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第一皇子の思惑

◇◆◇◆


 ────時は少し遡り、第一・第二皇子の訪問を受け入れた直後のこと。

私は胃が痛くなるような空気に精神を蝕まれ、早くも泣きそうになっていた。

だって────向かい側のソファに腰掛ける金髪の美男子と茶髪の美青年が、一触即発の雰囲気を醸し出しているから。


 いっそのこと、二人同時にお通ししてしまえばいいと思って、そうしたけど……私の判断は間違っていたかもしれない。


「チッ……!何でこいつも一緒なんだよ!」


 苛立たしげにテーブルを蹴り上げ、マーティン殿下はエレン殿下を睨みつける。

零れたお茶や崩れたケーキなど目に入らないようで……謝罪はおろか、申し訳なさそうな素振りすら見せなかった。

『相変わらずの暴君っぷり』と辟易しつつ、私は使用人達に片付けるよう指示する。


「二人同時に来られたと聞いたので、てっきり三人でお話したいのかと思ったのですよ。お気を悪くされたのなら、謝ります」


 『私なりの配慮だった』と見え透いた嘘を吐き、新しく淹れてもらった紅茶に手を伸ばした。


「ところで、ご要件は何でしょう?」


「ハッ!いきなり本題とは、礼儀のなっていないやつだな!」


「私はただ、お二人の時間を奪いたくないだけですよ。特にマーティン殿下はお忙しいでしょう?狩猟大会の運営に加え、狩りにまで参加するんですから」


 『ここで道草を食っていていいのか』と問うと、彼は言葉に詰まる。

恐らく、図星だったのだろう。


「……チッ!」


 ソファの背もたれに身を預け、マーティン殿下は両腕を組んだ。

かと思えば、エレン殿下からようやく視線を外す。


「こっちの用件はただ一つ────エーデル公爵家とクライン公爵家が、私を支持するよう説得しろ」


 案の定とも言うべき要求を突きつけ、マーティン殿下は真っ赤な瞳に強い意志を宿した。

『断ることは許さない』と態度で示す彼を前に、私はティーカップに映る自分を眺める。


「申し訳ありませんが、それは致しかねます。私はもうすぐエーデル公爵家を出る身であり、まだクライン公爵家の苗字を名乗ることすら出来ない立場ですから。家門の決定に物申す権利など、ありません」


「そう思っているのは、お前だけだろ」


「と言いますと?」


「エーデル公爵家の現当主も、クライン公爵家の小公爵もお前の話になら耳を貸す筈だ。どっちもお前の反応をかなり気にしていたからな」


 『私の目に狂いはない』とでも言うように目元を軽く叩き、マーティン殿下はじっとこちらを見つめた。


 案外よく人を見ている……ただの暴れん坊では、なさそうね。


「確かにアイリスもヴィンセントもよく私を気に掛けて下さいます。でも……いえ、だからこそ己の分を弁えているのです、私は」


 あくまで『立場上、出来ない』という点を前面に押し出し、私はティーカップをソーサーの上に戻す。


「『親しき仲にも礼儀あり』という言葉があるように、家族や婚約者の意向を真っ向からねじ曲げることは出来ません。それは彼らの領分であり、資格のない者が土足で足を踏み入れていいことではありませんから。己の選択に誇りと責任を持っている彼らを尊重することこそ、今の私に出来る唯一のことでございます」


