教皇聖下の捜索《ヴィンセント side》
◇◆◇◆
────同時刻、祈祷室にて。
僕はルパート殿下や騎士と共に室内を見て回り、教皇聖下を探していた。
が、一向に見つからない。
祈祷室の出入り口はたった一つだけ。窓もないため、外へ出ることは出来ない。
ステンドグラスで覆われた天井や壁を見やり、僕は『どう考えても逃げ場ないよね』と思案する。
「……セシリアの懸念が、当たっていたのかな」
抜け道や隠し通路の存在が脳裏を過ぎり、僕は嘆息する。
『そういうものは普通、教皇聖下の執務室なんかに付けないかい?』と辟易しながら。
「全く……手間ばかり、掛けさせるね」
逃げ上手な教皇聖下を脳裏に思い浮かべ、僕はやれやれと頭を振った。
『生け捕りなんて考えず、真っ先に殺すべきだったか』と思いながら、鞘でトントンと床を叩く。
部屋の造りや材料からして、抜け道や隠し通路を設置出来るのはここくらいなので。
とはいえ、確証はない。
『最悪、建物全体を破壊して手掛かりを探すことになるかな』と思い悩んでいると、床を叩いた時の音が変化する。
「ここみたいだね」
タイル張りになっている床を見下ろし、僕は鞘を腰に差した。
────と、ここでルパート殿下が身を屈める。
「下がっていろ」
そう言うが早いか、ルパート殿下は例のタイルに手を掛けた。
かと思えば、軽々と持ち上げる。
「何かの通路になっているみたいだな」
手に持ったタイルを横に置き、ルパート殿下は地下へ繋がる階段を見下ろした。
「行くぞ」
「いや、ちょっと待ってください」
間髪容れずに制止の声を上げ、僕は自身の顎に手を当てる。
「罠の可能性があります」
「だが、確認しないことにはどうしようもないだろう」
「ええ。なので、先頭は僕に譲ってください」
『御身を危険に晒す訳には、いかない』と主張し、僕は真っ暗な階段へ足を向けた。
すると、ルパート殿下は少し悩むような素振りを見せてから一歩後ろへ下がる。
「あまり無茶はするなよ」
「分かっています」
『心配無用だ』と示し、僕は真っ暗な階段へ足を掛けた。
そして、一歩一歩踏み締めるように段差を降り、近くの壁に手をつく。
あまりにも暗くて、よく見えなかったため。
ランプ……まで行かずとも、松明を用意してくるべきだったかな?
『一応、マッチはあるんだけど』と考えつつ、僕はゆっくり歩を進めた。
ルパート殿下達もそれに続き、曲がり角を慎重に曲がる。
と同時に、少しばかり目を見開いた。
「壁掛けランプなんて、あったのか」
教皇聖下が逃亡の際につけたと思われる光源を前に、ルパート殿下は肩を竦める。
「これだと、どこに逃げたのか丸分かりだな」
『光の灯っている方へ行けば、教皇聖下に追いつく筈』と言い、ルパート殿下は三つの分かれ道を見据えた。
相変わらず単純に物事を考える彼の前で、僕は足を止める。
「確かに教皇聖下が何の細工もしてなければ、光を辿るだけで足取りを掴めそうですが……ここは念のため、三手に分かれましょう」
光の灯っている道は罠で、他二つの真っ暗な道……そのどちらかが、正解かもしれない。
ちょっと警戒し過ぎている気もするけど、万が一のことを考えたら気は抜けない。
何より、ここは教皇聖下のテリトリーなのだから。
何が起きても、不思議じゃない。
────と判断し、さっさと三チームに分かれて道を進む。
無論、僕は光の灯っている方だ。
ついでに、ルパート殿下も……。
本当は殿下には、別の道を割り当てたかったんだけどね。
間違いなく、ここが一番リスクの高い道だから。
でも、『危険なら、尚更この場の最高戦力である私とヴィンセントを投入するべきだろう』と反論されたら何も言えなかった。
やれやれと頭を振りつつ、僕は歩を進める。
すると、鉄格子のような扉を発見した。
まだこの先に道があるようだけど、問題は────
「────鍵か」
南京錠でしっかり施錠されたソレを前に、僕はスッと目を細める。
と同時に、ルパート殿下が僕の肩を軽く引っ張った。
「少し下がっていろ」
