教皇聖下の捕獲《ヴィンセント side》
「お前の文句や葛藤など、心底どうでもいい」
吐き捨てるような口調でそう言い、ルパート殿下は剣を握り直す。
と同時に、教皇聖下は小さな悲鳴を上げた。
「ま、待っ……!命だけはお助けを……!」
みっともなく命乞いを行い、教皇聖下はちょっと後退る。
その際、ずっと床に放置されていた男性の死体に躓き、バランスを崩した。
『なっ……!』と声を上げて尻餅をつく彼に対し、ルパート殿下は情け容赦なく剣を振り下ろす。
「────さすがにこの場で殺す訳にはいかないから、少し眠っていろ」
剣の持ち手部分で強く教皇聖下の頭を殴打し、ルパート殿下はスッと目を細めた。
昏倒する教皇聖下を視界に捉えながら。
「神殿の悪事を洗いざらい喋ってもらってから、お前は処す。きちんとした場でな」
『ただ殺すだけでは、生ぬるい』と言ってのけ、ルパート殿下は剣を鞘に収める。
戦闘終了を体現する彼の前で、僕は騎士達に視線を向けた。
「教皇聖下の身柄の拘束を。準備が出来次第、皇城へ移送するように。それから、この中で神聖力を使える者が居たらルパート殿下の手首を治療してほしい」
一緒に連れてきたゲレル神官側の聖騎士へ、僕は協力を仰いだ。
すると、彼らは快くルパート殿下の傷を癒してくれる。
また、他の者達はこちらの騎士達と共に教皇聖下の捕縛を行っていた。
手際よく作業をこなす彼らを前に、僕はルパート殿下の方へ向き直る。
「では、僕達は最後の仕上げに取り掛かりましょう」
────と、催促した数十分後。
僕はルパート殿下とゲレル神官を連れて、帝都の広場に姿を現す。
出来るだけ、人の多いところが良かったので。
何も知らない民衆はきっと、この騒ぎを疑問視している筈。
だから、変な誤解や憶測が生まれる前に真実を伝えないといけない。
最悪、皇室が悪く言われるかもしれないから。
『情報戦はスピードが命だ』と考えつつ、僕は前を見据える。
と同時に、わざと一回咳払いした。
「僕はヴィンセント・アレス・クライン。先程は騒がしくてして、悪かったね。突然のことで、凄く驚いただろう。でも、これには深い理由があってね……少し長い話になるけど、どうか聞いてほしい。実は────」
神殿の上層部が行ってきた悪事を明かし、僕は『こんな非道、許されない』と情に訴えた。
明らかに動揺している民衆を前に、僕はスッと目を細める。
「いきなりこんな話をされても、信じられないと思う。だから、無理に納得しなくていい。ただ、僕の言葉を信じる日が来たら思い出してほしいんだ。子供のため、正義のため、未来のため戦った者達が居ることを」
話の方向性を情報の真偽から人物に置き換え、僕は傍に居る二人の男性を手で示した。
「その代表格が、今ここに居るルパート・ロイ・イセリアル第三皇子殿下とゲレル神官だ」
きちんと民衆に覚えてもらえるよう正式名称で紹介すると、人々は大きく息を呑む。
多分、『神官』という単語に反応したんだと思う。
「皇室と一部の神殿関係者が手を組んで行ったのなら、先程の話は恐らく真実じゃないかしら?」
「神殿関係者がわざわざ、こんな嘘つく必要ないものね……自分の首を絞めるようなものだから」
「つまり、ゲレル神官は子供達を助けるために皇室の手を借りたのか」
「神殿の体裁より、命を優先するなんて……さすがだな。これこそ、神の信徒のあるべき姿だ」
これでもかというほどゲレル神官を持ち上げ、民衆は態度を軟化させる。
『悪いのは神殿全体じゃなくて、一部の人間だけ』と分かって、ホッとしているのだろう。
彼らにとって、神殿は心の拠り所なので。
それを悪だと断定して、自分の人生から切り離すのはかなりの苦行だ。
「ゲレル神官、彼らに何か一言でもいいので言葉を掛けてあげてください」
小声で茶髪の男性に話し掛け、僕は『ほら』と促す。
ここでそれっぽいことを言っておけば、次期教皇は確実になるだろうから。
『そうなったら、協力者であるルパート殿下の株も上がる』と思案する中、彼は小さく深呼吸した。
