家族
◇◆◇◆
こ、これは一体……!?どうなっているの!?
『火事になった』と聞いて嫌な予感を覚え、現場に駆けつけてみれば……まさかのインフェルノ────地獄の業火を発見する。
黒い炎だと聞いていたため、何となく予想はしていたが……ここまで火力の高いものは初めて見た。
『どれだけ魔力を使ったの!?』と混乱しつつ、私も
「インフェルノ」
黒い炎を顕現させる。
そして薄く広げ、盾にのようにすると────辺りの炎をじわじわ吸収していく。
これなら、盾の強度も増して一石二鳥だ。
「あら?案外すんなり支配下に置けたわね。普通は術者から抵抗されるのだけど」
反発もせずに吸収されていく炎を前に、私はジリジリ前へ進んでいく。
その後ろには、皇室の騎士の姿があった。
というのも、私はあくまで事態収束に力を貸す形でここに来ているため。
自分で言うのもなんだけど、炎の扱いはこの場に居る誰よりも上手いからね。
『小さい頃から、たくさん練習してきたもの』と考えつつ、私は吸収した分だけ盾の範囲を広げる。
ジワジワと相手の炎を取り込んでいく中、不意に────
「セシリア……!何でここに……!?」
────聞き覚えのある声が、耳を掠めた。
ハッとして顔を上げる私は、キョロキョロと辺りを見回す。
すると、お得意の水魔法で地道に消火活動を行っているヴィンセントが目に入った。
「ヴィンセント……!やっぱり、ここに居たのね!」
予想が的中していたことを確信し、私は『協力を申し出て良かった』と考える。
「ルパート殿下とアイリスは……!?まさか、この炎の中に居るの!?」
「分からない……ただ、一人は外へ脱出した筈だよ」
二人の気配を探っているのか、ヴィンセントは目を閉じて神経を研ぎ澄ませた。
かと思えば、『うん、やっぱり一人は外へ出ている』と言い切る。
「でも、一人は炎の中に取り残されているのよね……!?なら、助けないと!」
同じ炎の使い手として、『インフェルノ』の恐ろしさはよく理解しているので、私は焦りを覚える。
『この炎に触れたら、火傷程度じゃ済まない!』と思案する中、ヴィンセントはスッと目を細めた。
「それはもちろん。ただ、この炎をどうにかしないことには何も出来ない」
「それじゃあ、私の魔法で何とか……」
────する。
とは到底言えず……口篭る。
どんなに優秀な魔導師でも、あったものをなかったことにするのは不可能だから。
しかも、ここは森の中……炎にとって、有利なフィールド。消火はより困難を極めるだろう。
『どうすれば……』と悩む私を前に、ヴィンセントはふわりと柔らかく微笑む。
「セシリアの魔法で、この炎を全て支配下に置くことは出来るかい?」
「恐らく……どういう訳か、術者から全く抵抗を受けないから」
「あぁ、それはもう術者が死んでいるからだよ」
「そう、死んで……えっ!?」
サラッととんでもないことを言われ、私は目を剥く。
『道理ですんなり炎を操れた訳だ……』と納得していると、ヴィンセントが腰に手を当てた。
「セシリアには出来るだけ、炎の範囲を狭めてほしいんだ。そしたら、僕の水魔法で一気に消火するから」
「わ、分かったわ。炎の勢いも極力抑えるようにするわね」
「ありがとう。そうしてくれると、助かるよ」
『僕は君ほど魔法の扱いが上手くないから』と言い、ヴィンセントはホッと胸を撫で下ろした。
信じて任せてくれる彼を前に、私はふと後ろを振り返る。
そして、待機していた騎士達に少し離れているよう指示すると、一気に制御範囲を広げた。
術者が死んでいるなら、何の心配もなく炎を操れるわね。
などと思いつつ、私は言われた通り炎の範囲を狭めていく。
火力も極力落として、消火しやすい環境を整えた。
「上出来だよ、セシリア。あとは任せて」
半径二十メートルほどにまで縮小した黒い炎を前に、ヴィンセントは手のひらを前へ突き出す。
魔力を収集・調整しやすい手に意識を集中させ、大きく息を吸い込んだ。
「コールドレイン」
その詠唱を合図に、白い霧のようなものが炎の上に現れる。
水蒸気にも雲にも似ているソレは、消火範囲に合わせて広がり────雨を降らせた。
それも冷たくて、どことなく硬い雨粒を。
『普通の雨じゃ、黒い炎はなかなか消せないからね』と思案する中、あっという間に消火は終わる。
「ふぅ……何とか消せたね」
すっかりずぶ濡れになった地面とズボンを一瞥し、ヴィンセントは一息ついた。
かと思えば、紫髪の美丈夫に向かって一礼する。
「ご無事で何よりです、殿下」
「ああ」
おもむろに剣を鞘へ収め、ルパート殿下は濡れた地面を飛び越えた。
それも、たった一回の跳躍で。
『この人は本当に規格外だな』と苦笑する中、彼は普通の地面へ降り立ち、こちらへ向かってくる。
焦げたところも濡れたところもない彼を前に、私は一瞬目が点になった。
どうやって、あの炎や雨を凌いで……?
