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神殿の調査《アルマン side》

◇◆◇◆


 ────同時刻、神殿の地下室にて。

私は天井に張り付くような体勢で身を潜め、眼下で行われている残虐行為に眉を顰めていた。


 酷いなんてレベルじゃないな、これは……。


 辺りに充満する血の香りと子供達の悲鳴に、私は少なからず精神を削られる。

一応、自分も暗部の人間なのでこういった荒事には慣れている筈なのに。


 正直、エーデル公爵家の警備に当たっていた方がずっとマシだな。


 ヴィンセント様の指示で一時的に護衛任務から外れたことを思い返し、私は嘆息する。

『適当に理由をつけて、任務続行していれば良かった』と思って。

己の判断を心の底から悔やむ中、研究者の一人が大きな舌打ちをした。


「また失敗だ!何故、守護精霊(・・・・)が剣に定着しない!?この前は(・・・・)これで上手くいっただろう!?」


 苛立たしげに髪を掻き回し、研究者の男性は目を吊り上げた。

すっかり息絶えてしまった子供には、一瞥もくれずに。


「一体、何がダメだと言うんだ!?」


 トレイの上に剣を放り投げ、研究者の男性はガンッとベッドを蹴る。

そこには、子供の亡骸があるというのに。

幸い、ベルトで体を固定されているためベッドから落ちることはないものの……見ていて、あんまり気持ちのいい光景ではない。


 本来、神殿の研究者は安くて効き目のいい薬を開発したり、暮らしに役立つ道具を作ったりするのが仕事なんだけどな……。

どうして、こんな下衆に成り下がってしまったのか。


 『やはり、指導者の問題か』と思案していると────不意に地下室の扉が開いた。

と同時に、オレンジ髪の老人が姿を現す。幾人もの神官を連れて。


「こ、これはこれは教皇聖下(・・・・)!お久しぶりでございます!」


 研究者の男性は慌てた様子で姿勢を正し、取って付けたような笑みを浮かべた。

先程までの不遜な態度が嘘のように畏まる彼の前で、オレンジ髪の老人────改め、カイル・サム・シモンズ教皇聖下は片手を上げる。


「ああ。それで、実験の方はどうなっている?」


 泣いている子供が目に入らないのか、教皇聖下は普通に会話を始めた。

神殿のトップとは、思えない非情さである。

『本当に腐っているな』と実感する私を他所に、研究者の男性は少しばかり顔色を曇らせた。


「えっと、それが……特に進展はないと言いますか……」


 しどろもどろになりながらも報告し、研究者の男性は身を縮こまらせる。

緊張のせいか冷や汗をダラダラと流す彼に、教皇聖下は一つ息を吐いた。

エメラルドの瞳に、失望を滲ませて。


「貴様が最後に成功作を生み出したのは、今からちょうど半年前だったか……さすがにもう待てないな。人員を入れ替えるとしよう」


 言外にクビを宣告する教皇聖下に対し、研究者の男性は血相を変えた。

ここで言う『クビ』は、死を意味するため。

『実験の詳細を知っている人間を野放しには出来ないからな』と思案する中、彼は勢いよく身を乗り出す。


「お、お待ちください!私はもう三つもの成功作を生み出しています!前任者はたった一つだったのに!」


「確かに数では勝っているが、性能は前任者の方が上だ。貴様の作る成功作は、どれも大したことのない能力ばかりだからな」


「そ、それはそうかもしれませんが……でも!量産という点で考えれば、私の右に出る者は居ません!」


 『自分こそ、最高の研究者だ!』と主張し、彼は一歩前へ出る。


「それに最近は守護精霊を抽出するところまでは、上手くいっているんです!あとは定着させるだけ!その方法や法則を読み解ければ────」


 グッと強く手を握り締め、研究者の男性は不敵に笑った。


「────血統魔法(・・・・)の生成方法を確立出来ます!」


 血統魔法……ということは、やはりクライン公爵家やエーデル公爵家の家宝のようなものを作り出すのが、目的だったのか。

血縁関係のある子供ばかり掻き集めている時点で、何となく悟ってはいたが……まさか、その通りだったとは。


 研究資料からおおよそ当たりをつけていた私は、やれやれと(かぶり)を振る。

『本当に惨いことをする……』と不快感を露わにしながら。


 もし、実験が上手く行けば生き残っている方は死んだ方の成れの果て……教皇聖下達の言う成功作を使わないといけなくなる。

自分の家族を文字通り道具として使う、というのはきっとかなり堪える筈だ。


 『クライン公爵家やエーデル公爵家の血統魔法とは、訳が違う』と考え、私は口元に力を入れる。

さすがにちょっと同情してしまって。

『子供の精神で、そんなの耐えられるだろうか』と憂う私を他所に、研究者の男性は力説を続けた。


「量産することが可能になれば、性能のいい成功作だっていずれ出来るでしょう!ですから、あともう少しだけ時間をください!」


 『お願いします!』と言って、研究者の男性は深々と頭を下げる。

どうにかしてクビを免れようとする彼に対し、教皇聖下は眉一つ動かさなかった。

が、


「よかろう。特別に猶予を与えてやる」


 と、相手の懇願を聞き入れる。

さすがに今、彼を手放すのは惜しいと考えたようだ。


「だから、必ず結果を出せ。私に貢献しろ」


 『次はないと思え』と通告し、教皇聖下は身を翻す。

と同時に、ゆるりと口角を上げた。


「血統魔法の生成方法を確立出来れば、私もいずれ……」


 普通の人では聞き取れないほど小さい声でそう呟き、教皇聖下は一瞬だけほくそ笑んだ。

そのまま付き添いの神官達を引き連れて立ち去る彼を前に、研究者の男性は安堵の息を吐く。

が、気を抜いたのはほんの数秒で直ぐさま気持ちを切り替えた。

かと思えば、後ろを振り返る。


「早く成果を上げなければ……!」


 早足にベッドの方へ戻り、研究者の男性は半ば投げ捨てるようにして息絶えた子供を下ろした。

そして、直ぐに次の子供をベッドに固定し、実験を再開する。

またもや阿鼻叫喚の地獄絵図となる地下室を前に、私は強く手を握り締めた。


 研究者の様子からして、実験はより一層過激になっていくことだろう。

だから、証拠はかなり集めやすくなるが……あまり嬉しくないな。

でも、この子達の死を無駄にしないためにも仕事に集中しなければ。


 今すぐ研究者の男性を嬲り殺したい気持ちを抑え、私はひたすら影に徹することを誓った。

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