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母親の正体《アイリス side》

◇◆◇◆


「────お母様とよく会っていた神官」


 ほぼ無意識にそう口走ると、相手は一瞬固まり……プハッと吹き出した。


「やはり、覚えていらっしゃいましたか。野放しにせず、念のため殺す算段をつけておいて本当に良かった」


 そう言うが早いか、神官はこちらに手を翳したまま一歩前へ出る。


「さて、そろそろさようならの時間です。最後に言い残したいことはありますか?」


「別にない────けど、聞きたいことならある。結局、何で私を狙うの?」


 じっと神官を見つめ、私は怪訝な表情を浮かべた。


「私が知っているのはせいぜい、お母様と神官の接触くらい。他の人に知られて困るような内容じゃないと思うけど」


 『そこまで必死になって隠す意味が分からない』と述べる私に、神官は数秒ほど固まる。

が、直ぐに平静を取り戻し、ニンマリと頬を緩めた。


「なるほど、なるほど……アナスタシア(・・・・・・)は本当に何も言ってなかったんだな」


 半ば独り言のようにそう呟くと、神官はケラケラと笑う。

心底愉快そうに。


子供(ガキ)に愛着でも湧いたのか、あの女……!あったま、おかしいんじゃねぇーの?あはははっ!」


 『あの経歴でいいママやってんのかよ!』と小馬鹿にしながら、神官はお腹を抱えた。

笑い過ぎて苦しいのか、ヒーヒー言っている。


「そうだなぁ……この際だから、教えてあげましょうか?貴方の母、アナスタシアは────」


 そこで一度言葉を切ると、神官は少しばかり前のめりになった。

と同時に、人差し指を口元に当てる。


「────神殿の暗部(・・・・・)に所属する、薄汚れた女なんですよ」


「「「!!?」」」


 神殿関係者であることは薄々分かっていたものの、まさかそういう類のものとは思わず……私達は言葉を失った。

衝撃のあまり固まる私達を前に、神官はニヤニヤと口元を歪める。


「暗殺、スパイ、ハニートラップ……何でもやる、人間の底辺。ローガン・アンディ・エーデルに近づいたのだって、上にそう命令されたから。つまり────貴方はアナスタシアにとって、好きな人との愛の結晶ではなく、目標を達成するための道具でしかなかったんですよ」


