地下牢
「会議はこれでお開きだ。より詳しい話し合いは、各自で行ってくれ」
『固まって話し合う必要は、もうないだろう』と主張し、ロジャー皇帝陛下はこの場を後にする。
恐らく、己の役目を全うするため然るべき場所に行ったのだろう。
「じゃあ、僕達も行こうか」
ヴィンセントは“混沌を律する剣”を手に持ち、ソファから立ち上がった。
かと思えば、ルパート殿下の方へ視線を向ける。
「一応確認しますが、前公爵の居場所は地下牢で合っていますか?」
「ああ、こちらの包囲網を突破してなければまだそこに居る筈だ」
「まあ、牢屋からはもう出ているみたいだけどね。だから、正確な位置は地下牢の通路あたりかな」
ルパート殿下の説明を補う形で、エレン殿下は言葉を紡いだ。
すると、ヴィンセントは『なるほど』と相槌を打つ。
「情報提供、感謝します。では、これで」
「ああ、健闘を祈るよ」
「無事にまた会おう」
エレン殿下とルパート殿下は軽く手を上げて、こちらを送り出す。
あちらはまだ話し合うことがあるのか、もう少しここに残るようだ。
なので、私達は一足先に部屋を出て地下牢へ向かう。
「セシリア、アイリス嬢。移動しながら聞いてほしいんだけど」
先頭を走るヴィンセントは、そう前置きしてから語り出した。
これから巻き起こる戦闘のことを。
「前公爵との戦いでは、基本セシリアに攻撃をしてもらいたい。この中で最も戦闘向きの魔法属性を持っているのは、君だからね。アイリス嬢には、そのサポートをお願いするよ」
『光で相手の視界を奪ったり、注意を引いたりしてくれ』と話し、ヴィンセントは目の前の角を曲がる。
「僕は盾役として、“均衡を司りし杖”の能力の無効化に集中する。と言っても、全ての効果を打ち消せるとは限らないから、二人とも僕の傍を離れないようにね」
『油断して、前へ出過ぎないように』と釘を刺すヴィンセントに、私とアイリスは大きく頷いた。
────と、ここで鉄製の大きな扉を目にする。
「地下牢の入り口が、見えてきたね。二人とも、気を引き締めて。それから────」
一度言葉を切ってこちらを振り返り、ヴィンセントはスッと目を細めた。
「────フランシス卿を保護でき次第、打って出るからそのつもりで」
わざわざ言わなくても分かっていることを口にし、ヴィンセントはこちらを見つめる。
まるで、私の気持ちを確かめるように。
多分、『前公爵を殺す覚悟はあるのか』と聞きたいのね。
時と場合によっては、生け捕りを諦めなきゃいけないから。
いや、むしろそうするのが当然。
一度ならず、二度も“均衡を司りし杖”を無断使用した相手に慈悲など掛ける必要はないもの。
『たとえ、生け捕りにしても最終的には死刑でしょうし』と考えつつ、私は小さく深呼吸する。
と同時に、黄金の瞳を見つめ返した。
「ええ、心得ているわ」
入れ替わりの件を糾弾したあのときに、父への情はもう尽き果てているため、迷いなどない。
もちろん、殺さずに済むのならそれに越したことはないが。
「なら、いいんだ……代わってあげられなくて、ごめんね」
最後の方は小さな……本当に小さな声で呟き、ヴィンセントは視線を前に戻した。
かと思えば、鉄製の扉を開いて中へ入り込む。
あっ……微かにお父様の声が、聞こえる。
どうやら、まだ地下牢に居るみたいね。
『行方不明になってなくて、良かった』と安堵しながら、私は階段を駆け降りた。
すると────父と対峙する祖父の大きな背中が、目に入る。
「「お祖父様……!」」
堪らず声を上げる私とアイリスは、少しだけ涙ぐんだ。
祖父の無事を確認出来て、なんだか気が抜けてしまって。
「セシリア、アイリス!?それにクライン小公爵まで……!何故、ここに!?」
祖父は心底驚いた様子でこちらを見やり、動揺する。
その瞬間、奥の方に居る父が通常の魔法を放った。
迫り来る風の刃を前に、祖父は回避に動こうとする。
