていてください」
────ルパートに口を切り落とされそうになり、回避の方に意識を割いた。
そのため、詠唱出来ず……私は内心舌打ちする。
『ルパートのやつ、いちいち邪魔立てを……!』と憤りながら剣を持ち直し、斬り込んだ。
こうなったら、こいつを先に倒してエレン達を追うしかない……!
恐らくもうこちらの射程圏内から出てしまったことを悟り、私はルパートとの戦いに集中する。
ここで無理にエレン達を追撃しようとすると、余計手間や時間が掛かるため。
「『大人しくしていろ』は、こっちのセリフだ!」
ルパートの胸元目掛けて剣先を突き出し、私は大きく前へ踏み込んだ。
が、あちらの剣に弾かれ、軌道を逸らされてしまう。
よって、ルパートの胸元を……心臓を刺せなかった。
ちょうど彼の顔の横を通り過ぎていった剣を前に、私は眉を顰める。
こいつ……!さっきから、必要最低限の動作のみでこっちの攻撃を躱してやがる……!
『生意気な……!』と苛立ちを募らせ、私は直ぐさま次の攻撃を繰り出した。
が、やはり当たらない。
「チッ……!さっさとくたばれよ!」
『こっちは時間がないんだ!』と焦り、私は勢いよく剣を振るう。
すると、ルパートが跳ね返してきた。
反動で剣を手放してしまう私は、咄嗟に
「ウィンドランス」
風の槍を放つ。
が、あっさり剣で叩き落とされた。
地面に突き刺さり霧散した風の槍を前に、私は数歩後ろへ下がる。
痺れる右手を押さえながら。
「ウィンドラフ」
再び葉っぱをすくい上げて目眩しに使い、私は落とした剣を探す。
さすがに魔法だけで勝てる相手では、ないので。
暗くて、足元が見えない……!ランプの火、もう一度つけるべきか……!?
いや、不用意に明かりを灯せばルパートにこちらの居場所がバレる!
そしたら、確実に追撃が来るぞ!
『とにかく、目を凝らして探すしかない!』という結論に至り、私は右へ左へ視線をさまよわせた。
その瞬間────背後から、肩を刺される。
「後ろがガラ空きです」
「お前っ……いつの間に!」
先程まで前に居た筈のルパートが真後ろに居り、私は動揺を隠し切れなかった。
クソッ……!足元に意識を集中させ過ぎた!
注意が足りなかったことを恥じ、私は歯を食いしばる。
と同時に、ルパートが一度傷口から剣を引き抜き、
「ここまでです、兄上」
私の首筋に当てがった。
『こちらはいつでも、首を刎ねられるんだぞ』ということを、突きつけるかのように。
「これ以上、手荒な真似はしたくありません。降参してください」