かと思えば、真っ直ぐ前を見据える。
「身内の恥を晒すようで申し訳ないが、今の神殿の上層部は腐り切っている。でも、私はそれを変えたい。いや、取り戻したい。正義と平和を重んじる神殿の姿を。今回の騒動はその序章になれば、と思っている」
飾らない言葉で思いを伝え、ゲレル神官は少しばかり身を乗り出した。
「まだまだ不安も混乱も大きいだろうが、どうか見守っていてほしい」
『よろしく頼む』と言って、ゲレル神官は深々と頭を下げる。
愚直とも言うべき誠実な態度に、民衆はすっかり心を持って行かれた。
瞬く間に大きくなる歓声を前に、僕は『予想以上の効果だね』と内心苦笑する。
これではルパート殿下の出番がない、と肩を竦めて。
『まあ、最後に一言くらいもらおうか』と考えつつ、僕は隣に立つ紫髪の美青年を見上げた。
「ルパート殿下も、何かコメントを」
「ああ」
事前に演説の打ち合わせをしていたからか、ルパート殿下はすんなり応じる。
と同時に、口を開いた。
「私、ルパート・ロイ・イセリアルは神殿の再生に協力を惜しまないことを誓おう。ゲレル神官、何か困ったことがあれば連絡してくれ」
何故か民衆ではなくゲレル神官に向けて言葉を投げ掛け、ルパート殿下は片手を差し出す。
すると、ゲレル神官は大きく目を見開いて固まった。
が、直ぐに平静を取り戻し、嬉しそうに微笑む。
「はい、ありがとうございます」
『助かります』と素直に感謝し、ゲレル神官はルパート殿下と握手を交わした。
その途端、盛大な拍手が巻き起こる。
『皇室と神殿が手を取り合っている!』と大興奮している民衆を前に、僕は小さく息を吐いた。
本当は民衆に向けて、コメントしてほしかったんだけど……別にいいか。
多分、こっちの方が反響も大きいだろうから。
『結果オーライ』という言葉を脳裏に思い浮かべ、僕は少しばかり肩の力を抜く。
兎にも角にも、これで今日やるべきことは終わったから。
「では、撤収しましょう」
────という言葉を合図に、僕達は広場から引き上げた。
そして神殿の本拠地へ戻ると、被害者達の移送を済ませる。
『我が家の管理する施設に預けたから、不便はないだろう』と思いながら、僕はセシリア達を家に帰した。
と同時に、事件の後始末や神殿の調査を進める。
本来、皇室がここまで口を出すことじゃないんだけど……教皇聖下達の悪事を暴いて身柄まで拘束した以上、もう後には戻れない。
第二皇子派の介入だって考えられるし、最後まできちんとやるべきだろう。
中途半端に投げ出して、後々ややこしくなるのは御免だ。
とはいえ、神殿の面子を潰す訳にはいけないから適度にゲレル神官を立てないとね。
などと考えつつ、僕は慎重にことを進めた。
その期間、なんと一ヶ月。
『悪事の量が思ったより多くて、時間を取られてしまった』と嘆息し、僕は自室のソファに腰掛ける。
……さすがにちょっと疲れたね。
でも、頑張った甲斐はあったよ────こちらの希望通りに教皇聖下達を裁けた上、ゲレル神官が次期教皇に選ばれたからね。
『思い描いたシナリオ、そのまま』と言っても過言ではない展開に、僕はゆるりと口角を上げた。
『それにエーデル公爵家とルパート殿下の評判も上がったし』と目を細め、僕は正面に視線を向ける。
「さあ、こちらの役割は果たしましたよ────次は貴方の番です」
テーブルを挟んだ向こう側に居る金髪の美青年を見据え、僕はニッコリ笑った。
すると、彼はおもむろに足を組んで少しばかり頬を緩める。
「ああ、任せておくれ」
自信満々にそう言い切り、エレン殿下はおもむろに手を組んだ。
「実はあの役割分担を行う前から、第二皇子派の不正や悪事については調べていてね。準備万端なんだよ」
『神殿関連の事件の証拠も君達から、貰えたし』と言い、エレン殿下は席を立つ。
エメラルドの瞳に、暗い感情を滲ませながら。
「ゆっくりじっくり追い詰めてから、最後は派手に暴れるとしよう」




