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突撃

「皆の者、掛かれ」


 凄くシンプルな言葉に反してどこか覇気のある口調で、ルパート殿下は開戦を宣言した。

その瞬間────後ろで待機していた騎士や神官が、『待ってました』と言わんばかりに牙を剥く。

と言っても、無差別に殺したり無意味に傷つけたりはしない。

極力、生け捕りの方向で動くよう指示されているため。

抵抗しない者には、身柄の拘束のみに留めていた。

まあ、残念ながら────


「き、貴様ら!私を守れ!こやつらを足止めしろ!」


 ────教皇聖下の命令により、反抗する者が大半だが。

神聖力や剣を用いて立ち向かってくる神官や聖騎士を前に、私は嘆息する。

『やっぱり、こうなるのか』と思って。


 出来れば穏便に済ませたかったのだけど、仕方ないわね。


「アイリス、私達も行きましょう」


 護身用の短剣を握り締め、私は真っ直ぐ前を見据えた。

『ええ』と頷くアイリスを横目に捉えてゆっくりと歩き出し、神殿の本拠地へ足を踏み入れる。

と同時に、頭をぶつけた。

近くに障害物となりそうなものは、何もなかったのに。


「神聖力による結界みたいね」


 手探りで結界の位置を確認しつつ、私は『分断された』と思案する。

ヴィンセントやルパート殿下の居る先行隊は、壁の向こうに居るため。


「だけど、この程度なら────私一人で壊せる」


 手のひらから伝わってくる感覚から強度を測り、私はスッと息を吸い込んだ。


「ファイアブレス」


 確かな意志を持って呪文を唱えると────手のひらから、真っ赤な炎が吹き出す。

その途端、結界に亀裂が入り……次の瞬間には、粉々に砕け散っていた。


「なっ……!?」


 少し離れた場所で待機していた神官の一人が、あんぐりと口を開けて固まる。

どうやら、結界を張ったのは彼みたいだ。


「今度は私の番」


 アイリスは携帯していた鞭を解除し、振り回した。

と言っても、きちんと狙いを定めており、味方に当たることなく例の神官を捕らえる。


「ぅお……!?」


 いきなり手首に巻きついた鞭を前に、例の神官は仰け反った。

が、鞭を引っ張ったアイリスによって前屈みとなり、バランスを崩す。

結論から言うと、転んだ。それも、結構派手に。

『が、顔面からダイブしたように見えたわね……』と苦笑する中、アイリスは相手の首裏を思い切り蹴る。

それにより、例の神官は気を失った。


「お姉様、コレは放っておいて奥に進みましょう。殿下達と、はぐれちゃう」


「え、ええ、そうね」


 一瞬で敵を無力化したアイリスに、私は『本当に逞しくなったわね……』と感心する。

と同時に、歩を進めた。

そして、何とか先行隊に追いつくと、私達も乱戦に参加。

神聖力による攻撃や防御を、徹底的にねじ伏せていった。


 私は主に結界の破壊を担当していたから、あんまり戦っている実感がないわね。

でも、下手に前へ出ても迷惑を掛けるだけだし、仕方ない。

何より、ヴィンセントが私の様子を凄く気にしているから。

もしも、私が敵に向かっていったら自分の役目を放棄して守りに来るかもしれない。


 『さっき分断された時だって、かなり動揺していたし』と考え、私は自重する。

────と、ここで奥の部屋……恐らく祈祷室から数人の子供(・・)が、姿を現した。

それぞれ、剣や杖を手に持った状態で。


 もしかして、あの子達は────。


「貴様ら、血統魔法(・・・・)を使って時間を稼げ!絶対に誰も通すな!」


 教皇聖下は武装も何もしていない……ただ、血統魔法の媒介を持っただけの子供達に、『戦え』と命じた。

それが、どれほど理不尽で……残酷なことか、想像もせず。


 なんて、自分勝手な人なの……良心の欠片もない。