が、背後に居る私達を気にしてか判断を躊躇った。
「こちらは大丈夫なので、避けてください」
“混沌を律する剣”を鞘から引き抜き、ヴィンセントは身構える。
それを見て、祖父は横へ一歩移動した。
多分、『クライン公爵家の家宝があるなら、安心だ』と判断したのだろう。
「フランシス卿、早くこちらへ」
向かってきた風の刃を“混沌を律する剣”で無力化しつつ、ヴィンセントは避難を促す。
『僕の後ろに来てください』と主張する彼を前に、祖父は素早く後退した。
体の向きは変えずに。
恐らく、父へ無防備に背中を見せたくなかったんだと思う。
「それで、セシリア達は何故ここに居るんだ?」
ヴィンセントより後ろに下がると、祖父は再度質問を投げ掛けた。
『自宅に居る筈では?』という疑問を前面に出す彼の前で、私とアイリスは返答に悩む。
どこから話せばいいものか、と思って。
「えっと、細かい点は省きますが、実はお父様の件でクライン公爵家へ協力要請が来たところ私達もたまたまその場に居合わせて」
「『身内の不始末を見過ごす訳には、いかない』と判断し、同行したんです」
自らの意思で出向いたことを告げると、祖父────ではなく、父が反応を示した。
「なんだと!?お前達、実の親を処断するためにやってきたのか!?」
『助けに来てくれた』とでも思っていたのか、父は表情を険しくする。
恐らく、期待を……信用を裏切られて、腹を立てたのだろう。
先に裏切ったのは、そちらだというのに。
『都合のいい時だけ、家族の絆を持ち出すのね』と辟易する中、彼は鋭い目つきでこちらを睨みつけた。
「こんなみすぼらしい姿になった私を見て、何とも思わないのか!」
ところどころ解れたズボンや薄汚れたシャツを示し、父は顔を顰める。
と同時に、祖父が口を開いた。
「そうなったのは、元を正せばお前の責任……つまり、自業自得だ。いちいち、孫達が気に掛ける必要はない」
「うるさい!父上には、聞いていない!」
『話に入ってくるな!』と喚き、父は奥歯を噛み締めた。
まるで癇癪を起こした子供のような対応に、私達はちょっと戸惑う。
昔から大人気ない人ではあったが、ここまで幼い言動を取るようなことはなかったので。
生活が一変した影響かしら?それとも、お祖父様の前ではいつもこんな態度を?
などと考えていると、ヴィンセントが大きく手を叩く。
場の空気を……混乱を鎮めるみたいに。
「とりあえず前公爵のお気持ちは今、関係ないので置いておきましょう」
『そんなことを話している場合じゃない』とバッサリ切り捨て、ヴィンセントは一歩前へ出た。
かと思えば、父に“混沌を律する剣”を向ける。
「では、本題へ入ります。前公爵、今ここで降参してください。そしたら、これ以上誰も傷つかずに済みます」
最初で最後の降伏勧告を行い、ヴィンセントは父の意思を確認した。
『今なら、まだ引き返せる』と主張する彼に、父は────
「降参など、するものか!これは私に与えられた最後のチャンスなのだから!」
────と、拒絶の姿勢を見せる。
きっと、『こんなところで一生を終えるくらいなら』と思っているのだろう。
貴族としての待遇に慣れてしまった父からすれば、地下牢での暮らしは地獄そのものだろうから。
結局、この人はどこまで行っても自分本位なのよね……。
私達家族への影響とか、自分の過去の清算とか……そんなものは一切考えていない。
もし、少しでも頭にあるならこんな選択しない筈だもの。
父の本質が全く変わっていないことを確認し、私は嘆息する。
でも、思ったよりショックは受けなかった。
多分、心のどこかでこうなることが分かっていたんだと思う。
『我ながら、肉親に対してちょっと冷た過ぎるな』と感じる中、ヴィンセントは一つ息を吐く。
「分かりました。では、容赦なく叩き潰します」
その言葉を合図に、私達の戦いは始まった。




