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神殿からの接触

◇◆◇◆


 ────エレン殿下との密会から、早二週間。

私は何事もなかったかのように過ごし、ひたすらヴィンセントからの報告を待っていた。

『どうか、早く調査を終えてほしい』と祈りながら。


 こうしている間にも罪のない子供達が酷い目に遭っているのかと思うと、落ち着かないわね……何も出来ないのが、本当に歯痒いわ。

でも、神殿にマークされているであろう私達が下手に動けば解決は遠のく……だから、大人しくしているしかない。


 『これも子供達のためよ』と自分に言い聞かせ、私は表情を引き締める。

────と、ここで部屋の扉をノックされた。


「儂だ」


 低く、静かな……でもどこか硬い声に、私は反応を示す。

『お祖父様?』と心の中で呟きながら席を立ち、扉の方へ駆け寄った。

と同時に、扉を開ける。


「お祖父様、どうかなさいましたか?」


 白髪の美丈夫を視界に捉え、私は中へ招き入れた。

すると、彼は素早く扉を閉めてこちらに向き直る。


「時間がない故、手短に言う────神殿の者が、訪ねてきた」


「!?」


 青天の霹靂と言うべき出来事に、私は大きく瞳を揺らす。

動揺のあまり声も出せずに居る私の前で、祖父は少しばかり表情を硬くした。


「あちらは前公爵夫人のお悔やみを言うために来たと言っているが、目的は恐らく……」


「────こちらに探りを入れるため、でしょうね」


 祖父の言葉を引き継ぐようにしてそう言うと、彼は小さく頷く。

一応継母の事情や神殿の思惑については話してあるため、同じ結論に至ったようだ。

わざわざ祖父自ら訪問を知らせてきたのも、危機感を抱いてのことだろう。


「それで、どうする?多忙や体調不良を理由に、断るか?」


 『なら、儂が上手く言っておくぞ』と申し出る祖父に、私は小さく首を横に振る。


「いえ、応対します。エーデル公爵家の立場的に、顔も出さず門前払いは不味いので」


 『神殿の心遣いを無下にした』と騒がれて更に家の評判が悪くなることを恐れ、私は腹を括った。


 それに今日を凌げたとしても、しつこく訪問されればいつかは応じないといけなくなるし。

あまり強固な態度を取ると、怪しまれるから。


 『そのせいで、神殿側の行動がエスカレートしたら……』と考え、私は表情を引き締める。

アイリスに放たれた刺客達を脳裏に思い浮かべて。


「ただし、直接対応するのは私一人にします。アイリスはお継母様の死で精神的に参っていることを理由に、欠席させましょう」


 アイリスはまだ経験に乏しく、駆け引きというものを知らない。

相手の挑発などに引っ掛かって、ボロを出す可能性がある。

何より────今の彼女が、神殿の関係者を前にして冷静に対処出来るとは思えない。


 継母の人生をめちゃくちゃにした元凶という点を思い返し、私はそっと目を伏せた。

────と、ここで外から扉を開けられる。


「いいえ、私も行くわ、お姉様」


 そう言って、真っ直ぐこちらを見つめるのは他の誰でもないアイリスだった。

どことなく凛とした面持ちで佇む彼女を前に、私と祖父は目を剥く。


「あ、アイリス……いつの間に……」


「ずっと、そこで聞いておったのか?」


「ごめんなさい、立ち聞きするつもりはなかったんですけど……お姉様の本を返しに来たら、たまたま会話が聞こえてしまって」


 手に持った本を見下ろし、アイリスは少しばかり眉尻を下げる。

と同時に、祖父がちょっと身を屈めた。


「いや、責めている訳ではない。出入り口付近で話していた儂らにも、問題はあるからな。だが、神殿の訪問についてはセシリアに一任した方が良かろう」


 『アイリス自身のためにも』と説得する祖父に対し、彼女は顔色一つ変えなかった。

なんと言われようと私の気持ちは同じだ、とでも言うように。


「そこを何とかお願いします。エーデル公爵家の未来を担っていく者として……お母様の娘として、この事態から逃げたくないんです」


 自身の胸元に手を添え、アイリスは少しばかり身を乗り出した。

アメジストの瞳に強い意志を宿す彼女の前で、私と祖父は顔を見合わせる。


「……本人たっての希望なら、仕方ありませんね」


「そうだな。それに危険なものから遠ざけることだけが、最善とは限らん」


 『時には、困難に立ち向かうのも大事だ』と説く祖父に、私は賛同した。

まあ、姉としてはこんな時くらい甘えてほしい気持ちもあるが。

でも、何より大事なのは本人の意志なのでそれは仕舞っておく。


「アイリス、同席を許可するわ。ただし、感情が表に出ないよう気をつけてね。もし、どうしても我慢出来ないときはハンカチで顔を覆って。そしたら、お継母様の死からまだ立ち直れていないとか何とか言って退席させるから」