 人体実験に手を出すくらいだから、常識人じゃないのは分かっていたものの……ここまで下衆とは思わず、つい嫌悪感を前面に出してしまう。

『腸が煮えくり返るとは、このことか』と実感しつつ、私は祈祷室の中へ消えた教皇聖下を見据えた。

その瞬間、自分とよく似た銀髪が視界を遮る。


「えっ?アイリス?」


 どんどん前へ進んでいく妹を前に、私はポカンとした。

が、直ぐに平静を取り戻し、彼女の後を追う。

『一体、何をするつもりなの!?』と困惑する中、最前列まで躍り出た。

と同時に、アイリスが鞭や剣を仕舞う。


「初めまして、私はアイリス・レーナ・エーデル────貴方達を助けに来たの」


 少しばかり身を屈め、アイリスはふわりと柔らかく微笑んだ。

子供達の警戒心を解すように。

でも、あんまり効果はないようで……訝しむような目を向けられてしまった。

表情を硬くして縮こまる子供達を前に、アイリスは小さく肩を竦める。


「いきなり、こんなことを言われても信じられないわよね。だけど、本当よ。その証拠として、貴方達を苦しめてきた人間達をたくさん倒してきたわ」


 『ほら、後ろに気絶している神官が何人か居るでしょう?』と言い、アイリスは後方を指さす。

すると、子供達はそれぞれ少し背伸びして状況を把握した。

その途端、少しだけ……本当に少しだけ、肩から力を抜く。

どこか期待するような……希望の光を見出したかのような様子で。


「だからね、もう貴方達が神殿の言うことを聞く必要なんてないの。私達だって、被害者とは戦いたくないし……出来れば、手に持っているものを下ろしてほしい」


 血統魔法の媒介を手で示し、アイリスはじっと子供達の目を見つめる。

自分の切実な想いを伝えるように。


「お願いよ、貴方達の家族を人殺しの道具にしたくないの。もちろん、貴方達自身も」


「「「!!」」」


 子供達はハッとしたように息を呑み、血統魔法の媒介をそれぞれ見下ろした。

かと思えば、グニャリと顔を歪める。

目にいっぱいの涙を溜めながら。


「……家族を人殺しの道具には、したくないな」


 誰かがそうボソリと呟いた瞬間────子供達は一斉に血統魔法の媒介を下ろした。

『戦わない』という選択肢を取った彼らの前で、アイリスはホッとしたように表情を和らげる。


「ありがとう、私のお願いを聞いてくれて」


 ゆっくりと歩を進め、アイリスは子供達を抱き締めた。

すると、子供達は(せき)を切ったように泣きじゃくる。


「セシリア、この場は任せてもいいかい?」


 ヴィンセントはすっかり無害となった子供達を一瞥し、こちらに視線を向けた。

『護衛として、部下は何人か置いていくから』と申し出る彼に、私はコクリと頷く。


「ええ。だから、ヴィンセント達は早く教皇聖下を追って。建物の周囲は完全に包囲しているけど、私達の知らない抜け道や隠し通路があるかもしれないし」


 『その結果、もし取り逃したら……』と思案し、私は危機感を覚えた。

ここで神殿の上層部を一網打尽に出来なければ、次の被害が出るだろうから。

『確実に今、潰さないと』と使命感に駆られる私を前に、ヴィンセントは祈祷室へ足を向けた。


「ああ、必ず教皇聖下を捕まえてくるよ」


 『少しだけ待っていてね』と言い残し、ヴィンセントは駆け出す。

それに続くような形で、ルパート殿下達も前へ進み、祈祷室の扉を蹴破った。

続々と中へ入っていく彼らを前に、私はマントを脱ぐ。

と同時に、子供達へ被せた。


 さすがにこんなボロボロの格好で、放置するのは忍びなくて……気休め程度にしかならないけど、ないよりはマシな筈。


 『涙や鼻水を拭くことも出来るし』と考えつつ、私は膝を折る。


「本当によく頑張ったわね、皆」


 歯を食いしばって必死に生き抜いてきただろう子供達を前に、私は心からの敬意を表した。

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