 『それとこれは別』と主張し、私はマーティン殿下の要求を突っぱねた。


 本当は適当に流すか、引き受けたフリして『やっぱり、ダメでした』と後日報告するかの二択を取りたかったのだけど……エレン殿下の存在を考えて、ハッキリ断ったの。

私達はあくまで第二皇子派を敵対視している、とアピールするために。


 『組むとしたら、第一皇子派』という意向をしっかり示し、私はチラリとエレン殿下の様子を窺う。

が、何を考えているのかさっぱり分からない。

『相変わらずのポーカーフェイスね』と嘆息しつつ、私は前を向いた。


「ただ、マーティン殿下のご意志はきちんとアイリスとヴィンセントに伝えておきます」


「チッ……!別にいらねぇーよ、そんな気遣い!」


 『無駄に終わるのは目に見えている!』と叫び、マーティン殿下は勢いよく席を立つ。


「使えねぇー女だな、本当に……!」


「申し訳ございません」


 口先だけの謝罪を口にする私に、マーティン殿下は何度目か分からない舌打ちをした。

かと思えば、


「まあ、せいぜい自分の選択を後悔することだな」


 と言い残し、この場を去っていく。

まだ何か言いたげではあるものの、招待状に『自分も狩りに参加する』と書いてしまったため、これ以上時間を無駄にする訳にはいかなかったのだろう。

『行くぞ!』と従者へ怒鳴るマーティン殿下を他所に、私はエレン殿下へ向き直る。


「えっと……お騒がせしました」


「いやいや、こちらこそ弟が悪かったね」


 全く悪いなんて思ってなさそうな笑顔で、エレン殿下は謝った。

と同時に、空っぽのティーカップをソーサーの上へ置く。


「マーティンも、君の妹君のように心を入れ替えてくれるといいんだが……」


 悩ましげな表情を浮かべ、エレン殿下はこれみよがしに溜め息を零した。


「まあ、私の場合はたとえマーティンがいい子になったとしても、仲良く出来るかどうか分からないけどね。入れ替わりの件を乗り越えて、妹君の謝罪を受け入れた君は本当に凄いよ」


 『尊敬する』と大袈裟に持ち上げ、エレン殿下はエメラルドの瞳をスッと細める。


「私はそこまでした者を許せる自信がない」


 第二皇子排除の意向を強く示し、エレン殿下は少し前のめりになった。

新しく淹れてもらった紅茶へ手を伸ばす彼の前で、私はそっと目を伏せる。


「殿下と私では、状況が全く異なりますから……そのようにご自身を責める必要はありません」


 自分の積み上げてきたものを理不尽に奪われた私と────この世で一番大切な母親を殺されたエレン殿下……比べるものではないかもしれないが、あまりにもスケールが違いすぎる。

許せなくて、当然だ。

『私だって、殿下の立場だったら……』と眉尻を下げると、彼は僅かに表情を和らげる。


「ありがとう。そう言ってくれると、少し心が軽くなるよ」


 どこかホッとしたような……でも悲しそうな笑みを零し、エレン殿下は肩の力を抜いた。

かと思えば、真っ直ぐにこちらを見据える。


「ところで、君達はどうして────ウチの暴れ馬を処分したいんだい?もしや、入れ替わりの件に関わっている者がアレだと踏んで?」


「……可能性は高いと考えております」


「何故だい?私やルパートかもしれないだろう?」


 こちらを試しているのか、エレン殿下はゆるりと口角を上げた。

手を組むに値する人物か、見定めているのだろう。


「まず、ルパート殿下は有り得ません。最近、封印の解除方法を知ったばかりですので」


「じゃあ、私は?」


「エレン殿下は家宝の影響力をよく理解してらっしゃいます。そのように危ない橋は渡らないかと」


「おや?随分と私のことを買っているようだね」


 『嬉しいなぁ』と零し、エレン殿下はニコニコと機嫌良く笑った。


「まあ、まさにその通りなんだけど。皇室の品位を落とすような真似は、したくないからね」


 皇権の弱体化をよく理解しているからこそ、エレン殿下は『貴族達に付け入る隙を与えたくない』と考えている。

不用意に勢力を拡大していないのも、そのためだ。


 多分、この人は────皇位継承権争いを通して、貴族を間引くつもりなんだ。

第二皇子派に厄介な貴族を押し付け、世代交代と共に排除する。

幸い、大義名分はたくさんあるから。

いくらでもやりようはある。


 第二皇子派の勢力拡大を黙認している理由に、私は『末恐ろしい人だな』と大きく息を吐いた。


「そうですね。でも、どんなに殿下が品位を保とうとたった一人の存在で全て台無しになっています。この状況は見ていられません、帝国貴族の端くれとして」


「端くれなんて、謙遜もいいところだよ。君はエーデル公爵家の宝で、クライン公爵家の女主人となる人物なんだから。もっと堂々としていないと」


 『君が端くれなら、それ以外はほぼ塵だよ?』と冗談めかしに言い、エレン殿下は目を細める。


「それはそれとして────皇室(我々)のことを気に掛けてくれて、嬉しいよ。私もそろそろ、皇室の品位を取り戻そうとしていたところだから是非とも助太刀願いたい」


 エーデル公爵家とクライン公爵家の援助を断る理由などないのか、エレン殿下は案外すんなり申し出を受け入れた。

『これで楽にことを進められる』と浮かれる彼の前で、私は居住まいを正す。


「では、一時的に平和協定を結んでいただいてもよろしいでしょうか?」


「もちろん」


 二つ返事で了承し、エレン殿下は僅かに身を乗り出した。

かと思えば、こちらに手を差し伸べる。


「改めて、よろしく頼むよ────共に肥えた暴れ馬を狩ろうじゃないか」


 エメラルドの瞳に強い意志を宿すエレン殿下に対し、私は力強く頷いた。

と同時に、握手を交わす。


「では、詳しい話はまた後日ということで」


 さすがに私一人であれこれ決める訳にはいかず、狩猟大会の最中であることを口実に話を打ち切った。

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