緊急事態
「それより、早く移動しましょう」
────という言葉を合図に、私達は再び歩き出し、屋敷を後にする。
そして、アルマンの手配した馬車へ乗り込むと、クライン公爵家に向かった。
あそこなら、警備も万全のため。
またヴィンセントを頼る形になって申し訳ないけど、力になってもらおう。
さすがに襲撃の一件を私達だけで抱え込むのは、無理があるから。
小窓から流れ行く景色を眺めつつ、私はギュッと胸元を握り締めた。
───と、ここで馬車は目的地へ辿り着く。
要塞のようにしっかりした造りの建物を前に、私達は地上へ降り立った。
すると、建物の方から見知った顔が現れる。
「いらっしゃい、セシリア、アイリス嬢」
ヴィンセントはこちらを見て柔らかく微笑み、快く出迎えてくれた。
普通、こんな夜中に訪問を受ければ不快に思うだろうに。
たとえ、どんなに親しい間柄でも。
『ヴィンセントは本当、懐が深いわね』としみじみ感じる中、彼は私達を応接室に案内する。
「好きなところに座って、リラックスしてね。あと、アルマンは先に手当てを受けてきてくれる?さすがに、その状態で放置は出来ないから」
「分かりました」
血で真っ赤に染まった衣類や靴を一瞥し、アルマンは扉の方へ足を向けた。
と同時に、私とアイリスが『助けてくれて、本当にありがとう』と感謝を述べる。
アルマンが居なければ、敵の思い通りになったり酷い怪我を負ったりしていたかもしれないため。
『無傷で生還出来たのは、奇跡だ』と感じる私達を前に、彼はサッと一礼した。
かと思えば、今度こそ部屋を出ていく。
「じゃあ、アルマンがああなった詳しい経緯を聞かせてもらえる?二人とも」
ヴィンセントは並んで着席した私達姉妹を見据え、スッと目を細めた。
只事じゃないのは何となく分かっているのか少し表情を硬くする彼の前で、私とアイリスは背筋を伸ばす。
「えっと、実は────」
屋敷での出来事を細かく説明し、私はそっと目を伏せた。
今更ながら、少し怖くなってしまって。
『先程まで、何ともなかったのに……』と思案する中、ヴィンセントは僅かに表情を険しくする。
「エーデル公爵家に侵入者、ね」
トントンと指先でソファの肘掛けを叩き、ヴィンセントは天井を見上げた。
「タイミングからして、恐らく第二皇子派の仕業だろうけど……目的が分からない」
『単なる憂さ晴らしかな?』と悩み、ヴィンセントは腕を組む。
────と、ここでアイリスが片手を上げた。
「断定は出来ませんが、わざわざ生け捕りにしようとしたということは────脅しの材料にでも、するつもりだったんじゃないでしょうか?」
「お、脅し……!?」
物騒な単語に驚いて思わず声を上げる私は、少しばかり表情を強ばらせる。
『つまり、私達は人質……!?』と狼狽えていると、ヴィンセントが目頭を押さえた。
「……有り得ない話ではないね。少なくとも、自暴自棄になった末の八つ当たりという線は薄そうだ」
『生け捕り』という点を踏まえ、ヴィンセントは脅迫の可能性を考慮する。
と同時に、席を立った。
「なんにせよ、早めにルパート殿下とエレン殿下に事態を報告した方が良さそうだね。作戦に失敗したと知ったら、あちらがどのような動きを見せるか分からない」
『また強硬手段に出てくるかもしれない』と懸念を零し、ヴィンセントは扉の方へ向かう。
直接皇城に出向くにしろ、手紙を送るにしろここでは何も出来ないからだろう。
「セシリアとアイリス嬢は一先ず、休んで。直ぐに客室を用意させるから」
「ありがとう、ヴィンセント」
『恩に着るわ』と感謝し、私は肩の力を抜いた。
やっと一息つけることに、安堵しながら。
「ところでお祖父様にも一報を入れたいのだけど、いいかしら?」
『手紙を書くので皇城に連絡する際、一緒に渡してほしい』と申し出る私に、ヴィンセントは小さく頷く。
「もちろん、構わないよ。使用人に頼んでペンと紙を持ってきてもらうから、少し待っててね」
ゆっくりと応接室の扉を開け、ヴィンセントは廊下へ出た。
すると、タイミング良く使用人の男性が姿を現す。
それも、息を切らした状態で。
「ヴィ、ヴィンセント様、大変です!」
何やら慌てている様子の彼は、少しばかり身を乗り出した。
「今、皇城から使者が来ていて……!────エーデル公爵家の前当主が家宝を使って暴れている、と報告を受けました!」
「「「!?」」」
私達は大きく目を見開き、固まった。
だって、地下牢に閉じ込められている筈の人物が逃げ出しただけでも驚きなのに、家宝を使って暴れているなんて……夢にも思わなかったから。
『自分の聞き間違いなのでは?』と本気で疑ってしまう程度には、衝撃を受けた。
動揺のあまり声も出せずにいると、使用人の男性がこう言葉を続ける。
「なので、至急皇城へ赴いて事態の鎮圧に手を貸してほしいとのことです!」
クライン公爵家は長年、軍事関係を扱う家門。
しかも、“均衡を司りし杖”の能力に唯一対抗出来る“混沌を律する剣”を使える一族。
救援要請を受けるのは、必然と言える。
「分かった。直ぐに皇城へ向かう」
ヴィンセントは真剣な面持ちで前を見据え、『馬車の手配だけしておいて』と指示を出した。
かと思えば、急いでこの場を離れようとする。
────だが、しかし……
「「待って、ヴィンセント|(様)!」」
と私達に声を掛けられ、足を止めた。
おもむろにこちらを振り返る彼を前に、私とアイリスはソファから立ち上がる。
「お願い、私達も連れて行って!」
「エーデル公爵家の一員として、お父様の娘として知らん振りは出来ません!」
身内の不始末ということで同行を申し出る私達に、ヴィンセントは困ったような反応を示した。
家宝を使って暴れている以上、身の安全は保証出来ないため連れて行きたくない様子。
「二人の気持ちは分かったけど、先程襲撃を受けたばかりじゃないか。身も心も疲弊し切っている状態で、また荒事に対応するのは……」
「大丈夫よ!アルマンのおかげで、身も心も無事だから!」
「心配してくれるのは有り難いですが、ここで何もしなかったら私達は一生後悔します!なので、連れて行ってください!」
アメジストの瞳に強い意志と覚悟を宿し、私達は頼み込んだ。
すると、ヴィンセントは難しい顔をして少し無言になる。
が、私達の決意の固さを理解するなり小さく肩を落とした。
「……いいよ。そこまで言うなら、連れて行ってあげる」
渋々ながらもこちらの要求を受け入れたヴィンセントに、私とアイリスはお礼を言う。
僅かに表情を和らげながら。
「ただし、無茶はしないようにね。それから、僕の指示には絶対従うこと」
「「ええ、もちろん(はい)!」」
勝手な行動を起こせば、ヴィンセントの身も危険に晒されるかもしれないので、即座に了承した。
『大事なのは、迅速かつ確実にお父様を無力化すること』と肝に銘じる中、彼は視線を前に戻す。
「それじゃあ、行こうか」




