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お先真っ暗

◇◆◇◆


 ん……あれ?ここは……なんか、懐かしい夢を見ていた気がするけど。


 朦朧とする意識の中、私はそろそろと顔を上げる。

そして、薄暗い周囲を見回した。


 確か、さっきお父様が“均衡を司りし杖”を使って……それで────


「魔法は成功したのか!?おい、どっちがアイリスだ!?」


 床に片膝をつき、こちらを見つめる父はガシッと肩を掴む。

『お前はどっちだ!?』と尋ねる彼を前に、私は目を白黒させた。

────と、ここで下から(・・・)人の呻くような声が聞こえる。


「お、重い……」


 聞き覚えのある声が耳を掠め、私は反射的に下を向く。

と同時に、戦慄した。

だって、そこに居るのはどう考えても────私だったから。

胸の下辺りまである銀髪に、アメジストの瞳。顔立ちは父親譲りで、綺麗め。

ここまではアイリスと同じだが、違う点は主に二つ。

前髪をセンター分けではなく、左へ流す形で編み込みしていること。

また、右耳にゴールデンジルコンをあしらったピアスを身につけていること。


 父の言動から、何となく予想はしていたけど────本当にアイリスと入れ替わるだなんて……嘘でしょう?


 にわかには信じ難い現実を前に、私は視線を右往左往させる。

『アイリスのフリをする?それとも……』と悩んでいると、私の体に入ったアイリスが拳を振り上げた。


「ちょっと!どいてよ!本当に重いんだけど!お父様もお母様も見てないで、助けてよ!」


 力いっぱい私……というかアイリスの体を叩き、彼女は『早く!』と急かす。

到底セシリア()とは思えない行動に、父と継母はパッと表情を明るくした。


「おお!魔法は成功したみたいだな!」


「これでヴィンセント様の婚約者になれるわね!」


 『良かった!』と目を輝かせる継母に、父はうんうんと大きく頷いた。

かと思えば、私の襟首を引っ張ってアイリスの上から下ろす。

が、勢い余って壁に叩きつけてしまった。

思い切り背中を強打して尻餅をつく私に、父は一瞬ギョッとするものの……直ぐに平静を取り戻す。

恐らく、アイリスの体だから少し動揺してしまったのだろう。

私を心配した訳ではない。


「行こう、アイリス……いや、セシリア」


 入れ替わりがバレてしまったら大変なので、父は呼び方を改める。

『これからはセシリアとして生きるんだぞ』と言い、私の体(アイリス)を優しく抱き起こした。

夢にまで見た光景だが……実際にその優しさを受けているのは私じゃない。


 惨めね……。


 未だ嘗てないほどの孤独感と疎外感、それから絶望感を覚え、私は泣きそうになる。

『これから、どうなるのだろう……?』と嘆く私を他所に、彼らはさっさと地下室から出て行った。

私のことなど、目もくれずに。


 ……とりあえず、私もここから出よう。

いつまでも、こうしちゃいられないし。


 『うっかり鍵でも閉められたら大変』と考え、私は立ち上がる。

でも、体の節々が痛くて……階段を一段一段踏み締めるようにして、登っていくしかなかった。

おかげで、かなり時間が掛かってしまい……地下室を出た頃には、もう夕方。

そして、食堂からは賑やかな笑い声が……。


 お父様とお母様とアイリスは確定として……他にも誰か居るわね。


 十数人規模の賑やかさに、私は内心首を傾げる。

────と、ここで二階から侍女達が降りてきた。


「ようやく、旦那様がセシリアお嬢様を認めてくださったわ!」


「きっと、もうすぐ家を出ることになるから改心したのよ!」


「お部屋も旦那様の書斎の隣に移すそうよ!」


「えっ?でも、そこって確かアイリスお嬢様の部屋だったんじゃ……?もしかして、愛情の比重が傾いたのかしら?」


 侍女の一人がそう呟くと、彼女達は顔を見合わせる。

喜びを隠し切れないといった様子で表情を和らげ、手を取り合った。

『良かったわ!』と若干涙ぐみながら、彼女達は一階へ降り立つ。

と同時に、こちらへ背を向けて歩き出した。

そのため、こちらの存在には恐らく気づいていない。


 そっか……傍から見れば、セシリア()はお父様と和解したように見えるんだ。

まあ、中身が入れ替わっているなんて普通思わないものね。


「……そうなると、使用人達の協力を得るのはちょっと難しいかも」


 グッと両手を握り締め、私は廊下に一人立ち尽くす。

思ったより悪い状況であることを察して。


 いや、落ち込んでいる暇はないわ。私に残された時間はあと僅かなんだから。


 セシリア()は来週からクライン公爵家へ行き、花嫁修業を受ける予定だ。

本来であれば、正式に籍を入れるまで婚家に身を置くことはないのだが……ヴィンセントの計らいにより、こうなった。

実際、クライン公爵夫人として学ばないといけないことも多いため。

当初の予定通りに行けば、そのまま一度も実家へ帰ることなく結婚式を挙げ、正式に嫁入りする手筈となっている。

なので、止めるなら今しかない。


 『まだ私の手の届く位置に居るうちに何とかしないと』と奮起し、食堂へ足を向ける。

が、急に肩を掴まれた。


「アイリスお嬢様、こちらにいらっしゃったのですか」


「お部屋へ戻りますよ」


 そう言って騎士達は私の身柄を拘束し、どこかへ向かい始める。

それも、ほぼ私を引き摺る形で。


「ちょっ……!何を……!?」


 突然の蛮行に目を剥いていると、騎士達は冷ややかな目でこちらを見下ろした。


「旦那様からの命令ですよ。アイリスお嬢様をしばらく部屋に閉じ込めておけ、とのことです」


「なっ……!?」


 早速先手を打ってきた父に、私は思わず目を剥く。

『私に何もさせないつもりなんだ……!』と考え、唇を噛み締めた。


 幸か不幸か、アイリスたる私を謹慎に追い込む理由はたくさんある。

しかも、使用人達は皆セシリアたるアイリスの味方……完全に詰んだわね。


 『どうしよう……』と困り果てる私は、少し泣きそうになった。

お先真っ暗すぎて……。

そんな私を見兼ねてか、騎士の一人が慰めの言葉を口にする。


「心配せずとも、一週間(・・・)程度で謹慎は解けるそうですからご安心ください」


 それじゃあ、ダメなの……クライン公爵家へ行く日までに、何とかしないといけないから。


 『真面目に謹慎していたら、間に合わない』と危機感を覚え、私はクシャリと顔を歪めた。

どんどん悪化していく状況を憂いていると、ついにアイリスの自室へ辿り着く。

と言っても、ここは『狭くて日当たりも悪いから』と言ってあまり使ってなかったけど。

『基本、二階の一番大きな部屋を使っていたのよね』と思い返す中、部屋へ押し込められる。


 不味い……!このまま閉じ込められたら、身動きを取れない……!


「お願い!お父様に会わせて!一度、お話がしたいの!」

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