表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/72

第二皇子の嫌味

「申し訳ございません……現在、殿下はその……体調を崩しておりまして、挨拶はお控えいただきたく……」


 真っ青な顔で面会謝絶を言い渡し、従者の男性は『すみません』と頭を下げた。

絶え間なく聞こえてくる第二皇子の怒号と破壊音に、身を震わせながら。

産まれたての子鹿とも表現すべき状態に、私達はそっと眉尻を下げる。


「分かりました。今日のところは引き返します」


「どうぞ、ご自愛ください」


「それでは、これで失礼します」


 『自分達のせい』というのは明白なので、なんだか申し訳ない気持ちになりながら、来た道を引き返した。

少し煽り過ぎたことを反省しつつ、各々のテントへ戻る。

そこで武器を再び携帯したり、軽食を挟んだりして過ごしていると、あっという間に開会式の時間へ。


 第二皇子の癇癪は無事収まったかしら……?まだ引き摺っていたら、どうしよう?


 一抹の不安が脳裏を過ぎったものの……もう後の祭りなので、開き直ることにする。

『結果的に困るのは第二皇子なんだから』と自分に言い聞かせ、簡易ステージの前へ並んだ。

無論、アイリスやヴィンセントも一緒に。


「お集まりの皆様、静粛に願います。これより、第二百三回狩猟大会の開会式を始めます」


 司会進行を務める従者の男性はそう宣言し、チラリと第二皇子のテントへ視線を向けた。

というのも、ステージの上にはエレン殿下とルパート殿下の姿しかないから。

幸い、もう暴れている様子はないが……このまま出番を告げていいものか、悩んでいるのだろう。

癇癪を起こした後は些細なことでも、怒るから。


「え、えっと……まずは狩猟大会の運営を一任されている、マーティン・エド・イセリアル殿下から挨拶を頂戴し……ます」


 恐る恐る第二皇子の出番を告げ、男性はそっとテントの様子を窺った。

すると────バサッと勢いよく入り口が開かれ、何者かが姿を現す。

赤っぽい茶髪を風に靡かせ、真っ赤な瞳に苛立ちを滲ませる彼こそ、第二皇子マーティン・エド・イセリアルだった。


「チッ……!面倒くせぇーな」


 乱暴に前髪を掻き上げ、大股でステージに近づくマーティン殿下はギロリとこちらを睨みつける。

案の定とでも言うべきか、まだ腹の虫は収まっていないらしい。

『凄い殺気だな……』と身を固くしていると、マーティン殿下はようやくステージに上がった。


「あー……狩猟大会の運営を任されている、マーティン・エド・イセリアルだ。お前達、今日はよく来てくれた」


 気怠げな様子で挨拶を切り出し、マーティン殿下はおもむろに腕を組む。


「今回の狩猟大会では、珍しい動物も何匹か放っているから高得点を目指して頑張ってくれ。まあ、目の付けどころの悪い奴らではそんなの見分けすらつかないだろうが」


 これでもかというほど敵意を剥き出しにするマーティン殿下は、あからさまな嫌味を零した。

お前達の目は節穴だ、と……君主選びを間違えたんだ、と。

『分かりやすい挑発ね』と苦笑いする中、マーティン殿下の挨拶は終わり、開会式も幕を閉じる。


「さて、僕達もさっさと準備して森に入ろうか」


 黒の騎士服に身を包むヴィンセントは、“混沌を律する剣”と普通の剣を腰に差し、ニッコリ笑った。

準備万端であることをアピールする彼の前で、アイリスは我が家の紋章が入ったマントを羽織る。


「ええ、行きましょう」


 初めての狩りに心躍らせているのか、アイリスは若干声を弾ませた。

心做しか、瞳も輝いているように見える。

『やる気に満ち溢れているわね』と肩を竦める中、ルパート殿下が剣片手に現れた。


「準備はいいか?」


「「はい」」


「では、行こう」


 ゾロゾロと森の中に入っていく各派閥の令息達を見据え、ルパート殿下は歩き出す。

今回の会場はそこまで広くない上、障害物が多いため馬を置いていくようだ。

森に向かって真っ直ぐ進んでいく彼に、ヴィンセントとアイリスもついていく。


「ルパート殿下、ヴィンセント、アイリスどうかお気をつけて」


「ああ。アイリス嬢は必ず無傷で返す」


「セシリアこそ、気をつけてね。他の派閥から、何か言われても無視するんだよ?」


「お姉様、私もっと強くなって帰ってくるわ。楽しみにしていて」


 思い思いの言葉を投げ掛け、三人は森の中へ足を踏み入れた。

かと思えば、直ぐに姿は見えなくなる。

『この森は本当に鬱蒼としているからなぁ』と思案しつつ、私はエーデル公爵家のテントへ戻った。

ソファとテーブルの置かれた空間を前に、私は腕を組む。


 さて、これからどうしようかしら?

通常は他家のご令嬢を呼んでお茶したり、警備中の騎士達を労ったりするのだけど……今の立場を考えると、ちょっとね。

無理に交流の場を広げても、得られるものは何もなさそう。


「大人しく、テントに引きこもるべきかしらね」


 たとえ、他の派閥からアクションを起こされても我が家は公爵家なので、ある程度スルー出来る。

それこそ、皇族でも来ない限りは……


「────セシリアお嬢様、第一皇子殿下と第二皇子殿下がお越しです」


 嗚呼、なんてことなの……。


 一瞬にして引きこもり計画は実行不可能となり、私は内心頭を抱える。

『しかも、二人同時になんて……』と項垂れ、目頭を押さえた。


 どちらを先にお通しするかによって、今後の流れが変わってくる……。

エレン殿下を先に通せば、当然マーティン殿下はお怒りになるだろうし……だからと言って、マーティン殿下を先に通せば、エレン殿下との共闘は難しくなるかもしれない。

つい先程、『第二皇子派を共に倒しましょう』と誘ったくせにマーティン殿下を優先するなんて、不信感しか与えないもの。


 『どうしよう……?』と困り果てる私は、チラリと出入り口の方を振り返る。


「斯くなる上は────」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