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継母の手紙

「それでは、始めます」


 緊張した面持ちで便箋を取り出し、アイリスは一つ深呼吸する。

そして、何とか気持ちを落ち着けると、文章に目を通し始めた。


「愛する私の娘へ。この手紙を読んでいるということは、もう私はこの世に居ないのでしょう。非常に残念だけど、仕方のないことだと思っている。私は神殿の暗部の人間として、あらゆる悪事に手を染めてきたから……きっと、これはその報いだわ」


 硬い声色で手紙の冒頭部分を読み上げ、アイリスは少しばかり眉尻を下げる。

恐らく、継母が自分の死を割り切っていることに複雑な思いを抱いているのだろう。

娘としては、悪人でも何でも長生きしてほしかっただろうから。


「それでね、私の因果に娘の貴方も巻き込んでしまうかもしれないの。だから、もしもの時のために私の知っている情報を与えておくわ」


 ペラッと便箋を捲り、アイリスは二枚目へ視線を向けた。


「まず一つ目、エーデル公爵家の家宝紛失には神殿も噛んでいるわ。まあ、正確にはそのお零れに与ったのだけど。実は────」


 家宝の発見に至った経緯や継母の過去を語り、アイリスは顔色を曇らせる。

継母が暗部の人間になった過程を知り、怒りと悲しみでいっぱいなんだと思う。

でも、どうにか感情を抑えて手紙の読み上げに専念した。


「続いて二つ目、ローガン様と例の取り引き相手である神官を引き合わせたのはこの私。彼のスケジュールを神殿側に伝えて、偶然会えるよう取り計らったの。本当はこんなことなんてしたくなかったのだけど、上からの指示で仕方なく……って、これは言い訳ね。忘れてちょうだい」


 アイリスは便箋を握る手に力を込め、顔を歪める。

『弁解くらい、したって構わないのに……』とでも言うように。

アメジストの瞳にやるせない心情を浮かべ、俯いた。

かと思えば、大きく息を吐いて顔を上げる。


「最後、三つ目。肝心の取り引き内容についてだけど────第二皇子を支持することが、条件だったみたい。要するに皇位継承権絡みね」


 ついに二枚目を読み終え、アイリスは三枚目に手を掛けた。


「だから、直ぐには条件を突きつけずローガン様が家宝を使用するのを待っていたの。先に全てを明かしてしまったら、逆に弱味を握られたり裏切られたりする可能性があったから。私を介して、きちんと証拠を固めて事に当たる手筈になっていたわ。まあ、結局全てダメになってしまったけれど」


 私やヴィンセントの手で、家宝の秘匿と使用を暴いたからね。

あちらからすれば、完全なる誤算だったでしょう。


 『大立ち回りしたのは、正解だったわね』と改めて実感し、私は僅かに肩の力を抜く。

と同時に、アイリスが再び口を開いた。


「私の知っている情報は大体、これくらいね。是非、有効活用してちょうだい。それから、出来れば────信頼出来る人……そうね、セシリア(・・・・)あたりに協力を仰いで」


「!」


 突然自分の名前が出てきたことに驚き、私は少しばかり目を見開く。

継母にとって私は信頼出来る人だったのね、と思いながら。


「彼女はきっと私達のことをよく思っていないでしょうけど、妹を見捨てるような真似はしない筈よ。誠心誠意お願いして、守ってもらいなさい。虫のいい話ではあるけど……セシリアの良心を利用する形になってしまうけど、今はとにかく身の安全を第一に考えて」


 アイリスはそこで一度言葉を切ると、口元に力を入れた。

まるで、何かを堪えるように。


「わた、しは……非情だ何だと言われようと、貴方の健康と幸せが何より大事なの。だから、何としてでも……生き延びて。アイリスに明るい未来が訪れることを、いつまでも……いつまでも、祈っているわ。貴方を心から愛する母より」


