狩り《アイリス side》
◇◆◇◆
────同時刻、森の中にて。
早速野生の狼と対峙する私は、鞘から剣を引き抜いた。
円上に巻いてある鞭にも手を掛け、あちらの出方を窺う。
その傍で、ルパート殿下とヴィンセント様は剣も抜かずにただ突っ立っていた。
「アイリス嬢の訓練のために、この場は譲ろう」
「本当に危なくなったら手を貸すから、まずは自分の力だけで頑張ってごらん」
そう言うが早いか、二人は近くの木の枝に飛び乗り、こちらを見下ろした。
『ほら、殺れ』と言わんばかりに無言で見つめてくる彼らに、私は一瞬ポカンとする。
てっきり、共闘するんだとばかり思っていたから。
なかなかの荒療治……普通の人なら、今頃泣き喚いていることだろう。
でも────
「────そういうのは嫌いじゃない」
『分かりやすくていい』と目を細め、私は狼の群れに突っ込んだ。
姉が見たら発狂しそうな光景だが、私は気にせず剣を振るう。
ついでに携帯したままだった鞭も解除し、狼の目を真っ先に潰した。
『キャン!』という可愛らしい鳴き声を他所に、私は後ろから突進してきた狼を蹴り飛ばす。
近くの大木へ身を打ち付ける奴の前で、勢いよく剣を振った。
「まずは一匹……」
切り落とした狼の首を一瞥し、私は大きく息を吸い込む。
と同時に、駆け出した。
だんだん掴めてきた。それに恐怖もない。
今、考えているのは如何に効率よく相手を狩るか……それだけ。
「集団戦闘を得意とする狼は分断させて、一匹ずつ確実に狩る」
『連携する隙を与えないこと』と自分に言い聞かせ、私はまた一匹……また一匹と地道に首を切り落としていった。
練習の成果を遺憾なく発揮出来たおかげか、一人で狼の群れを倒すことに成功。
十体近くある生首を前に、私は一つ息を吐いた。
『何とか無事に終わったわね』と安堵する中、木の上から男性陣が降りてくる。
「お疲れ様、アイリス嬢。なかなかいい動きだったよ」
「初めての戦闘にしては、よく頑張ったじゃないか。欲を言えば、もう少しスピードが欲しかったがな。慎重になり過ぎて、攻め込めていない印象を受けた」
『思い切りが足りない』と指摘するルパート殿下に、私はコクリと頷いた。
まだどこかでストッパーを掛けている自分が、居るように感じたから。
『もっと実戦経験を組まないと』と奮起する私を他所に、ルパート殿下とヴィンセント様は更に奥へ歩を進める。
私も急いで二人の後を追い掛けた。
────それからというもの、私達はひたすら動物を狩り……気づけば、二時間ほど経過していた。
『そろそろ、一度休憩を挟もう』という話になり、私達は踵を返す。
と同時に、複数の弓矢が飛んできた。
「まあ、大体予想通りかな」
剣で平然と弓矢を叩き切り、ヴィンセント様は『何の捻りもなかったね』と笑う。
「狩りによって疲弊したところをわざわざ狙うなんて、余程僕と殿下が怖いようだ」
「まあ、残念ながら全く疲れていないけどな」
猪と熊を狩った後だというのに、ルパート殿下は息一つ乱れていない。
ついでにヴィンセント様も……。
「僕は弓の方を狩ってきます。殿下はアイリス嬢の護衛と草むらに居る者達を」
「分かった」
剣を手に取り、私を背に庇うルパート殿下は『じっとしていろ』と告げる。
と同時に、ヴィンセント様が凄まじい跳躍で木の上に飛び乗り、姿をくらました。
風を切る音すら立てずにどこかへ行ってしまった彼を前に、ルパート殿下は剣を振るう。
その際、カキンと何かを弾く音が鳴り響いた。
「毒針か。しかも、この私を無視してアイリス嬢に集中攻撃とは……舐められたものだな」
『眼中にないとでも言いたいのか』と呟き、ルパート殿下は前髪を掻き上げる。
「アイリス嬢を殺したいなら、まずは私を倒してからにしろ」
