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教皇聖下の黒い杖《ヴィンセント side》

「おっと、我が弟を材料にして作った血統魔法を侮られては困ります。これは他のガラクタと違って、とても優秀なんですから」


 うっとりした表情で黒い杖を見つめ、教皇聖下は悦に浸る。


「まあ、だからこそこれまで生成に踏み切れなかったんですが……失敗した時の損害は計り知れないので。でも、こんな状況になってはそうも言ってられませんから一か八か試してみたんですよ。そしたら、見事成功して……!」


 ちょっと気が昂ってきたのか、教皇聖下は少しばかり声量を大きくした。

かと思えば、チラリと足元の死体を見てちょっと冷静になる。


「『出来なければ、次はお前の娘を媒介にする』と脅したおかげでしょうか?これまでの研究結果を鑑みるに、血統魔法は強い願いや想いを持つ者の方が成功する傾向にあるので」


「なるほど。子供ばかり研究のターゲットにしていたのも、そのためですか?」


 大人に比べて感情豊かで希望に満ち溢れていることを指摘し、僕は『それなら、合点が行く』と思案した。

すると、教皇聖下はゆるりと口角を上げる。


「さすがは、クライン公爵家のご嫡男。勘がいいですね」


 『素晴らしい』と絶賛し、教皇聖下はこちらの見解を肯定した。

その途端、ルパート殿下達は殺気立つ。


「……本当にとんでもないクズだな」


 『人体実験をやっている時点でまともじゃないのは分かっていたが……』と零し、ルパート殿下は嫌悪感を露わにした。

今にも襲い掛かってきそうな彼を前に、教皇聖下は肩を竦める。


「おやおや?そんなことを仰って、いいんですか?皇族の貴方だけは、特別に見逃して差し上げてもいいかと思ったんですが」


 『帝国には何かとお世話になったので』と語り、教皇聖下はあくまで強者の立場を貫く。

その思い上がりも甚だしい態度に、ルパート殿下はスッと目を細めた。


「寝言は寝て言え」


 淡々とした口調ながらも冷たい声色で言い放ち、ルパート殿下は剣を握る手に力を込める。


「この場で生殺与奪の権を握っているのは、お前じゃなくて私達なんだということを思い知らせてやる」


 そう言うが早いか、ルパート殿下は剣を振り上げた。

他の者達もそれに続き、一斉攻撃を仕掛ける。

だが、しかし……


「威勢はいいですね。でも、この程度の攻撃では私に傷一つ付けられませんよ」


 教皇聖下に我々の刃が届くことは、なかった。

何故なら────彼が杖を振るった途端、その軌道をなぞるようにして強風が巻き起こったから。

おかげで、ルパート殿下達は吹き飛ばされてしまった。


 まあ、殿下だけはあのまま踏ん張って攻撃出来なくもなさそうだったけど。

でも、無茶は禁物だから敢えて下がったんだろうね。


 『相手の出方を窺うつもりかな』と思案する中、教皇聖下はニヤリと笑う。

ちゃんと自分の血統魔法が通じていることに、快感を覚えたようだ。


「ふふふっ……やはり、私の血統魔法の前ではみんな赤子同然ですね」


 すっかりいい気になっている教皇聖下は、右へ左へ杖を振る。

それによって発生した風が、また我々を襲ってきた。

なので、なかなか距離を詰められない。


 とはいえ、そこまで劣勢でもないかな。全員、一応無傷な訳だし。

何より、教皇聖下は力を見せびらかすことに夢中で魔力消費など考えていない。

この調子なら、直ぐに魔力切れになるだろう。


 『攻めるなら、その時かな』と考え、僕はルパート殿下達にアイコンタクトを送る。

しばらく防御に集中して、と伝えるため。

『無茶して戦況を早めても、いいことはない』と思案する僕を他所に、教皇聖下はふと身動きを止めた。

かと思えば、杖を握り直す。


「さて、お遊びはこのくらいにして決着をつけましょうか」


 先程までの攻撃は本気じゃなかったことを告げ、教皇聖下はこちらを真っ直ぐ見据えた。

反射的に身構える僕達を前に、彼はゆっくりと口を開く。


「“気体を司りし杖”────ボレアース、我が名はカイル・サム・シモンズ。そなたの仕えしニクスの血を引く者。もし、この声を聞いているのなら空気の振動を操り、風の流れを変え、自然を吹き飛ばすような力を分け与えたまえ。そなたにのみ許された権能を、権限を、権利を委ねたまえ。(われ)が願うは」


 そこで一度言葉を切り、教皇聖下はエメラルドの瞳に愉悦を滲ませた。


「こちらに牙を剥く者達から、空気(呼吸)を奪うことなり」


「「「!!」」」


 詠唱内容から教皇聖下のしようとしていることを何となく察した僕達は、咄嗟に息を吸い込む。

と同時に、黒い杖が強い光を放って緩い風を巻き起こした。


 もう発動した……かな?