 震える声で手紙を読み終え、アイリスはハラハラと涙を落とす。

『お母様……』と譫言のように呟く彼女の前で、ルパート殿下はポケットからハンカチを取り出した。


「好きに使え」


 『返さなくていい』と告げ、ルパート殿下は手に持ったものを差し出す。

すると、アイリスは言葉少なにお礼を言い、受け取った。

かと思えば、遠慮なく使用する。

『あの子ったら、涙どころか鼻水も……』と苦笑する私を他所に、彼女は何とか泣き止んだ。


「すみません、取り乱しました」


「構わない。むしろ、よく耐えた方だ」


「それに手紙はきちんと読み終えたのだから、気にすることないわ」


 ルパート殿下に続く形でフォローを入れ、私は『お疲れ様』と労いの言葉を掛けた。

すると、アイリスは僅かに表情を和らげる。


「そう言ってもらえると、助かります」


 私やルパート殿下に対して感謝の意を示し、アイリスは穏やかに微笑んだ。

と同時に、便箋を元通り折り畳む。


「それで、手紙の内容についてはどう思いましたか?」


 封筒へ便箋を戻しながら、アイリスはヴィンセントの方へ目を向けた。

このメンバーの中で一番賢いこの人なら、何か気づいたことがあるかもしれない、と期待した様子で。

少しばかり表情を引き締める彼女を前に、ヴィンセントは顔を上げる。


「真偽のほどはさておき、一連の騒動の全貌は見えてきたというところかな。少なくとも、神殿側の狙いは概ね見当がついた」


「神殿側の狙い?」


 思わずといった様子で聞き返すアイリスに、ヴィンセントはスッと目を細めた。


「端的に言うと────帝国の支配だね」


「「なっ……!?」」


 カッと大きく目を見開き、アイリスとルパート殿下は動揺を露わにした。

思ったよりスケールの大きい話になって、戸惑っているのだろう。

口元に手を当てて黙り込む二人を前に、ヴィンセントは人差し指を立てる。


「自分にとって都合のいい指導者……今回で言うと、第二皇子だね。彼を皇帝に据えることで、国を裏から操る寸法なんだよ。だから、皇位継承権争いに介入した」


 『第二皇子を支持すること』という取り引きの条件に触れ、ヴィンセントは小さく肩を竦めた。

軽率だよね、とでも言うように。


「神殿としてあるまじき行為だけど、今代の教皇聖下はとても欲深い人だから、これくらいやっても不思議じゃない」


「お継母様の過去を聞く限り、内部の腐敗も大分進んでいるようだしね」


 目頭を押さえつつ、私は『頭の痛い問題だわ』と嘆く。

と同時に、ルパート殿下がこちらを見た。


「話は大体、分かった。だが、さすがに『帝国の支配』は言い過ぎじゃないか?第二皇子(あの人)が大人しく、言うことを聞くとは思えない」


 『せいぜい、“干渉”程度だろう』と指摘するルパート殿下に対し、ヴィンセントはこう切り返す。


「まあ、反発はするでしょうね。でも、弱味(・・)を握られている以上、従うしかありません」


「弱味、だと?」


 ピクッと僅かに反応を示すルパート殿下に、ヴィンセントはコクリと頷く。


「ええ。状況からして────エーデル公爵家の家宝の封印を解いたのは、第二皇子でしょうから。そのときの証拠を押さえられている可能性は、非常に高いです」


「「!」」


 あくまで最重要容疑者止まりだった第二皇子が犯人だとほぼ断定され、ルパート殿下のみならずアイリスまでもがハッと息を呑んだ。

『でも、確かにそれなら……』と納得する二人を前に、ヴィンセントはトントンと指先で膝を叩く。


「とりあえず、この話はエレン殿下にも共有して今後の対策を練りましょう。第二皇子も絡んでいるとなると、僕達だけの手には負えません」


 『せっかく協力関係を結んだのだから、エレン殿下の手を借りるべきだ』と主張し、ヴィンセントは前を見据えた。


「今日のところは、これでお開きにしましょう」

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