 『愛されて生まれた子供じゃなかった』という事実を突きつけ、神官は身を引いた。

かと思えば、嘆かわしいと言わんばかりに(かぶり)を振る。


「嗚呼……本当に哀れな子供だ」


 演技がかった口調でそう言う神官に、私は何も言えなかった。

『ふざけないで』とも……『嘘をつかないで』とも。

自分の世界の中心だったものがガラガラと崩れていく音を聞きながら、ただひたすら呆然と立ち尽くした。

悲しみなのか怒りなのかよく分からない感情が渦巻く中、神官は翳したままの左手を更に前へ突き出す。


「最後の慈悲として苦痛なく、死なせて差し上げます」


 『話はこれで終わりだ』と告げる彼に、ルパート殿下とヴィンセント様はいち早く反応した。

私を庇うように前へ出て、それぞれ武器を構えている。


「相手は恐らく、結界の中に魔法を展開するつもりです」


「逃げ場を失えば、確実に当たるだろうと踏んだのか……まあまあお粗末だが、魔法の種類によってはかなり効果的な手法だ」


「ええ、水責めなどされたら一溜まりもありません」


 警戒心を露わにするヴィンセント様に対し、ルパート殿下はコテリと首を傾げた。


「ん?ヴィンセントの魔法属性は水だろう?なら、何とか……」


「なりませんよ。水を操ることは出来ますが、質量を消すような真似は出来ませんから。結界内を水で満たされたら、どうしようもありません」


「それは……確かに」


 納得したようにコクリと頷くと、ルパート殿下は表情を引き締めた。

思ったより不味い状況と分かって、危機感を抱いたのだろう。

『早急にこの結界をどうにかせねば』と意気込む彼を前に、神官は大きく息を吸い込む。


「さあ、心の準備はいいですか?いきますよ────ファイアブレ……ぐふっ!?」


 『ファイアブレス』と紡ぐ筈だったであろう言葉は、何者かによって遮られた。

いや、話せなかったと言った方がいいかもしれない。

だって、顎を突き上げられる形で殴られてしまったから……神官が。


「いっ……!?」


 地面に強く体を打ち付け、神官は目を白黒させた。

痛みと衝撃で上手く状況を呑み込めないのか、フードが取れたことにも気づいていない。

長い金髪を振り乱す勢いで辺りを見回す彼に対し、顎を殴った張本人は


「久しぶりね、ジュード」


 と、言い放った。

ハッとしたように顔を上げる彼の前で、彼女は被っていたフードを脱ぐ。

と同時に、短剣を取り出した。


「────私の娘(・・・)が随分とお世話になったようで……しっかり、お返しをしなきゃね」


 そう言って、母はエメラルドの瞳に強い殺気を滲ませる。

思わず硬直してしまうような圧を前に、神官────改めジュードは慌てて立ち上がった。


「アナスタシア、お前……!何でここに!?神殿も家族も全部捨てて、逃げたんじゃなかったのか!?」


「あら、それは誤解よ。ただ、そろそろ神殿から暗殺者が送られてきそうだったから一足早く脱出しただけ────まだ未熟な娘を残して死ぬなんて、出来ないもの」


 チラリとこちらの方を振り返り、母はいつものように微笑んだ。

愛と情に満ち溢れたエメラルドの瞳を前に、私は戸惑う。


 ど、どういうこと?ジュードの言っていたことは、嘘なの?

でも、お母様はあんな荒っぽいこと出来ない筈……じゃあ、暗部の人間というのは本当?


 などと考えていると、ジュードが怪訝そうな表情を浮かべた。


「おいおい……本当に頭おかしくなったか!?お前はそんなやつじゃないだろ!身内だろうとなんだろうと、自分にとって不都合になったら切り捨てる!娘のためだけに危険を犯して、俺の前に現れるなんて有り得ない!」


 殴られた顎を押さえながら、ジュードは『俺の知っているアナスタシアじゃない!』と叫ぶ。

混乱を見せる彼の前で、母は呆れたように笑った。


「そうね……本当に私らしくない。でも、しょうがないでしょう?────愛しちゃったんだから」


 自嘲気味にそう吐き捨て、母は短剣を構える。

と同時に、ジュードへ斬り掛かった。


「悪いけど、貴方にはここで死んでもらうわ」


「っ……!」


 母が余程強いのか、ジュードは急所を守るので精一杯。

瞬く間に、傷だらけとなった。


「チッ……!クソ……!神殿の暗部を担う粗大ゴミのくせに、母性なんて持つなよ!」


 両手足から血を流しながら、ジュードは色素の薄い瞳に苛立ちを滲ませる。

だんだん余裕のなくなってきた彼を前に、母はチラリとこちらを振り返った。

すると、ルパート殿下とヴィンセント様が大きく剣を振り被る。


「合わせるぞ」


「はい」


 全く意味の分かっていない私を置いて、二人は同時に剣を振り下ろした。

その瞬間────結界はパリンとガラスの割れるような音を立てて、砕け散る。


「な、何で……?さっきはビクともしなかったのに……」


 思わず心の声を口に出すと、ヴィンセント様がこちらを振り向いた。


「この結界は神聖力によるもの。これほどの強度を保つとなると、かなり力を消費するだろう。他に力を割く余裕がないほどにね。それなのに、あの神官はうっかり自分の傷を治してしまった」


 傷の量に反して出血が少ないことを挙げ、ヴィンセント様は『よく見てごらん』と述べる。

言われるがまま目を凝らすと、確かに傷口は塞がっていた。

血のせいで、少し分かりづらいが。


「治療したのは多分いつもの癖なんだろうけど、神聖力を分散させればその分結界の強度は落ちる。だから、その隙を狙って攻撃したという訳」


 『それでも結構硬かったけど』と言いつつ、ヴィンセント様は結界の外へ出た。

周囲の安全を確認する彼の前で、私とルパート殿下も無事脱出する。

結界を修復され、また閉じ込められたら堪ったものじゃないため。


「何はともあれ、形勢逆転だな」


 数の利はもちろん、単純な戦闘力も明らかにこちらが上。

だって、母単体でも手を焼いている状況だから。

そこに剣の達人であるルパート殿下やヴィンセント様も加われば、あちらにもう勝ち目はないだろう。


「とはいえ、油断禁物ですよ。あちらがまだ奥の手を隠しているかもしれません」


 決して剣を鞘に納めず、ヴィンセント様は警戒態勢を貫く。

『神聖力はさておき、まだ魔力は残っている筈』と零す彼の前で、ルパート殿下は気を引き締めた。

────と、ここで母がジュードの右腕を切り落とす。

続けざまに、左手首も切断した。


「くっ……!」


 魔力や神聖力の調整で重宝する手を奪われ、ジュードは顔を歪める。

たたらを踏んで距離を取ろうとする彼に、母はしつこく追撃を試みた。

が、何かを察したように踏みとどまる。


「全員逃げて……!」

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