 片手で口元を覆いつつ、僕はチラリとルパート殿下に目を向ける。

すると、彼は小さく頷いて血統魔法の発動を示唆した。


 こんなに早く状況を把握出来たということは……多分、呼吸出来ないか実際に試してみたんだろうな。

全く……そういう危険な行為は、本来皇族がするべきじゃないのに。


 やれやれと内心肩を竦めながら、僕は教皇聖下へ視線を戻す。

その刹那、竜巻のような風が巻き起こる。教皇聖下を中心にして。

恐らく、結界代わりのつもりだろう。

呼吸出来ない状態にしたとはいえ、即刻戦闘不能になる訳じゃないから。


 僕とルパート殿下なら力押しで教皇聖下を倒せそうだけど、優先すべきは血統魔法の無効化かな。

恐らく、術者を撃破しても効果は持続したままだろうから。

そのとき、封印解除に必要な“息”を失っていたら……確実に全滅する。


 『現状、酸素は有限』ということを念頭に置き、僕は懐から“混沌を律する剣”を取り出した。

そして、ルパート殿下に投げ渡すと、彼は即座に自身の手首を切りつける。

封印解除に必要な血液を確保するために。

『少量で構わないんだけどな』と考える中、ルパート殿下は傷口に“混沌を律する剣”を押し付けた。


「一時解除を認める」


 ルパート殿下は惜しみなく”息“を使って、家宝に掛けられた封印を解く。

と同時に、こちらへ“混沌を律する剣”を手渡した。

なので、僕は素早く抜刀して刃先を自身の唇へ当てる。


 ────無効化完了。

だけど、まだ他の者達は教皇聖下の血統魔法の影響を受けている。

このまま、一人一人の唇に“混沌を律する剣”を押し当てて無効化して行ってもいいけど、それじゃあ手間だよね。

何より、時間が掛かりすぎる。だから────。


 おもむろに顔を上げ、僕は家宝を構えた。


「“混沌を律する剣”────タルティーブ、我が名はヴィンセント・アレス・クライン。そなたの仕えしイブの血を引く者。もし、この声を聞いているのなら世界の理に従い、物事を律し、歪んだ事柄を正したまえ。そなたにのみ許された権能を、権限を、権利を委ねたまえ。(われ)が願うは」


 そこまで詠唱を終えた途端、教皇聖下を守っていた竜巻が消え去った。

多分、こちらの言葉を聞いて“混沌を律する剣”の発動に気づいたのだろう。

慌ててこちらへ強風を吹かせる教皇聖下の前で、僕はスッと目を細める。

『もう遅いですよ』と心の中で呟きながら。


「カイル・サム・シモンズの起こした異常を全て(・・)元に戻すことなり」


 そう言って剣先を教皇聖下に向けると、“混沌を律する剣”が光を放った。

かと思えば────剣身から黒い手が伸びて、ルパート殿下達の口元に触れる。

その途端、彼らは堰を切ったように呼吸を繰り返した。


「さて、これで貴方の血統魔法は無意味なものになりましたね」


 先程放たれた強風も含めて全て(・・)無効化したため、僕は『損害なし』という結果を突きつけた。

まあ、ルパート殿下の手首と呼吸困難による弊害は多少あるかもしれないが。

それでも、全員ほぼ無傷なのは教皇聖下にとってかなりの痛手の筈。

あれだけ派手に魔法を使えば、もうほとんど魔力も残っていないだろうから。

『戦況は言うまでもなく、こちらが有利だね』と思案する中、教皇聖下は強く杖を握り締めた。


「こんな筈ではなかったのに……!」


 悔しそうに歯を食いしばり、教皇聖下はこちらを睨みつける。

でも、先程のように傲慢な態度を取ることはなかった。


「まさか、あの状態で“混沌を律する剣”の封印を解くとは……!」


 『喋れるほどの(余裕)が、あったのか……!』とボヤき、教皇聖下は眉間に深い皺を刻み込む。

────と、ここでルパート殿下が彼の目の前に移動した。

それも、一瞬で。


「お前の文句や葛藤など、心底どうでもいい」

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