そう言うが早いか、ルパート殿下は僕を押しのけて前へ出る。
おもむろに剣を振り上げる彼は、南京錠に狙いを定めて攻撃した。
その瞬間、何かが落ちる音が……。
「見事に真っ二つですね」
床に落ちた南京錠を一瞥し、僕は『よくやる』と感心した。
普通、鉄なんて切れないので。
『魔法で突破しようかと思ったけど、その必要はなかったね』と考えながら、僕はまた先頭へ戻る。
「では、進みましょう」
一応味方に声を掛けてから、僕は移動を再開した。
────それからというもの、何度か南京錠付きの扉や分かれ道に巡り会い、四苦八苦する。
正直、前者は痛くも痒くもなかったものの……後者でかなり時間を消費してしまったため。
『文字通り、虱潰しに確認していたからね……』と思い返し、僕は前髪を掻き上げた。
教皇聖下にかなりの猶予を与えてしまった。
これは急がさないと、ダメだね。
『今頃、もう脱出していたら……』と思案し、僕は少しばかり歩調を早める。
────と、ここで普通の扉を見つけた。
「南京錠らしきものは、なし……ただ、内鍵の存在は否定出来ないね」
先程までの鉄格子みたいな扉と違い、これは中の様子を確認出来ないため、ドアノブを回すまで鍵の有無は分からない。
『なら、早く確かめてみればいい』と思うかもしれないが、もしこの向こうに人が……教皇聖下が居たら、反撃なり逃亡なりされてしまう。
なので、まずは中の様子を窺いたいところだが……これ以上のタイムロスは困る。
こうなったら、仕方ない……
「……ちょっと手荒だけど、扉を破壊して押し入るとしよう」
おもむろに手のひらを突き出し、僕は一歩後ろへ下がった。
「総員、戦闘準備。何が起こっても、対処出来るようにして」
「「「了解」」」
ルパート殿下をはじめ、こちらの仲間は一様に武器を構える。
どことなく物々しい雰囲気を放つ彼らの前で、僕は小さく息を吸った。
「────ウォーターショット」
水魔法の詠唱を口にすると、手のひらから勢いよく水が噴出する。
竜巻並みの威力を持つソレは、あっという間に扉を吹き飛ばし、中の様子を露わにした。
「────どうやら、僕達が当たりを引いたようですね」
扉の向こうに広がる空間から教皇聖下を発見し、僕は内心苦笑する。
だって、こちらの懸念など全部無駄に終わったから。
どうやら、教皇聖下は何の細工も罠も仕掛けず真っ直ぐここへ来たみたいだね。
『色々警戒していたのが馬鹿らしい』と感じる中、ルパート殿下達は部屋へなだれ込んだ。
かと思えば、小さく息を呑む。
「これは……死体か?」
ルパート殿下は教皇聖下の足元に注目して、眉を顰めた。
状況からして、その死体を作ったのは……殺したのは教皇聖下以外、有り得ないからだろう。
『何故、今そんなことを?』と訝しむ彼を前に、僕も中へ入って様子を確認する。
「……見たところ、まだ死んで間もないようですね」
教皇聖下の足元に転がる男性の死体を見つめ、僕は『心做しか、聖下に似ているような……』と頭を捻った。
その瞬間、教皇聖下がこちらを振り向く。
────手に持った黒い杖を構えて。
「ふふふふふ……はははははっ!皆さん、一歩遅かったようですなぁ!」
追い詰められた状況にも拘わらず、教皇聖下は何故か余裕そうだった。
悲壮感や焦燥感など、微塵もない。
その原因は多分────
「自分も血統魔法を使えるようになった程度で、有利に立ったつもりですか?」
────手に持っている杖だろう。
要するに、教皇聖下は自分の身内を血統魔法の餌食にしたのだ。
非常におぞましいことだけど……そう考えれば、全て辻褄は合う。
大量の血を流して亡くなった男性を前に、僕は一つ息を吐く。
逃亡や潜伏より反撃を取ってくれたのは有り難いが、これはさすがに後味悪いので。
『どうしようもない人間なのは、知っていたけど……』と辟易する中、教皇聖下はニヤニヤと笑う。
「おっと、我が弟を材料にして作った血統魔法を侮られては困ります。これは他のガラクタと違って、とても優秀なんですから」