「分かった」


 素直にこちらの指示を受け入れるアイリスに、私は少しホッとする。

やっぱり、無理はしてほしくなかったので。


「では、行きましょうか」


 ────という言葉を合図に、私とアイリスは一階へ降りた。

本当は祖父も連れて来たかったのだが……事情聴取のため帝都に来ているという建前のため、あまり人前に出せないのだ。

その代わり、彼にはヴィンセント達への連絡を頼んである。

『今頃、伝書鳩を飛ばしている頃だろう』と思いつつ、私はアイリスと共に応接室を訪れる。

と同時に、軽くお辞儀した。


「お待たせしました」


「いえいえ、お気になさらないでください。突然訪問したこちらが、悪いのですから」


 『応対していただけただけでも、有り難い』と言い、神殿の者は席を立った。

かと思えば、優雅に一礼する。


「自分は神官のゲレルと申します。以後お見知りおきを」


 白いローブに身を包む茶髪の男性は、とても感じのいい人に見えた。

少なくとも、『こちらの腹の中を探ってやろう』という嫌らしさは感じない。


 とはいえ、油断大敵ね。上手く猫を被っているだけかもしれないから。


 『信用しちゃダメ』と自分に言い聞かせ、私はゲレル神官の方へ向き直る。


「これはご丁寧にどうも。私はセシリア・リゼ・エーデルと言います。こちらは妹のアイリス・レーナ・エーデル」


「初めまして」


 アイリスは極力いつも通り振る舞い、平静を貫く。

思ったよりちゃんと感情を隠せている彼女を前に、私は内心安堵した。

『神官を見た途端、不機嫌になったらどうしようかと思ったわ』と思いつつ、部屋の奥へ足を運ぶ。


「どうぞ、お掛けになってください」


 相手に着席を勧めてから、私はアイリスと一緒に三人掛けのソファへ腰を下ろした。

すると、ゲレル神官も椅子に座る。


「セシリア様、アイリス様。この度は本当にご愁傷様でした。アナスタシア様のご冥福をお祈りいたします」


 おもむろに両手を組み、ゲレル神官はオレンジの瞳に悲嘆を滲ませた。

本気で継母の死を悔やんでいるように見える彼の前で、私とアイリスは顔を見合わせる。

これも演技なのか?と困惑しながら。


「えっと、恐れ入ります」


「お心遣い、ありがとうございます」


 一先ず無難な返事に留める私達に対し、ゲレル神官はそっと眉尻を下げた。

かと思えば、少しばかり身を乗り出す。


「それで、あの……アナスタシア様の死について、話しておきたいことがあるのですが」


 おずおずといった様子で片手を上げ、ゲレル神官はこちらの反応を窺った。

『もし、今聞きたくないなら出直します』と述べる彼を前に、私とアイリスは表情を引き締める。

やはり目的はこちらに探りを入れることか、と確信して。

『礼儀正しい態度は、こちらを油断させる罠』と考えつつ、私達は


「何でしょう?」


「遠慮なく、仰ってください」


 と、話の先を促した。

何を言われても動じぬよう心を落ち着ける私とアイリスの前で、ゲレル神官は表情を硬くする。

と同時に、真っ直ぐこちらを見つめた。


「アナスタシア様のお命を奪ったのは────神殿の暗部の人間です」


「「!?」」


 私とアイリスはハッと大きく息を呑み、固まった。

だって、まさか神殿の人間が犯行を自供するなんて思わなかったから。


 『探りを入れる』にしては、あまりにも大胆……というか、直球すぎる。

これで、もし私達が真実を知らなかったら余計な問題を増やすだけよ?

それなのに、何故……。


 相手の真意が掴めず、私は視線をさまよわせた。

どこを見たって、その答えは見つからないだろうに。


「驚くのも、無理ありません。ただ、これは事実です。信じてください」

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