まさか────剣を振った時に出る風圧で?
『なんという脳筋思考……』と半ば感心しつつ、私は周囲を見回す。
早く、アイリスの無事を確認したくて。
『まさか、死んでないわよね……?』と不安になっていると、黒焦げの死体が幾つか目に入る。
「も、もしかしてこの中にアイリスが……」
『縁起でもないことを言うものじゃない』と自分でも思うが、どうしても想像してしまう。最悪の結末を。
『そんな訳ない……』と必死に自分を奮い立たせる中、ヴィンセントがおもむろに死体を指さした。
「そっちの集団は、僕達を襲った暗殺者。で、右腕と左手首を切り落とされているのが魔法の術者ね。最後に、あっちの女性は────君の継母であるアナスタシアだよ」
「!?」
『どうして、ここでお継母様の名前が!?』と驚き、私は反射的に顔を上げた。
ヴィンセントの示す方向へ目をやり、まじまじと見つめる。
顔も体も黒焦げで、身元の特定は困難だけど……十年間、生活を共にしてきた私には分かる。
いや、分かってしまった……お継母様の死体で間違いない、と。
鼻の高さや耳の形、腰のくびれなど……お継母様の特徴に完全一致しているわ。
不幸の始まりとも元凶とも言える人物の死に、私はどう反応すればいいのか分からなかった。
虚しいという気持ちを抱えながら俯き、強く手を握り締める。
お継母様のことは別に嫌いじゃなかった。
確かに仕事を押し付けられるのは大変だったし、公爵家の財産を使い込まれるのはなんだか納得が行かなかったけど、許容出来る範囲ではあったから。
それにこの人はわざと私を貶めたり、虐げたりしなかったもの。
本当にただ自分の娘を可愛がっていただけ。
それが差別であり虐待だと言うのなら、そうなのかもしれないけど。
『でも、私にはこのくらいの温度感がちょうど良かった』と考え、目を伏せた。
二度も母を失う羽目になるなんて、思わなかったから。
「────お母様……」
火中の外に居たのはアイリスだったのか、少し離れた場所で立ち尽くす彼女を見つけた。
黒焦げの継母を見てポロポロと涙を零すアイリスは、覚束ない足取りで濡れた地面を歩く。
誰もが『見ていらない……』とでも言うように視線を逸らす中、彼女は継母の傍まで何とか足を運んだ。
と同時に、崩れ落ちるような勢いで膝をつく。
「おか……さま……わ、たし……ちゃんと……生きて……ます、よ……」
か細い声でそう言い、アイリスはそっと継母の手を握った。
クシャリと顔を歪める彼女を前に、私は堪らず走り出す。
だって、私なら────今、誰かに抱き締めてほしいと思う筈だから。
実際に十年前、母を亡くしたときはそうだった。
そして、使用人やヴィンセントが必死に私を支えてくれた。
だから、今度は私が────誰かの心を救う番だ。
「アイリス」
『貴方は一人じゃないのよ』と示すように、私は彼女の横へ腰を下ろす。
と同時に、アイリスの肩を優しく抱き寄せた。
「何があったのかは分からないけど、これだけは言わせて────ちゃんと傍に居るから。お継母様の分まで、私がアイリスを守るわ」
『私達は血の繋がった姉妹なんだから』と主張すると、アイリスは
「う、ん……うん……ありが、と……」
と何度も頷き、嗚咽を漏らした。
一人じゃないことが分かって安心したのか、久々に声を上げて泣く。
時折、『おか、さま……』と呟きながら。
アイリス、今はたくさん泣いてたくさん弱音を吐き出していいのよ。
それは傷ついた心を癒すために、必要なことだから。
ヴィンセントは昔、母を亡くして泣いてばかりの私に『前へ進むための準備をしているんだから、何も恥じることはない』って言っていたわ。
懐かしい記憶を手繰り寄せ、私はアイリスの頭を撫でる。
かつてのヴィンセントのように────泣き止むまで、いつまでも。
『どうか、早く心の傷が癒えますように』と祈りつつ、私はアイリスの嘆きにひたすら耳を傾けた。
いつも、『私に成り代わって嫁ごうとした妹ですが、即行で婚約者にバレました』をお読みいただき、ありがとうございます。
作者のあーもんどです。
本作はこれにて、第一章完結となります。
第二章の執筆に伴い、しばらく更新をお休みします。
再開時期は未定です。
恐らく数ヶ月単位で間が空いてしまいますが、更新再開をお待ちいただけますと幸いです┏○ペコッ
(どんなに早くても、四月下旬頃かな?という予想です)
また、この場をお借りして言わせてください。
いつも評価やブックマークなど、ありがとうございます!
大変励みになります!
今後とも、『私に成り代わって嫁ごうとした妹ですが、即行で婚約者にバレました』をよろしくお願いいたします┏○ペコッ