そう言うが早いか、ルパート殿下は草むらに向かって剣を振った。
ここからじゃ、草むらには到底届かないというのに。
『一体、何を……?』と不思議に思っていると、草むらが────無くなった。
いや、葉っぱを全て吹き飛ばされたと言った方がいいか……。
「たった一振りで、この威力……」
『台風並みね』と目を剥きながら、私はたじろぐ。
が、じっとしているよう言われたことを思い出してピタリと身動きを止めた。
その瞬間、ルパート殿下に担がれて宙を舞う。
『浮いている……?』と驚く私を他所に、ルパート殿下はまたもや剣を振った。
かと思えば、刃のような鋭い風が巻き起こり、黒ずくめの集団を襲う。
「ぐっ……!」
避けることも出来ずにまともに食らったのか、敵の一人は肩から胸に掛けて大きな傷を負った。
他の者達も攻撃の余波を受けて、吹き飛ばされたり手足に切り傷を作ったりしている。
『頑張れば、剣でも遠距離攻撃出来るのね』と目を見張っていると、ルパート殿下が地上へ降り立った。
と同時に、背後から忍び寄る敵を斬り伏せる。一瞥もくれずに。
ルパート殿下って、本当に強いのね。
正直、ここまでだとは思わなかったわ。
もしかして、手合わせのときは手加減してくれていたのかしら?
などと考えている間に、ルパート殿下は残りの敵を一掃してしまった。
先程の風で戦意が削がれたところを、狙い撃ちしたらしい。
「呆気なかったな」
「────そうですね。こちらもほとんど手応えが、ありませんでした」
そう言って、目の前に現れたのはヴィンセント様だった。
青みがかった黒髪を揺らし、足元に目をやる彼は『派手にやりましたね』と苦笑する。
「こちらは何人か生け捕りにしましたが、そちらは?」
「一応、全員生きているぞ。放っておけば、そのうち死ぬだろうが」
「では、騎士達にこの場所を知らせてさっさと牢屋に放り込みましょう」
『死ぬ前に情報を吐いてもらわないと』と言い、ヴィンセント様はニッコリと笑った。
かと思えば、私達を引き連れて待機場所に戻ろうとする。
だが、しかし……
「結界……?」
見えない壁に、行く手を阻まれた。
『これは……』と呟く彼を前に、敵達はそろそろと顔を上げる。
「我々の役目は……アイリス・レーナ・エーデルをどこでもいいから、一箇所に留まらせること……暗殺そのものは────別部隊が担っている」
「「「!?」」」
『本命は別に居るってこと!?』と驚き、私達は顔を見合わせた。
慌てて身を寄せ合い分断されないよう警戒する中、敵は薄ら笑いを浮かべる。
「本当は……無関係の者達を巻き込むつもりはなかったが……しょうがない……大義のために……犠牲となってもらおう……」
その言葉を合図に、空から人が降ってきた。
どうやら、上空でずっと待機していたらしい。
そんなところに居たのは、きっと勘の鋭い男性陣を警戒してのことだろう。
『もしかしたら、結界まで張って気配を遮断していたかも』と考える中、その人物はゆっくりと地上に降り立った。
と同時に、風魔法を解く。
「アイリス・レーナ・エーデル……非常に残念です。このようなことになってしまって……ご両親が下手を打たなければ、貴方はもっと長生き出来ただろうに」
どことなく聞き覚えのある声が耳を掠め、私はパチパチと瞬きを繰り返す。
『この人、どこかで……』と思いながら、目を凝らすものの……フードを被っていて、顔が見えなかった。
「我々のところまで捜査の手が伸びる前に、貴方を処分します。どうか、恨むなら無能なご両親にしてくださいね」
『私は悪くないので』と言い、その人物はこちらへ手を翳す。
雪のように白く長い指先を前に、私はハッとした。
そうだわ。この人は────
「────お母様とよく会っていた神官」




